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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「これ以上やるなら殺す」


 マルスは、ロングの背中で唸る風の音を聞いた。

 グングンと速度を上げるロングのしなやかな身体は、背に乗るマルスのを激しく揺さぶった。マルスは何とかしがみつき堪えるが、身体中の筋肉を総動員してやっとだった。マルスがもう落ちると思った瞬間その速度が、グンッと瞬間的に爆発した。マルスは、宙に置いていかれる形でロングの背中から落ちた。

 速度を増したのは、ロングが灰色の影とそれが掴みかかろうとした少女との間に入る為だった。灰色の影の伸ばした腕を弾き、その間に割り入って立ち灰色の影に唸りを上げた。


「うあぁぁぁ!何だこいつは!」


 腕を弾かれた灰色の影が声を上げた。

 草むらに転がされたマルスは、その声にそりゃそうなるだろうと苦く笑った。

 

「聞いてないぞ…」


 影の一人がぼやくように呟いたのをマルスは聞いた。それでも腰をためるように半月鎌を構えて即座に応戦の姿勢をそれぞれが取るのを見て、ただの物取りには思えなかった。

 ロングの乱入で意識が赤毛の狼に行っている灰色の影たちの背後で、マルスは体勢を整えた。今のマルスは、気晴らしの散歩のつもりで出てきた為、短剣を持っていない。あるのは腰にいつも付けているナイフのみだ。


 相手は、訓練されている。しかも、四人。


 マルスは、四人を見た。多少の背の違いはあるが、判別は難しい。纏っているマントが体を覆い、フードも目深に被っている。その上、そのマントの色が灰色と濃い灰色で斑にぼやかすように染められており、纏まって動かれるとその人数も動きも捉え辛い。それが彼らを影のように思わせていた正体だった。

 灰色の影の一人が、マルスに気が付き半身になってマルスに警戒した。

 咄嗟の事態に慌てず対応しようとする姿勢に、マルスは緊張感を高めた。

 

「あっちで男の人をやったのは、あんたたちか?」


 スッとすり足気味にマルスは近付きながらマルスは尋ねた。返事はない。


「そうか。その子をどうするつもりだ?」


 ロングの後ろで、リーシアは、事態が把握できないのと突然現れた獣への恐怖に声を上げられずに恐怖し、失禁していた。影たちから受けた恐怖にさらに恐怖を上書きされて血の気が無くなり、失心寸前だった。


「答えは無しか…」


 マルスは、やりずらいなと額にじわりと汗をかいた。

 状況も見た目も悪いのは灰色の影の方だが、どうにも事情が見えてこない。


 まあ、仕方ないか。


 マルスは、覚悟を決めて、低く飛び込んだ。

 マルスに対して半身になっていた灰色の影の懐に飛び込むように入ると、半月鎌がマルスに向かい光った。手首を返すように動き、斜め上にその切先が動いた。それは、マルスの頬から耳を捉えて切り裂いた。しかし、その光景は幻だった。マルスはその動きを予見して、踏み込んだ足で踏ん張り僅かに体を捻りそれを躱すと、空を切り裂いた半月鎌を持った右腕をナイフで切り裂いた。


「グッ!」


 灰色の影から声が漏れた。だが、灰色の影は、動きを止めてはいなかった。

 マルスは、しまったと顔を歪めた。

 灰色の影は、右腕を切り裂かれながらもマントの下からもう一つの半月鎌を持った左腕を切り上げたのだ。

 灰色の影の半月鎌は、マルスの体を斜めに切り裂いた。だが、咄嗟の動きだった為、その切先はマルスの服を切り裂き、僅かにその下の皮膚を裂いただけだった。

 マルスは、転がるように間合いを取って、警戒しながら自分の状態を確認した。


 問題ない。


 すぐにそう判断しながら、右腕を切り裂かれて半月鎌を取り落として、痛みに息を荒くする灰色の影を見た。

 目の前の少年の実力を甘く見積もっていた事を後悔しながら、左手の鎌を納めて止血の為に下がった。すぐに別の灰色の影がマルスに対峙した。

 ロングは、自失して座り込んでしまった少女を守るように立ち、警戒するだけで自ら攻撃はしようとはせず、鋭い牙を剥いて見せ威嚇していた。二人の灰色の影が動き、ロングの両側から挟むように攻撃しようと動いた。一人がやられても、もう一人が標的を連れ去る事ができれば目的は果たせると考えていた。

 灰色の影の四人には、下された命令が第一だった。目的さえ果たせれば、自らの命はどうでもよかった。

 何故、この場にこれ程の獣が現れたのか経緯は、全く理解できなかった。灰色の影たちに取って不幸な現状にそれぞれが呪いの言葉を吐きたかった。それでも、現実的に迫る死も、命令を遂行できずに課される死にも違いは無かった。


 神の御許に行く為には、逃走などあり得ない。全てはご覧になっているのだ。


 牙を剥いて唸る凶暴な獣は、試練なのだと対峙した灰色の影は、口元に僅かな笑みを浮かべた。

 ロングは、左右に迫る人間をそれぞれ見た。追われていた女の子を守る為には、どちらか一方にとらわれていてはダメだと分かっていた。

 ロングの目の奥で魔素が練られた。それが二つの炎の塊として彼の頭上に現れた。


「魔法…?!」


 それを目にした灰色の影は、にわかには信じられなかった。

 人が扱う魔法や魔術は知ってはいた。だが、見た事は無く、()()()()()()()()ものだ。

 灰色の影は、嫌悪の表情でそれを睨め付けた。

 

「ああぁぁ!!」


 腹に力を溜めて、両側から灰色の影がロングに襲いかかった。本来ならば、牽制して隙を伺うつもりだったが、魔法を目にして、それを否定しなければならなかった。

 それぞれが両手に持った半月鎌でロングの体を切り裂こうとしたが、その切先がロングの毛先を斬ることもなかった。

 二人の眼前にロングの炎が迫り、弾け、強い光と熱で網膜を焼き、その目蓋を焼いた。


「ぐあぁぁ!」


 二人は目を押さえてうめいた。


「もうやめろ!」


 もう一人の脹脛をナイフで切り裂いたマルスが立ち上がり、止血を終えた灰色の影を殴り倒したマルスが声を上げた。


「これ以上やるなら殺す」


 マルスは、鋭い目で殴り倒した男を睨んだ。フードが外れ無数の数が痛々しい年齢の判別も難しい顔が露わになっていた。

 傷顔の男は、マルスを睨み返しながら、左手の半月鎌を自らの首にかけた。


「やめろ!」


 マルスの制止に傷顔は、薄く笑った。殺すと宣言ておきながら、男の自死を止めようとする矛盾を嘲るような笑いだった。

 その半月鎌が躊躇いなく引かれた。

 傷顔の首から血が吹き出し、間も無く絶命した。それをきっかけとして、自らの得物を胸に突き立てて、残りの三人も自決した。


「何だよ!これは!」


 マルスは、理解できない事態の後味の悪さに頭を抱えて叫んだ。




「大丈夫?」


 後からやって来たエルシエッタは、呆然としたままの少女に手を差し出した。


「いや…」


 手を差し出す、血塗れの服の少女にリーシアは、体を硬らせて縮こまった。恐怖は、いまだ断続的に彼女を襲い、手足が震えておさまる様子は無かった。

 マルスとロングは、灰色の影たちの遺体を少女から遠ざけるように一箇所にまとめた。フードを取ると、どの顔もロングの炎による火傷以外にも傷跡や火傷によって皮が引き攣っていた。命令の遂行や拷問による傷と思われたが、痛みによる精神支配や個人特定をさせない為にわざと傷付けられているものも多いようだった。マルスは、彼らの生きていた世界を想像して吐き気を覚えた。

 彼らが誰の命令で動き、何を目的にしていたのか分かるようなものは見当たらなかった。助けた少女が何者か分かれば、何か分かるかもしれないが、感じる不快感はマルスには辛かった。

 マルスが街道脇の丘で横たわる少年の遺体を抱き抱えて運んでいると、街道を見知った馬車が横切った。

 エルシエッタがランティに手紙を託してジーナとトクナに連絡を取ったのだ。



「リーシア王女?!」


 その少女を見て、ジーナは驚きを隠せなかった。

 その姿を見るのは二年前にシルソフィアの結婚式典の際に目にして以来ではあるが、それ以前も何度かシルソフィアの護衛としてメッサに訪れた事もあり、知っていた。

 疲弊し憔悴した表情ではあるが、ジーナはリーシア王女だと認識した。


「あな…たは…?」


 名前を呼ばれた事で少女は、ようやく言葉を発した。


「ナッサヘルクの近衛騎士団のジーナ・ロトミナで御座います。こちらは、同じく」


「トクナ・オットルスです。リーシア王女。お初にお目にかかります」


 二人とも片膝をつき、頭を下げた。


「連れ戻しに…来たのですか…?」


「いえ、偶然、連れの者が王女を見つけました。二人とも王女だとは知らず、無礼はございませんでしたか?」


「い…いえ…」


「まずは、移動致しましょう。ここでは落ち着きませんので。私どもが宿を取っている安宿ではありますが、ご案内します」


 ジーナは、リーシアに手を貸して立たせると、そのまま手を引いて馬車までエスコートした。馬車の側では、マルスが運んできた少年の遺体を布で包もうとしていた。

 リーシアは、それを目にすると大きく見開いて、フラつきながらも坂になった草原を小走りに駆けた。


「!…ハー…マク…!」


 前のめりに倒れ込むように動かぬ少年の前に膝をついてその顔を覗き込んだ。

 血の気が無く、青白い少年がもう目を覚さぬ事が信じられず、リーシアは、その腕にすがり揺すった。


「ハーマク!ハーマクゥ!…ハーマク!ねぇ、ハーマクゥ!」


 だが、ハーマクが二度と目を開ける事など無かった。リーシアに揺すられるがままになっているだけだった。

 リーシアは、その現実に泣き叫んだ。

 泣き叫び、ハーマクの体を包む布をギュッと握った。

 誰もがそれを見ているだけだった。

 止める事も、慰める言葉も出なかった。

 ジーナは、そっとその肩に手を置いて、優しく撫でた。それが精一杯だった。

 


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