「この城で何が起きている」
カーナスは、退屈していた。
メッサに来てから何もする事が無く、いつか自分の物になると決め付けている城内を散策してみるが、パンスティークのそれとは違い、装飾や調度品に見た目の派手さは無く、彼の目を楽しませはしなかった。そもそも、それぞれ腕の良い職人に作らせた良い品ではあるのだが、その価値を見極める目など彼には無かった。
緑豊かな広い中央庭園や周囲の庭は、一時はカーナスの目を奪ったが、しばらく眺めていれば何も起こらない庭は、やはり退屈でしか無かった。
俺の国となる場所が、こんなにつまらないとは…
と、半開きの目で、ぐるり見渡した。
朝食をとった後、町の視察に行こうと妹のサレアナを誘いに部屋を訪ねたものの、誰もおらず仕方なしに護衛も付けずに一人で向かおうとしたところ、門兵に止められ出る事が叶わなかった。
第一王子のシルバの命で城門を閉じでいるとカーナスは聞かされたが、実際何の為そう言う事になっているのかは、その門兵に聞いても判然とせず、カーナスは苛立った。
「少し町を見て回るくらい良いではないか!」
と、詰め寄るカーナスに若い門兵は、困った様子で「申し訳ありません」と言うばかりで、カーナスを通す事はなかった。
「もう良い!」
これが客人への扱いか、とカーナスは、憤りながらも外に出ることを諦めざるをえなかった。
苛つかせると言えば、オレの婚約者もそうだ。
と、カーナスは、晩餐会の事を思い出した。
前室での挨拶も無く、食卓での紹介があっただけで、言葉も交わす事なく、食事が終わるとそそくさと自室に戻った第二王女の態度は、未来の夫に対する配慮も礼儀も無かった。と、カーナスは幻滅し、自分を蔑ろにされたと感じていた。実際、リーシアが意図的にそういった態度で婚約話への不満を言葉無く訴えたのが、しっかりとカーナスに伝わっただけの話なのだが、もう結婚する前提のカーナスにとっては、不満でしかなかった。どうやら、彼の中に結婚しないという選択肢は無いようだった。自分の国が欲しいと野望を燃やすカーナスには、この足掛かりが最重要で、前提条件なのだ。
だが、この状況はどうだ?
カーナスは、部屋のベランダの椅子の背もたれに体を預けて体をだらりとさせた。
誰も彼を丁重に扱う訳でも無く、暇を持て余すほどに関わって来ない。二カ国の王女、王子が居るにも関わらず訪ねてくる訳でもない。だが、彼から行くという選択肢は無かった。
船からこの国を見ていた時の高揚感は、空の宝箱を開いたかの様に何処かへと霧散していた。
「ハンス!」
カーナスは、思い出したかの様に側付きの名を呼んだ。
「はい、どうなされましたか?」
ハンスは、カーナスの邪魔にならない様にいつも視界から外れて控えている。呼ばれた事で近付いてきてはいるが、視界の端に気配を感じる程度の距離感を保っていた。
「この城で何が起きている」
カーナスは、違和感を感じていたが、その違和感の正体を考察する事は無かった。
「幾つか問題が発生しているようです」
「問題?」
「カーナス様と御婚約予定のリーシア様の…行方が、朝から分からないという噂もあります」
ハンスは、言いづらそうに少し視線を落とした。
「なるほど…」
それならば、俺に顔を合わせずらいのも分かるな。
とカーナスは、妙に納得した。そのリーシアが、何故行方をくらませたかの理由を考えてはいなかった。
「シルバ王子が城門を閉じて、何かを探させているようです。城の方でも兵の動きが慌ただしくなっております」
カーナスは、静かな外庭に視線を向けてしばらく黙っていた。
「ハンス、簡単で良いから昼食を用意しろ。少し腹が減った」
「かしこまりました」
ハンスが下がると、カーナスは、少し声を上げて笑った。
この俺を差し置いて、面白い事になっているようだな。気を使って秘密裏に処理しようとしているようだが、そうはさせるか。
何が起きているのかも分からぬまま、カーナスは、問題解決した顔でニヤリとした。
ロイドは、シルバと対峙していた。
そこはシルバの私室兼執務室で、大きな机と応接用のソファセットが置かれている。隣の部屋には寝室が有り、王宮内にいる際は、ほとんどをこの部屋で過ごしている。シーナリネから言われた通り、妻のいる居住区へは時折顔を出す程度でしか無かった。おっとりとした父王が施政に積極的でない為、その部分を各大臣と調整しながらシルバが請け負っているのだ。
「昨晩は、眠れましたか」
ロイドの目の前でカップに注がれた茶を一口飲んでから、シルバは、そう切り出した。
「ええ。旅の疲れも有ったでしょうが、とても落ち着いてグッスリ眠れました」
ロイドは、質問の穏やかさとは違う、シルバの目の奥の鋭さに気付きながらも柔らかい表情で返すと、熱い茶を口にした。
シルバが、どういう意図でロイドを部屋に招いたのか、その時点ではロイドには分からなかった。先程カイルから聞いた王女の失踪の件が絡んでいる可能性は感じていたが、憶測でしかないと片隅に置いておいた。
こちらの事情を知っていれば、単なる視察旅行とは思わないだろう。
ロイドは、シルバ側からの視点でものを考えようとした。
他国の王子が、それも大陸同士の大きな戦争の危機を抱える隣の大陸の国の王子が来ているのだ。その真意を探らなければと思うのは当然だ。この来訪は、両大陸の国々に知れ渡っているはずだ。現にパンスティークからの使節団はわざわざ合わせたかの様に同日に来ている。三国のヘンネルース神聖教の司教がこのメッサリアの教会で会合を開いている事もロイドは、知っていた。本来、ロイドの旅に司教は同行させるつもりは無かったが、総本山からの圧力がかかり、そうせざるを得なかった。その会合が、父王の意に反して戦争への道を助長させる事に繋がりかねないと知っていた。
「この後は、どちらに行かれる予定ですか」
「南下してラッドレイスに行きます。その後は、川を進みナッサヘルクへ行こうと思っています」
「なるほど。まだまだ長く大陸を回るのですね」
「ええ、一年かけて五国を回ろうと考えています」
そう口にして、改めてロイドは、まだ五分の一なのだと自覚した。
「国に帰られてからは、政治を?」
「僕がですか?」
「お兄様は、体が弱くていらっしゃると聞きましたから、そのつもりかと」
ロイドは、息を少し飲み込み喉の渇きを感じた。
「僕などは表には向いていません。仰る通り兄は体が弱く病気がちですので、その補佐はしたいと考えております」
「地盤固めの旅と思ってよろしいですかな」
「ただの旅行ですよ。もちろん、今後の良好な関係は望んでおります」
シルバの試す様な視線の重圧にロイドは、腰が浮く思いだったが、シルバと言う人間の腹の底には、自国を思う真摯さを感じていた。メッサの敵となるか否かとその目の奥がいっている様だった。
「パンスティークからいらしている王子と貴国の王女が婚約関係にあるとお聞きしていましたが…」
ロイドは、少し話題をずらしてみようと試みた。王女の事も探ろうとした。
「いえ、まだ調整中の話です。その話を進めたいパンスティークが直接王子をこの国に向かわせたのでしょう」
「では、反対なのですか」
「私は、賛成です。この大陸で一番遠く、交流が少ない国ですから、繋がりができる事は、両国に利がある話です」
ここまで話してくれるシルバにロイドは、好感を持った。冷徹で切れる印象を抱いていたが、やはりメッサ王の息子だとロイドは感じた。
「今、大陸間で戦争の危機があるのはご存知ですね」
ロイドは、声を落としてシルバの目を真っ直ぐに見た。
「レーナルスのソムス・エルーセスとシス・エネラの両国が中心となって、その機運を高めていると聞いています。しかしまだ、反対する国もあると」
「はい。今はまだ反対国の方が多く、現実的な話では有りませんが、その二国が手を組み進軍する可能性もあります。それに加え、エリス・ティトロッソも手を上げようとしているのです。そうなれば、ヘンネルース神聖教の聖地がある国ですので、宗教を利用しての民意の誘導もあり得ます。そうなれば我が国が反戦の旗を上げても抵抗しきれないでしょう」
ロイドは、シルバを信じて曝け出した。
「貴方は、かつてのランス・ロンドラードになる事を求められているのですね」
ロイドは、目を見開いて驚いた。この大陸でランス・ロンドラードの事を正しく知っている人物がいるとは思わなかった。そもそも、この国ではその名を知る人物はほとんどいないはずなのだ。ランス・ロンドラードに関する文献は、千年前の歴史とともに消されているはずなのだ。あったとしたもの、作り話の物語に他ならない。
「僕はなるつもりはありませんし、器でもありませんよ。しかし、ランス・ロンドラードの事をご存知なのですね」
「この大陸の隠された歴史を研究していた事がありますので」
驚いたロイドにシルバは、頬を少し緩めた。
シルバがロイドたちに抱いた疑念は薄らいでいた。




