「いいえ、少し違う・・・」
ドゴォォォォォォォォ!!
突然の轟音が響き渡ったのは、日が落ちて辺りが暗くなってからだった。
その少し前から、城内は慌ただしく動いていた。
メルリは、いよいよ感じていた胸騒ぎが具体性を増して来ており、ラナックに警戒する事を伝えると、サナエとともにサレアナの元へ向かった。
サナエもまた、胸にザワザワと蟲が這うような不快感を感じていた。メルリに帯剣する様に言われて、剣を腰に据えたものの、今回も使う事がない事を願った。
部屋に向かうとサレアナは、布団を被りガタガタと震えていた。
マッサマは、困惑した顔で主の様子を見ていたが、メルリはすぐにベッドに上がった。
「サレアナ」
「メルリ!私怖い…」
「大丈夫よ、わたしたちがいるわ」
メルリは、サレアナの細く頼りない肩を抱いた。
サレアナは、そのメルリに縋るように体に腕をまわした。
「何事なのでしょうか…?」
状況の把握ができないマッサマは、見た事も無い程怯えているサレアナの様子にどうして良いのか分からなかった。
「何か、とても不安にさせるものが近付いているみたいです。わたしも何となくですが…」
「この感じ、魔獣だわ…いいえ、少し違う…」
メルリも感じているものを上手く表現できなかった。ただ、少し前に感じた事があると思った。シェッツェヌで感じたものと似ているのだ。だが、それとは違う。似た、としか言えないが。
サナエは、急激に濃くなったその気配に背筋が凍りつくほどの脅威を感じ、ブァッと毛穴が開いた。
「メルリ!」
サナエは、メルリの名前を呼んだ。メルリは、自然とサレアナを抱く腕に力が入っていた。二人は、サナエが感じた事をより明確に感じているようだった。
そこに、メッサリア王宮を揺るがす衝撃が走った。
「きゃあぁぁ!」
マッサマは、声を上げながらも、サレアナとメルリを庇うようにベッドに上がって抱きしめた。サレアナもまた、悲鳴をあげて強くメルリにしがみついた。サナエも驚きながらも警戒して構えた。
感じていた脅威は、城の中央に落ちて来た。
落ちて来た。とサナエは知覚した。空から現れ、城の中に入って来たのだ。あの時のあの黒衣の者のように。
「ふむ、成程…」
闇の中、しわがれた声が微かに聞こえた。
ガラガラと瓦礫が崩れる音がその声の後ろで幾つか聞こえる。灯が有れば土煙が辺りに充満している中にそのシルエットが見えただろうが、今は城を襲った衝撃で起きた風で吹き消えていた。その代わりに城に空いた穴から僅かな月明かりが漏れ入っていた。だがそれは、余りに頼りない明かりだ。
「何が起こっている!!」
近い控え室に詰めて居たメッサ騎士団長のガルナスが、ズカズカと入って来た。
「そ、それが、突然の轟音が!天井が崩れ落ちて!」
状況が把握しきれて居ない守護兵の一人が、ガルナスに応えようと声を上げた。
彼以外の兵士も状況に恐れ自失したままだった。内、幾人かは、瓦礫の下敷きになり絶命したり、重傷を負った者がいたが、闇に飲まれていた。
遅れてやって来たガルナスの三人の部下が松明を持って現れた。その事で辺りは明るくなったが、まだ立ち上がる土煙に視界は悪かった。その上で、光によってガルナスたちの影が伸びた。
その瞬間、ガルナスは、背中を突き刺すような悪寒に襲われ、それに直感的に従った。一歩右足を引き、左腕に持った円形の盾を体の前に構えた。
刹那、激しい衝撃がその盾を襲った。
ガルナスは、その衝撃を受けきれなかったが、何とか逸らす事ができた。
「ぐああ!!」
ガルナスの左隣でうめき声が上がった。
しまった!
ガルナスは、逸らした衝撃が隣に居た守護兵の一人を襲った事をすぐに悟った。
バタリとガルナスの横に守護兵が倒れた。首があらぬ方向に曲がっているのが、松明の明かりの中に見えた。
が、ガルナスは、それを見る事は無かった。土煙を切り裂くように次の衝撃が襲って来たのだ。先の衝撃で巻き起こった風で土煙が薄まっていた。そのおかげで、微かに動きが見えた。
ガルナスは、それを下から勝ち上がるように弾くと、そのまま間合いを詰める為に前に出た。右手は既に腰の剣の柄にに掛かっており、その一歩と一緒に抜き放った。
ガキン!
その剣は、圧倒的な硬い何かに弾かれた。
「そんな当てずっぽうな剣じゃこの鎧は砕けないぜ!」
ゴロゴロと雷の様な声が響いた。それとほぼ同時に、硬い鉄槌の様なものがガルナスの頭を横薙ぎに殴りつけた。たまらずガルナスは、声を上げて右手側に吹き飛ばされた。
「おーおー首が折れないとは、かなり鍛えておるな!ぐはははは!」
声は楽しげに笑った。
松明の灯に見えたのは、ガルナスよりも大柄でまるで獣の立髪の様な赤い髪の男だった。
「楽しむで無い。さっさと済ませろ」
赤い髪の男の後ろから、しわがれた声が苛立った様に言った。
「うるせぇ!こんな機会あんまりねぇんだ」
立ち上がるガルナスを見据えたままニヤリと笑った。
「だから、嫌なんじゃ…お前は、器を探せ」
「はっ」
しわがれた声は、ぼやくと別の誰かに指示を出した。それに応じた声は、女性の声に聞こえた。
「行かすな!」
咄嗟にガルナスは、叫んだ。
ここを抜かれては不味いと、本能的に理解した。
だが、三つのうめきと松明が足下に転がった事実にガルナスは、ギリギリと歯軋りをした。大事な部下がやられた事と、賊にこれ以上の進撃をさせた事に自分の不甲斐なさを感じた。
「これ以上はさせないっ!」
土煙が散り、石の床で燃え続ける松明に浮かび上がった男と老人にガルナスは、吠えた。
だが、前の男もそうだが、奥の背中の曲がった老人にも異様な気配を感じ、ガルナスは、身体中の汗が吹き出し、同時に冷えるのを感じた。
動ける守護兵が剣を構える音が聞こえた。倒れた部下たちは、傷を負っている様だが生きている様だった。
男だけでも抑えなければな。
ガルナスは、状況に苦笑いした。できるか?と自問自答したが答えはいらなかった。
何としても!
ナッサヘルクの騎士、ラナックの言葉を信じてガルナスは、待機していたが、実際襲撃に遭うなど思っても見なかった。その慢心が招いた状況だと悔いていた。とは言え、シルバの閉城の命により、城内には多くの兵士が待機している。中には、武力ではガルナス以上の者もいる。状況を察知して、ここに向かっているか、既に要人の護衛にまわっているだろう。
この賊が、この門の前に直接襲撃して来たという事は、この場所の秘密を知っているとガルナスは、考えていた。それは有り得ないはずの事だったが、それ以外には理由がつかなかった。なぜなら、ガルナス自身もここを強固に守る理由を知らないのだ。
ここが目的ならば、一体何がある?
その何、よりも賊の目的をガルナスは考えた。
ガガッ!
赤毛の巨躯の拳が大雑把にガルナスを襲った。武術的な心得がある攻撃では無いと、ガルナスは感じた。それ故に無駄が多く、見えていれば対処できなくは無く見えた。
ガルナスは、その拳を盾で軌道を変え対処した。
が、
ドフンッ!
その瞬間に、拳が赤熱し弾けた。
衝撃と熱線が、ガルナスの横面を襲った。それは、ガルナスの髪を焦がして、耳を焼いた。
人体を焼く嫌な匂いが焼かれた本人の鼻を突いた。
「ぐぅう!」
ガルナスは、何が起きたか分からなかった。だが、その拳の脅威が増した事は確かだった。
魔法?魔術か…
そう考えるべきだと、痛みに耐えながら冷静に考えた。
城の一部を破壊してここまで来たのは、この力によるものだろうと、ガルナスは理解した。
厄介だな…
ガルナスは、ジリリと構えを深くして、相手の出方を伺った。武術家としてはこちらに分がある事が活路となると、ガルナスは考えていた。
だが、守ることに関しては、俺は専門家だ。
ガルナスは、呼吸を深く、集中を高めていった。




