「とても恐ろしい何かが・・・」
サナエは、メッサリア城の使用人棟に招かれていた。
レリアやリリーナは、以前に訪れた事があり、タバサをはじめとするメッサのメイドたちとは面識があった。が、サナエは、新顔でありどこか不思議な印象を受けるらしく、興味の目が注がれた。こうして、外界と交流の少ないメイドたちは、互いの情報交換と言うおしゃべりの時間を楽しみにしている様だった。今回特に特殊だったのは、隣の大陸からやって来たロイドたちがやって来た事だった。こうも来賓が重なるのは、国の大きな式典絡みの場合が多く、それこそ話す機会など無い。そもそも、他国から来た来賓の使用人を呼んでお茶を飲もうなどと企画するのは、この国の大らかさとハウスキーパーのタバサのさっぱりとした性格による所が強い。
この場には、サナエとリリーナとレリアが参加している。メッサからは、タバサとレンナとマイ、パンスティークからは、マッサマとメイヤとハンス、ロンドラードからはメルサとラナードが参加している。
ハンスとラナードは、三十代後半の紳士で、ハンスは、細身の長身で手入れの行き届いた口髭を生やしている。一方ラナードは、見た目は若くそのシャツの下は、よく鍛えられている様に見えた。しっかりと撫でつけられた髪が清潔感を感じる。
年上好みのレリアは、ハンスにうっとりとしていた。年上と言っても、レリアの倍近い年のハンスだが、彼女にはその紳士的な佇まいと優しげな雰囲気が好意的に映っていた。当のハンスは、レリアの熱視線に苦笑いし、じわりとかいた汗をしきりにハンカチで拭いている。
タバサが中心となっているこの会の話題の中心は、それぞれの食文化や流行りの服装などで、男性二人には少し入りづらい内容ばかりだったが、二人とも楽しそうに入れそうな話題を見つけては話の輪に加わっていた。
「ねぇ、今朝、ロンドラードの王子様と何を話していたの?」
メッサのパンの美味しさの秘訣の話に盛り上がっている片隅で、レンナとマイがこっそりとサナエに話しかけて来た。
「え?」
何故それを知っているのかと、サナエは驚いた。同時にロイドの言葉が蘇り、サナエは赤くなって固まった。
「え、何?何?」
耳の端に聞こえたらしく、ロイドの側付きのメルサが食いついて来た。三人ともサナエより一つ二つ年上で、そう言った話は大好物の様だ。
「迎賓館の厨房の窓から外庭が見えるんだけど、そこでサナエが何かしている所に王子様がやって来て、何か話しているのが見えたのよ。サナエは、その後走って行っちゃったけど、王子様、サナエの後ろ姿をずっと見てたのよ。気になっちゃって」
レンナは、色々と妄想を膨らませている様で、目がキラキラと輝いている。
「えーあのロイド様が?婚約者のリメルローゼ様に花も贈った事すら無いのよ」
「ええー婚約者がいるの?それなのにサナエに?」
ますます、妄想が進んでいるらしくレンナとマイは、目を合わせてニヤニヤした。
「あ、あれは、剣の稽古の事を聞かれただけで…」
サナエは、取り敢えず当たり障りのない様に持っていこうとした。
「でも、でも、カイル様は、「あいつ、惚れたな」って言ってたし」
「カイル様が?どうして?」
「朝食の準備していたら、「おはようお嬢様方」って厨房に入って来て」
「…まったく、あの方は…」
メルサは、頭を押さえて吐き出す様に言った。
「で、本当のところは?」
マイが身を乗り出してサナエの手を取った。
どうにもロマンスな展開を期待している様だった。
だがサナエは、ロイドが言った言葉の真意も明らかになっていない上、その言葉に浮かれているとも思われたくなかった。
婚約者がいるのになんであんな事を言ったんだろう。
ロイドの言葉が気になっていた自分が、何だか弄ばれた様な悔しさが湧き上がり、サナエは口を窄めた。
べ、別に婚約者が居なかったなら良いと言うわけでは無いんだけど…マルスは、あんな事言ってくれないし…
何に対して悔しさを感じているのか言い訳の様に考えていて、自然とロイドとマルスを比較している自分に気がつき、サナエはより戸惑い、赤くなって俯いた。
「やっぱり、何か言われたんだ」
三人の年上の女の子に見つめられて、サナエはただ首を振るしかできなかった。
メルリとサレアナは、東屋の中で本の話に花を咲かせていた。
サレアナは、メルリ知らない物語も知っていて、その話のあらすじや魅力を細かく説明して聞かせた。
メルリが特に気になったのは、聖王女と英雄の話だった。
「ランスの孫のシュラッドは、幼い頃に出会った少女に恋をするの。いつかまた出会って想いを伝えようと心に決め、騎士としての修行の冒険を続けて、大切な仲間と出会い成長していき、ついにその時を迎えた。でも、彼が支える事になった義勇王サザードと敵対する国、知政王ネスレスの娘だと知る事になるの。許されぬ恋にお互いに惹かれて合いながらも、戦いは熾烈を極めて…」
「でも、ランスの孫なら王の血筋では無いの?」
「私もそう思って歴史を調べたら、ランスは、建国した後すぐにその政権をともに戦った仲間のサーラットに任せて旅に出てしまっていたの。ランスは、その旅先で出会った女性と結ばれているわ」
メルリは、首を傾げて考えていた。
「だったら、今のロンドラードの王は、末裔では無いって事?」
「それが、このお話の時代には、全く違う国がその辺りを支配していたの。つまり、ランスが国を離れてからしばらくして国は一回無くなったの。そこからしばらくは、レーナルスに戦乱の時代が来るの」
「じゃあ、今の国は、後からできた国なの?」
メルリは、その歴史を全く知らなかった。
「このお話の面白い所は、知政王ネスレスの国は、エリス・ティトロッソと言って、レーナルスの北部にある国で、義勇王サザードの国は、シス・エネラと言う南部にある国で、それぞれ今もあるの。その両国の間に戦乱の時代に再び建国されたのが、今の新生ロンドラードなの」
「両者の仲立ちをしていると言う事ね」
「史実に基づいているのか、後日作られた創作なのかは、はっきりとした事は私にも分からないの。でも、エリス・ティトロッソの聖王女シャルル・ヘンネルースの名前は残って居るわ。奇跡の力を持ち、今の神聖教の祖となった人よ」
サレアナも自分がこんなにも饒舌に話が出来るとは思っていなかった。好きな事を話せたとしても、相手が理解してくれるとは限らない。今までサレアナは、相手の思う事を何となく感じてしまう能力の所為で遠ざけて来た事だった。しかし、目の前のメルリは、真っ直ぐにサレアナの話に興味を持っている事が分かり、サレアナの気持ちは高揚していた。
メルリは、話の内容を考察して何かを考えている様だった。
サレアナは、そのメルリの持つ魔素の量も感じていた。その小さな体に凝縮された様にある魔素は、サレアナの様に読み取ることができれば、穏やかな流れを持っていると分かるだろうが、少し敏感な者が近付けば、その膨大さに恐れ慄く事だろうとサレアナは心配した。それが、ナッサヘルクの王族への敬意や畏怖に繋がっているのだろうと、推測した。
「その聖王女の奇跡の力は、魔法なのかしら?」
メルリは、その事が気になっていた様だった。
「分からないわ。でも、向こうのお話には聖なる力の話は良く出てくるみたい。でも、魔法を使う人は出てこないわ。勿論、ランスが戦った魔王やその配下には魔法を使う敵が居たけれど、それくらいね。魔法とは書かれていないけど、怪しい力や人心を惑わす敵もいたわ。どちらにしろ、悪として描かれている事がほとんどみたい」
サレアナは、その先の考えを言おうか悩んでいた。
チラリとメルリの反応を見たが、何か難しい顔で考えていた。
「なるほどね、レーナルスの人は魔法を使えないと聞いているから、扱えない力は悪の象徴となり易かったのかも知れないわね。今のこちらの大陸で魔法が使える人が少なくなって来た事で、魔法を排斥する動きがあるとも聞くし」
サレアナは、ハッとした。
「だからなのですね。パンスティークでの排魔の機運が高まっているのは。それで…」
魔法や魔術を保護しようとしているナッサヘルクに対して悪印象を植え付けさせる様としている。
サレアナは、見えざる手に自分の価値観を歪められている事に気がついた。それは、レーナルスの物語に出てくる魔法的な力の持ち主の扱い方にも見えてきた。だから、聖王女の扱う力は奇跡の力でなくてはならないのだ。魔王と同じ力であってはならないのだ。
「それで、サレアナは、魔法を使える事を隠しているのね。いえ、違うわね。魔素の扱い方を知らないのね」
「え?」
「貴女が魔素を見る事ができる様に、わたしも魔素を感じられるのよ」
「でも、どうして…」
サレアナは、その可能性を考えてはいたが、気付かれるとは思っていなかった。彼女が見えるという事は、自分のも見えているのだ。だから、見えない様に抑えていた。
メルリは、サレアナの目を指さした。
「目よ。貴女の目に魔素を感じたの。そこから辿ったら穏やかに保っているけど、凄い魔素を感じたの。それだけの操作ができるなんて、凄い事だわ。わたしはやろうとした事はないけど、きっとすぐにはできないわ」
「メルリ様は、凄いですね」
「ね、その魔素を少し広げてこの城を感知してみて」
そんな事をやった事のないサレアナは、少し戸惑ったが、メルリの期待に応えたいと思い、魔素に語りかけた。
サレアナの魔素が外向的に作用して、周囲の情報をサレアナにいっぺんに伝えて来た。あまりの情報量にサレアナは、小さく悲鳴を上げてすぐに魔素を閉じた。
メルリは、サレアナの反応に言った事を後悔しつつも、一瞬でも膨張したサレアナの魔素にワクワクした目を抑えられなかった。
「どうだった?」
「私たちの魔素と違う質の大きな魔素の塊が二つ城内にありました。一つは地下深く。もう一つは、すぐ近くに…」
サレアナは、怯えた様に軽く握った右手の拳を下唇に当てて俯いた。
そのサレアナをメルリは、抱きしめた。
「凄いわ!サレアナ!」
「メルリルーク様。昼食の準備ができました。お屋敷にお戻りください」
そう、東屋の外からメルリに声をかけたのは、サナエだった。
「サナエ、サレアナと一緒に食事をするから、サレアナのメイドにもそうお伝えして」
サナエは、予測していた様に微笑んだ。
「すでにお伝え済みです。サレアナ様はどうされましたか?」
「メルリ様。何かが…何かが、近付いて来ています…」
サレアナは、怯えてメルリの袖を掴んだ。魔素を広げた事で鋭敏になっている様だった。
「大丈夫よ。サナエは、怖くわないわ」
サナエは、なぜサレアナを怖がらせているのが自分なのか首を傾げた。
「違います。その方の力は、とても純粋です…それとは別に禍々しさを感じる何かが、こちらに近づいて来ているの…とても恐ろしい何かが…」
サレアナは、メルリにしがみつく様に恐れた。
「サレアナをわたしの部屋に連れて行くわ」
メルリも何かを感じて、サナエを急かした。昼食を取るよりもラナックに話をしなくてはとメルリは、考えていた。




