「その間、城門を閉じさせて頂きます」
メッサ国王、シッコウ・ラナ・メッサは、執務室の机で両手で頭を抱えて、脂汗をかきうなだれていた。
「王、昨晩の出席者をそれぞれ尋問すべきです。これは、この国に対する挑戦ととるべきでしょう。大地門には警備の兵を増やしました。一刻も早く見つけ出さなければ、この事が知れ渡りこの間隙を好機と攻められるやも知れません」
第一王子のシルバは、机を叩きその苛立ちをあらわにした。
「だが、疑う事での軋轢は避けねばならない」
「そんな事を言っていても、事態は悪化する一方です。王の行動した範囲は使用人や私たちでくまなく探しましたが無かったのですよ」
「それこそ、国の混乱に繋がりかねません。ここは一つ隠匿して、事態を待ちましょう」
王の補佐を務める大臣のヤカメが、王の動揺を心配して口を挟んだが、シルバの剣幕の迫力にすぐに引き下がった。
「そうだ、あの指輪の意味を知らなければ、何の意味もないものだ…」
シルバは、大きく息を胸に溜めてから、王を情けない者を見る目で見た。
「王としての権威の象徴です。指輪の使い道だけはなく、その意味をお忘れですか!貴方は何者かに辱めを受けているのと同様なのです!この国の王としての矜持は無いのですか!」
再び強く机を叩かれて、王は情けない目で息子の剣幕を流し見た。
「ともかく、私の判断でガルナスと共に調査します。その間、城門を閉じさせて頂きます。何者の侵入も退出もさせませんのでご了承を」
そう言い切ると、シルバは了解を得ないまま退席した。
メルリは、サレアナに会える事を楽しみに庭園の東家に向かっていた。
先程シルソフィアから聞かされた事を片隅で考えながら歩いていると、ロイドとカイルが庭園の端を歩いているのが目に入った。
メルリは、何故か慌ててしまい低木樹の影に膝を抱える様に隠れた。しばらくぎゅっと小さくなってやり過ごそうと待ってから、そっと頭を出して二人が行ってしまったか確認しようとした。メルリの目論見通りにそこには二人の姿は無かった。が、フゥッとため息が漏れ、寂しい気持ちになって、隠れた低木樹に咲いた赤い花を見ていた。
「おはようございます。メルリルーク王女」
頭の上からの突然の挨拶にメルリはビクッと固まった。
「どうかされましたか?」
その声は、メルリを伺う様に少し下がって近付いて来た。
「ひゃあ」
メルリは、思わず体を躱したが、足がもつれてよろけた。その背中を大きな手がそっと支えて体制を整える猶予を与えた。
メルリは、その相手の顔を見られぬまま、「ありがとう」と小さく礼を言った。
「メルリルーク王女は、活発な方ですね」
と、爽やかに笑うカイルの声は、一見硬く冷たい雰囲気を感じる容姿とは違い、柔らかな印象だった。
「い、いえ…」
メルリは、上手く出てこない言葉を必死で探して視界がぐるぐるした。
「昨晩の食事の席では、ほとんどお話ができませんでしたので、お会いできてよかった」
「こ、こちらこそ、街では男性から助けてい、頂き、あの…でも、あれは私だけでも対処が…できたとは…」
言えていなかった礼を言うつもりが、違う方向に行き始めてメルリは、混乱しているのが自分でも分かった。
「と、ともかく、ありがとうございました」
と、メルリは強引に礼を言った。
「いえいえ、こちらも差し出がましい事をしてしまったと思っていました。そう言っていただけると光栄です」
カイルは、右足を下げて膝をついた。カイルの顔がメルリの視界の正面におりた。その事で俯き気味のメルリの目と目が合い、戸惑うメルリに微笑みを向けた。メルリは一気に体温の上昇を感じた。
隣でその様子を見ていたロイドは、いつも通り女性と見ると自然と売り込む様な態度を取るカイルに、うんざりした顔をした。
「メルリルーク王女。貴女の国では、侍女にも剣術の真似事をさせているのですか?」
ロイドは、今朝のサナエの事を思い出してメルリに質問した。
「え?…あぁ」
それがサナエの事を話しているとはすぐに気が付けず、メルリはロイドの言葉の理解に時間を要した。寝起きの悪いメルリがサナエが朝に剣の稽古をしている事を知ら無かった。
「今朝、稽古をしているサナエと言う侍女を見かけました」
「あの子は、特別なんです。他の子にはやらせてはいません」
メルリの答えに明瞭さを得ず、ロイドは納得に至らずに首を傾げた。
「特別と言うのは」
「え、と…護身の為、です。私の近くにいては、危険な事もありますので」
サナエのどう説明したものか分からず、メルリは言葉が出なかった。勇者の末裔を目の前に勇者として育てる為ですなどとは言えるわけもない。
「昨日の様な?」
「いえ、あれは…」
メルリは、ロイドに危険の種まきをしているダメ王女と言われた気がして、何を言えばいいのか分からなかった。
「ロイド様、あまりメルリルーク王女をお引き止めしても失礼です。そろそろ行きましょう」
カイルは、メルリが答えに迷っているのを察して、そう促した。
ロイドは、得心は無いものの、尋問の様な雰囲気になっていた事を反省した。
「そうか、すみませんでした。気になると追及してしまう僕の悪い癖です。謝罪します」
そう言ってロイドは、胸に手を当て謝意を伝えるとカイルを連れてその場を離れた。
メルリは、ホッとして体の力が抜けるのを感じた。
「サナエとは、どんな女性でしたか?」
カイルは、メルリから離れると声を潜めてロイドに尋ねた。
「今朝見かけた侍女だ」
特に何事もない様に繕ってロイドは言った。
「質問したくなるほど気になった女性なのですね」
カイルは、少年の様な表情でロイドを冷やかした。ロイドは、彼の思惑に動かされない様に眉も動かさない様に努めた。
「剣の稽古を拙いながらもやっていたので気になっただけだ」
「しばらく見惚れてらっしゃいましたけどね」
「な、ど、どこで」
「いえ、丁度厨房の窓からその少女が稽古をしているのが見えてましたので、私も見ていたんですよ。そしたら、ロイド様も現れまして」
ロイドは、黙りを決め歩調を早めた。
「ロイド様が声をかけた後、あの子が走り去ったのは何故でしょう?気に障った事を言ったのでしょうか?いや、あの様子は遠目でよく見えませんでしたが、恥ずかしがっていた様にも見えました。一体、どんな言葉をかけたのですか?」
カイルは、わざとらしい言い回しで少し先を行くロイドの背中に言った。そのロイドの耳が赤くなっている事に、カイルは楽しくなってほくそ笑んだ。
一方メルリは、後追いで襲ってきた激しい鼓動と闘いながら、東家に到着して息を整えていた。会った時よりも呼吸の速さも体温の上昇も激しく、それ程緊張していた証拠なのだろう。
長椅子に座って、少し冷たいその手触りを感じながら、ふうふうと息を整えようと大きめに呼吸をした。
胸に手をやって、自分の鼓動の速さを確認した。メルリを覗き込み微笑んだカイルの美しい顔がフラッシュバックして、ポゥッと目が現実から離れて脳裏の映像を堪能した。
「カイル様…」
彼の目の前でどんな表情でどんな態度を取っていたかなど、一つも思い出せなかった。ただ、カイルの声と微笑みが脳を支配していた。そのあと、誰かに話しかけられたが、つい先程の事なのによく思い出せなかった。カイルとの邂逅を他の記憶に邪魔されたくない想いがそうさせていた。
「メルリ様」
そうサレアナに声を掛けられるまで、メルリは夢心地に浸っていた。




