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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「し、知らねぇよ」


「ランティ!」


 エルシエッタは、草原を走りながらその名を叫んだ。彼女の頭上を大きな鳥が影を落としながら旋回した。

 エルシエッタは、高揚する気分と息に顔を紅潮させていた。

 エルシエッタと並走している赤毛狼(ファナラルド)のロングも興奮気味に体を跳ねる様に走っている。

 メルリたちが王宮に行っている間、エルシエッタに付き添う形でマルスとジーナとトクナも一緒に西側の宿に待機していた。

 今は、退屈しのぎも兼ねて、ロングに運動をさせる為に西の街道から少し外れた草原を駆けていた。マルスも同行しているのだが、少し後ろをついて行く形で走っていた。足の速さに自信のあるマルスもエルシエッタの速度について行くのはやっとであった。それに、エルシエッタに懐いているとは言え、体高がマルスの胸程もあり、大人二人を背に乗せて走れそうな大きな狼の魔獣(モンスター)に怯んでいた。ロングの方は、マルスに好意を持っているらしく、追っかけてはその顔をベロベロと舐め回している。両前足で肩をホールドされて舐められた時、マルスは本気で喰われたと思った。エルシエッタが言うには、今までの遊び相手がエルシエッタやトッツだった為かなり遠慮して遊んでいたが、マルスを絶好の遊び相手だと認識したらしい。

 マルスは、良い迷惑だと思いながらも、嫌な気はしなかった。だが、その牙と爪は、いつ命に迫るか分からない恐怖の対象でしかなかった。

 目の前を駆け回る褐色の肌の少女の背中を見ながら、サナエは、大丈夫なのだろうかとマルスは別の少女の事を思った。

 なぜ急にサナエの事が浮かんだかは、本人には訳が分からなかったが、彼女の不安そうな表情が目に浮かんだ。


 いつもそうだ。メルリの行動にいつも不安そうな顔をしながら、でも、絶対に側に居ようとする。

 あいつは、良い奴だけど、少し馬鹿なんだ。


 マルスは、いつも最後にはメルリと笑っているサナエを思い出してクスリと笑った。

 マルスの思った馬鹿は、好感的な意味だ。とても優しくて懐が深く、利己心の無い友愛をサナエに見ていた。しかし、マルスはあからさまに好感的な言葉を選ぶのが気恥ずかしく、そう思う事で誤魔化した。

 マルスは、サナエを思い出す事で自分の表情が柔らかく解けている自覚は無かった。だが、はたから見れば、何についてかまでは分からないが、緩んでいるのは明らかだった。

 エルシエッタが、さっとマルスの顔を覗き込んでニヤリと笑った。


「マルスは、サナエが好きなんだね」


「な、な、何だよそれ」


 マルスは、急なエルシエッタの言葉にあからさまに動揺した。それでも、マルス本人にはその自覚はまだ無かった。

 驚いて逃げようとするマルスの背中から、肩に太いロングの前足がのしかかり、マルスは動けなくなった。はっはっはっとロングの息が生温かく耳にかかってきた。


「ボクもサナエ好きだから分かるよ。サナエ見てるマルスの気持ちフワフワぐるぐるしてる」


「し、知らねぇよ」


 マルスは、抽象的だがエルシエッタの言っている感覚に心当たりがあり、強く否定してしまった。

 その反応が余計にエルシエッタのニヒヒと笑う笑顔を誘った。


「マルスは、とっても素直だなぁ」


 と、エルシエッタは、踊る様にまた駆け出した。


「な、何がだよ!」


 マルスは、その背中に否定しようと何か言おうとしたが、それ以上出なかった。何を言っても、エルシエッタには、肯定にしか聞こえないだろうと直感的に分かった事と、背中のロングがエルシエッタを追いかけようと、マルスを背中から押し倒したのが原因だった。


「ブフッ」


 マルスは、草の上に受け身も取れずに顔から突っ込んで倒れた。

 顔に若い草の爽やかな青臭さと、土の匂いが擦りついたのを感じながら、両手で体を持ち上げて走って行く、エルシエッタとロングを怒りのこもった表情で見た。


「この野郎!」


 そう言って立ち上がり様にマルスは、駆け出した。その表情は、何か仕掛けてやろういう感じに笑っていた。


「来たぁ!!」


 エルシエッタは、追いかけっこが始まった事に両手をバタバタさせながら楽しそうに逃げ出した。


 しばらくの間、追いかけっこが続いた後、エルシエッタは、異変に気が付き立ち止まった。

 追いかけていたマルスもその気配を感じて追いかけるのをやめた。

 ランティが、何かに気が付き、地面に降りるのが見えた。

 地面に降りたランティがエルシエッタたちに向かって、ガァーガァーと合図の様に鳴いた。


「何かあったんだ」


 エルシエッタたちは、警戒しながらランティの方に近づいて行った。

 ランティが示した場所は、街道の手前の地面が盛り上がった場所だった。ランティは、その一番高くなった所で街道の方を見ていた。


「何が…っ!」


 エルシエッタが、ランティの側に来て見ている方を見て、彼女は息を呑んだ。

 エルシエッタの足下の少し下にうつ伏せに倒れている人物がいた。坂になったその場所を這う様に登って来たのか、下の方から血の痕が続いていた。


「っ!大丈夫!」


 エルシエッタは、直ぐにその人物を仰向けにして自分の膝に乗せた。着ている服はおびただしい血に濡れて真っ赤になっていた。起こしたエルシエッタの手の平にもべったりと血が付いていた。

 その顔も血に濡れており、真っ青で震えていた。背は高いがその顔は幼さが残る。エルシエッタと同じくらいの少年だった。

 ヒューヒューと漏れる様な音に混じって水分が泡立つ様な音が聞こえた。首のどこかも切られているらしく血の混じった息が漏れているらしい。

 少年の意識は朦朧とほとんど失っている。


「あれは?!」


 マルスは、街道から外れた西北西側で動く影を見つけた。

 遠く女性の悲鳴が聞こえてきた。

 よく見ると、数人の灰色の影が女性を追っていた。状況的に見て、灰色の集団がこの少年をこんな目に合わせたのだろうと、マルスは考えた。


「ロング!マルス!追って!」


 エルシエッタは、少年の首元を押さえながら悲壮な顔で声を上げた。

 マルスとロングは、その声の前には動き出していた。ロングは、乗れとばかりに走りながらマルスの服の袖を噛んで自分の方に引っ張った。マルスは、少し驚いたがその意図を感じるとロングの首に腕を回して跨った。ロングは、マルスが背に乗った事を感じると、一気に加速した。

 エルシエッタは、それを目の端で見ながら、手に伝わる命が失われつつある事を感じていた。

 手で首の傷口を顔さえても、呼吸は傷つけられた気管の血に妨げられ、ゴポゴポと音が鳴るばかりで酸素を取り入れられて無い。少年の体が酸素を取り入れられず痙攣を起こしていた。

 エルシエッタは、腕の中で死の淵で苦しみを感じている命に対して何もできない苦しみと悲しみに唇を噛み締めた。溢れ出る涙に顔を崩しながら苦渋の決断をした。

 腰に携えていたナイフを抜き両手で持った。


「助けられなくてごめんね」


 エルシエッタは、泣きながら彼がそれ以上苦しまない様にその手を振り下ろした。

 

 

 

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