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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「ふぅ・・・」

 

「ふぅ…」


 メッサの第二王女、リーシア・ラナ・メッサは、壁際の二人掛けのソファに一人で座り、肩を落としてその部屋にいる面々を見ていた。

 彼女の着ている萌葱色のドレスは、シンプルではあるが彼女の細身のスタイルに沿って流れる様なデザインで、襟元や袖口、スカートには、同系色の少し明るいレースで飾られており、主張はしないが可愛らしいドレスである。

 この部屋は、来賓を迎える前室で、金細工を施された豪華な調度品や煌びやかな内装の部屋である。数十人程度なら余裕で滞在できる広さがあり、今日の人数であれば、少し広すぎると感じる。

 リーシアは、普段は来ない落ち着かないこの部屋で、磨き上げられた金の手すりのソファに座り、グラスに注がれたノンアルコールの葡萄ジュースを手に浮かない顔をしている。

 今日の趣旨は、兄の妻のシルソフィアの出産が間もなくと近付き、彼女の郷国から妹のエルラーナとメルリルークが来ている為、おもてなしの意味の晩餐会であった。

 それならば、リーシアもこんな顔をする事も無かった。しかし、そのタイミングに合わせたかの様にパンスティークから使節団が到着し、更にロンドラードからも使節団が到着したのだ。晩餐会は、親戚の食事会から一変し政治的な側面を強くしてしまった。その上、パンスティークからの来訪者が彼女に取って問題だった。パンスティークの第四王子、カーナス・ロンドル・パンスティーク、それはリーシアと婚約の話が進んでいる相手だった。


 普通、結婚するかも知れないお相手との初対面だったら、緊張と期待で心が浮き立つのだろうけど…


 また小さく息を吐いて、グラスの中身を揺らして見た。


 結婚なんかしたくない。


 それが今のリーシアの率直な気持ちだった。相手がどうこうと言うよりは、不安ばかりが募りそこに明るいものを見出せなかった。


 ハーマクが居てくれたらな…


 と、幼馴染の優しい笑みを思い浮かべた。

 ハーマクは、乳母の息子で一つ年上の十五歳の気弱な男の子で、その背の高さから今は下男の見習いとして働いている。幼い頃は、よく遊んでいたがここの所は、リーシアがハーマクの仕事中に訪ねて少し話す程度の交流しか無かった。しかし、優しい表情の丸眼鏡のハーマクと居るとリーシアは、落ち着いた気持ちになれた。


「君が、ロンドラードのロイド王子か!」


 黒髪の細身の少年が銀髪の背の高い青年に話し掛ける声が聞こえた。


「いいえ、違います。私は、カイル・トーラスと申します。カーナス王子。以後お見知り置きを。ロイド王子は、こちらに」


 と、銀髪の青年は、隣の金髪の少年を紹介した。


「初めまして、カーナス王子。ロイド・シェッツファルド・ロンドラードです」


「おお、君が!俺は、カーナス・ロンドル・パンスティークだ」


 と、黒髪の少年が手を差し出して握手を求めた。相手の金髪の少年は、やや困った表情でその手に応えた。


 あれが、カーナス様…


 リーシアは、その不遜な態度の黒髪の少年をカーナスと認め、改めて溜め息をついた。


「いや、意外と小柄だな」


 カーナスは、自分よりも少し背の高い年上であるロイドにニヤリと笑った。

 頬を掻いて、どう応えて良いのか分からないロイドは、助け舟をカイルに求めたが、カイルは、葡萄酒を飲みながら知らないと言った顔で、周囲の女性使用人に目を向けていた。


「王の祖先は、ロンドラードに起源が有るらしく、ロンドルと言う名ももしかしたら、貴国に縁があるやも知れんな。遠い親戚かも知れないから、よろしく頼む」


「ロンドラード王家の血筋は、国が起きてからずっと管理されているので、その線は薄いかも知れませんが、お互い国を代表する一族として、よろしくお願いします」


 早く話を切り上げたいものの、無下にもし辛くロイドは、苦笑いした。

 カーナスはともかく、パンスティークの使節団との交流は、予定され日程に組まれている。もっとも、その事はロイドは知らなかった。今回の旅は、ロイドの兄のライアスから色んな国を見て回り見識を広げる目的で旅する事を提案され、ロイド自身も武者修行のつもりでその提案に乗った形で始まった。そこに、ヘンネルース神聖教の司教のローソマン・シェルスや旅の資金の何割かを負担する条件で乗り込んで来た豪商のブラット・ラントンが同乗し、その思惑が船の帆に別の風を当てていた。

 リーシアは、眉間に皺を寄せながらカーナスの動向を見ていたが、王族と接する時と使用人に接する時の態度の違いが明らかで、その価値観が見て取れてげんなりした。使用人に対しては、顎を上げて顎先でものを見るような見下した態度をとっている。王族と思われる者には、笑いかけて話をするのだが、染み付いた人を見下すような態度が滲み出た会話をしていた。リーシアにその詳しい内容までは届いては来ないが、端々に失礼な言葉が絡み相手の苦笑いを誘っていた。


 こんな人が婚約者候補なの?


 その事を彼も知ってこの場にいるはずだが、リーシアの事など見えていないかの様に近付いてくる気配も無い。


「初めまして、リーシア王女」


 と、カーナスが栗色の髪を夜会巻きにまとめあげた、空色のドレスを来た少女に話しかけていた。


「いえ、人違いで御座いますわ。カーナス王子」


 話しかけられた少女、エルラーナは柔らかに笑顔を作った。その大人びた表情は、カーナスを見惚れさせた。

 エルラーナは、青色のドレスを着ているが、礼服とは違い肩から胸元に掛けて白いレースで飾られており、まるで青空の雲を想起させるコントラストでそのドレスの青は、胸元からゆっくりと色合いが変わり、スカートの裾までかけて淡くなっている。


「初めまして、私はナッサヘルク第三王女のエルラーナで御座います」


「おお、そうか」


「こちらは、私の妹のメルリルークです。どうぞよろしくお願いします」


「初めまして、カーナス様」


 そう言って膝を折って上体を少し下げてメルリは、挨拶した。その表情は強張っていた。

 メルリは、赤みの強い紫のドレスを着ていた。その色合いは大人っぽく、しかしそのデザインはスカートの裾が広がり可愛らしい形をしている。その胸元には、金細工に縁取られた青い石のブローチが輝いていた。


「あ、いや、人違い済まなかった」


 謝罪はしているつもりなのだろうが、自己紹介も挨拶もせずにキョロキョロと辺りを見るカーナスにエルラーナは、イラッとした。もちろんそれは表に出さなかった。隣にはメルリの他にラナックもいるのだ。

 目の前のカーナスの態度に、婚約相手となるであろうメッサの第ニ王女のリーシアに同情した。

 だがそれよりもエルラーナの隣で、先程から緊張の表情をしっぱなしの妹の事が気になっていた。晩餐会には乗り気では無かったメルリが、参加する気満々になったと思いきや、いざそれが目前に迫ったら萎縮しているのかずっとエルラーナの影に隠れようとしている。メルリのそんな態度を姉として心配しつつも可愛いと思ってしまう自分をエルラーナは、笑った。


 メルリの様子を心配していたのは、壁際で控えている使用人たちに紛れてその様子を見ているサナエも同じだった。

 そして、今サナエは、驚きに心を乱していた。

 メルリたちの奥側に昼間に町で会った銀髪の青年と金髪の少年がいたのだ。今は、旅服とは違い紺色のタキシードで正装して髪もセットされているが、間違いなくあの二人だった。

 メルリは、まだ緊張に周りが見えていない為気が付いていないが、それは時間の問題の様だった。会場にやってきたばかりのメルリたちを遠目から銀髪の青年が見つけたのが分かった。

 

「初めまして、美しいお嬢様方。そして、旋風の騎士」


 カイルは、胸に手を当てて少しお辞儀した。


「私は、ロンドラードの騎士の末席におります、カイル・トーラスと申します。こちらは、主のロイド様です」


 先に声を掛けたカイルに紹介されて、ロイドは慌てて繕う様に礼をした。


「ロイド・シェッツファルド・ロンドラードです。どうぞよろしくお願いします」


「エルラーナ・アドレルト・ナッサヘルクです。こちらが妹のメルリルークですわ」


「メルリルークと申します」


 メルリは、緊張に震えながら顔を上げられずにいた。見える自分の足の向く前に英雄譚【ロンドラーディラング】の生まれた地の王族、つまり、物語の主人公のランス・ロンドラードの末裔と伝えられる王族の王子がいるのだ。

 何とか自分の名前を言いながらスカートの裾を掴んだメルリは顔を上げて固まった。


「おや、貴女は」


 カイルは、すぐに気が付いて爽やかな笑顔を浮かべた。


「昼間はどうも。とてもドレスがお似合いですよ。メルリルーク王女」


「あ、あわ、わわ…」


 ロイドとカイルを目の前に、真っ赤になったメルリは、言葉が出ずに固まった。


 そして、晩餐会が始まった。


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