表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
57/216

「わたしだって、お友だちくらいできます」


 サレアナは、目覚めたベッドの上でボーっと見知らぬ天井を眺めていた。

 その側でカチャカチャとマッサマが食器を準備している音が聞こえる。食器は違えど、サレアナのいつもの朝の音に少しばかりの安心感を運んでくれた。

 まだどこか視界が揺れているのは、船旅の名残りなのだろうと、起き上がることも億劫でそんな事を考えていた。船の中での最初の数日ほど体は辛くはないが、その体調不良を引きずっている様に感じる。それが船の事は関係なく、慣れない環境にいるからなのかも知れなかったが、判断する基準もなく、サレアナにはどちらでも同じ事だった。

 昨晩のメルリとの楽しい時間は、まるで夢の様でサレアナはうっとりと思い出し、夢だったのならばもう一度見ようと目を閉じた。


「ほら、サレアナ様。朝食をお召し上がりください。このままでは、お昼になってしまいます」


 無遠慮にポンポンと布団を叩くマッサマに主従とは何なのかと疑問を思いながらも、閉じた目を半眼に開いて仕方なく上半身を起こした。

 マッサマが布団の上にベッドテーブルを置くと、テキパキと簡単な朝食を乗せていった。


「ジュースがとても美味しいですよ。採れたての搾りたてです」


 と、橙色の濃いジュースをグラスに注いでテーブルに乗せた。

 サレアナは、それを一口飲んだ。少し苦味を感じる酸味が舌と喉を刺激した。そのすぐ後に芳醇な甘味が押し寄せて、液体が通り過ぎた所に爽やかな果実の香りが浮き上がった。


「美味しい…」


 寝ぼけた頭に風が吹き抜ける様に、サレアナは目を開けて息を吸い込んだ。


「でしょう。さ、パンもとても美味しいですから、お召し上がりください」


 見た目は、どこにでもある様なパンだった。手に取るとまだ焼いた熱が残っていて、ほのかに温かかった。両手で割くと、バリっと音も香ばしく、中に残った熱と共に小麦の甘い香りと柔らかな花の香りがサレアナの鼻腔をくすぐった。


「香草を生地に混ぜて焼いているそうですよ。もう一つの方は何種類かの木の実を砕いて混ぜてあるそうなので、とても香ばしくて美味しいですよ」


 普段、朝食などお茶を飲んで終わりのサレアナだったが、手にしたパンの香りは、先程のジュースの酸味も手伝って、かなり胃を刺激して食欲を活発にしていた。小さくちぎりながらも、その手は止まらずあっという間に完食して、マッサマの淹れてくれたお茶を仕上げに流し込んだ。


「このお茶も、スッキリする香草と心落ち着く香草を配合してあるそうです。ドンボルドの花茶も華やかで良いですが、こちらの香草茶も良いですわね」


 マッサマは、サレアナが朝食を食べた事に上機嫌でふっくらした頬を持ち上げて笑った。


「昨日、ナッサヘルクの王女様とお話ししたの」


 テーブルを片付けるマッサマにサレアナは、ポツリと告白した。

 マッサマは、一瞬その表情を曇らせた。


「大丈夫でしたか?」


 その反応にサレアナは、やっぱりなと内心がっかりした。ナッサヘルクに対する悪印象は、マッサマの様な人を悪意で見ないはずの者の中にも広がっている様だった。それに関しては、自分も同じであったから責められる事ではない。


「とても可愛らしい方でした。同じ本が好きでいっぱいお話ししたわ」


 サレアナの言葉にマッサマの表情が明るくなるのが分かった。


「それは、良かったですね」


 マッサマの言葉は、心からの言葉だった。その目の端に涙が溜まるのをサレアナは見て驚いた。


「なんで泣くの?」


「いえ、サレアナ様にお友達ができるなんて、こんな嬉しい事はありませんわ」


 ハンカチで涙を拭うマッサマにサレアナは、赤くなって膨れた。


「わたしだって、お友だちくらいできます」


「そうですわね。失礼しました。…ですが、我が国では、王族も貴族も民もナッサヘルクへの印象は良くありませんので、その事はお考えの上お付き合いなさってください」


「…そうね…」


 やんわりと言ってはいるがマッサマの言う事は、確かにその通りだった。関係ないと言い切りたいが、発言権も無いとは言え王女なのだ。個人的な感情だけで行動したとしても、公的な立場はついて回る。小さな事でも、政治的な意図を勘繰られるかも知れない。事によっては、父王の権威を揺るがしかねない。それ程、ナッサヘルクに対する民意に根深い物をサレアナは、感じていた。

 だが、メルリと話した昨晩の事は、とても楽しく思い出され、そんな視点はただの偏見でしか無いと感じていた。

 そのメルリが今何をしているのだろうかと、サレアナは、少し遠くに感じながら思った。




「えぇ?!」


 メルリは、声を上げた。


「メルリ、声を落としてください」


 シルソフィアは、人差し指を立ててメルリを制した。


「でも、王の指輪と言えば、代々受け継がれている王家の御印と言われている物ですよね」


 声を落としてメルリは、シルソフィアの側に近寄った。

 朝一でシルソフィアの側付きがメルリの部屋を訪れてシルソフィアが内々の話があると言ってきたのだ。

 そして、シルソフィアから声を潜めて聞かされた話は、王の指に嵌められていたはずの大切な指輪が昨晩、無くなったと言う事件だった。


「王は、大変ショックを受けています。シルバ御義兄様は、徹底的に昨晩の事を調べると仰っています。晩餐会の席では、王の指に指輪があった事は確認済みです」


「と言う事は、参加者に嫌疑が掛けられていると言う事ですね」


「そうね。でも、明らかな証拠がない限り、国賓としてお迎えした皆様を疑う様な事はできないでしょう。たかが指輪の問題で国際的な問題に発展させるのは、王もお望みではありません。たかが、指輪ならばですが…」


 シルソフィアは、重い表情で外を見た。


「なるほど、つまりお姉様は、わたしに犯人探しを依頼したいのね」


「いえ、違うわ。…いいえ、違わないかも知れないわね」


 シルソフィアは、少し考えてから再び口を開いた。


「メルリは、魔素を感じる事ができるわよね」


「はい。と言ってもかなり大雑把にですが…」


「では、王城の地下深くに魔素を感じるかしら」


「地下、ですね…」


 メルリは、意識を集中させて知覚を地下に伸ばしていった。

 その感覚が次第に鋭角になり、地下にある何かに突き当たった。それは、禍々しさも感じる魔素の塊の様だった。その異様な魔素の質にメルリは、体が震えた。それは二年前のあの時以来の感覚だった。似た様なものがここにあるのだと知り、メルリはゾクゾクした。


「凄いものがあるのですね」


()()()()()()


 シルソフィアは、少しホッとした様子でメルリの手を取った。


「シーナリネ様とローレック様が話しているのを聞いてしまったの。犯人の目的は、それなのではないかと。指輪はその場所へ至る鍵になっているらしいの。だからメルリ、貴女に犯人を探して欲しいのではなく、変化が無いか探っていて欲しいの」


 シルソフィアの言っている事は分かったが、メルリは今この城で起きている事の真相が気になって仕方なかった。姉の言う通りに大人しく変化が無いか探り、怪しい事が有れば伝えるだけでは、つまらないと思っていた。が、この場は神妙な顔で言う通りにする意思を伝えるべきだと悟り、「分かったわ」と頷いて見せた。

 シルソフィアにしてみれば、嫁いだ先の重大な秘密を身内とは言え明かす事は、かなりの大それた事であった。未確定ではあるが、王の権威の象徴たる指輪を盗まれたとあっては、王の威信すら揺るがしかねない大事件であり、公にできない事情ある事態である。犯人の目的によっては、危険が伴う事態になりかねない。それに大事な妹を巻き込む様な事をしている自分に、シルソフィアは、動揺と混乱をしていた。事件を知れば、首を突っ込みたがるであろうメルリに事情を話した事を後悔し掛けたが、知った上で大人しくしていて貰いたい気持ちと、少しでも愛する夫の役に立ちたいと思う気持ちがない混ぜになっていた。それで祈る様な表情でメルリを見ていた。

 メルリの応えにシルソフィアは、深く息を吐いた。


「昨晩の事を色々聞かれるとは思うけれど、気分を悪くしないでね」


「分かっているわ、お姉様。安心なさって」


 シルソフィアの手を包む様にさすると、メルリは可愛い妹の顔で微笑んだ。




 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ