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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「図書館が無ければ私は死んでしまいます」


 サレアナ・ロンドル・パンスティークは、船窓から見える水平線が大きく上下する様を見てうんざりとした顔で水を飲んだ。


「サレアナ様。間も無くシラネッタの港が見えて来ますよ。そんな顔をなさって居ないで外の空気でも吸っていらっしゃったらどうですか?メッサの民にパンスティークの姫は仏頂面だと笑われてしまいますわ」


 世話係のマッサマの言葉を聞き流しながらサレアナは、船酔いと闘いながら読んでいた本をパタンと閉じて席を立ち上がった。

 聞き流したつもりの言葉通りに甲板に行くのは癪だったが、この場で読み進められない本を小言を聞きながら眺めるのもうんざりだった。


「そう、いい事ですわ。こんな所にいたら埃姫なんて揶揄されてしまいますからね」


 背中にかけられた言葉に鼻から息を吐いて、サレアナは甲板に続く階段をよろよろと上がって行った。

 パンスティークの埃姫。

 それは、サレアナを表す陰口としては、城内のみならず城下でも知れ渡って居た。

 末の王女として生まれたサレアナは、その生まれからすれば、身内にも多くの民にも愛されて健やかに育つはずだった。艶やかな黒髪も光が入ると金色に見える茶色の瞳も白く柔らかな肌も、出会った人たちにため息を漏らさせる程の美しさを持っていた。誰もがその幼い娘の容姿を賞賛し、讃えた。産まれてから数年は、そうだった。しかし、物心付く前から、人の表に出さない気持ちを感じ取ることができた彼女は、口から出る言葉と心の差異を相手に感じてしまい、次第に人と距離を置く様になっていた。

 感情によって揺れ動く魔素を敏感に感じる事のできる力は、彼女の能力であり、それこそ彼女の素養を表すものであった。が、父親のパンスティーク王、ライナース・ロンドル・パンスティークは、魔法嫌いで魔法使いや魔術師を認めなかった。その為、子どもたちに素質があろうが無かろうが、魔法に触れさせようともしなかった。その為、サレアナのその能力は能力では無く、彼女と人を遠ざける悪因でしか無かった。何故なら、彼女の身の回りの世話人から出入りの商人まであらゆる人がそれぞれの思惑をヴェールに包んで着飾って居るのだ。幼いサレアナに取ってその姿は、気味が悪い物にしか見えなくて当然だろう。彼女は自然と人との距離を取り、自分の世界に籠るようになった。一人で抱えるだけだったら彼女は心を病んで居ただろう。しかし、世話係のマッサマと本は彼女を彼女のまま受け止めてくれた。マッサマは、口うるさい所は時折面倒臭いが、サレアナをサレアナとして愛してくれているのが分かった。素直で裏表のない女性であり、サレアナは甘えられた。一方、本は、彼女が放棄しかけた世の中との接点をくれた。書いてある事は、単に言葉でその本質は純粋だった。文脈から裏を読む事もあるが、それは本来コミュニケーションの中で自然と学ぶ事だが、元から透けて感じてしまうサレアナには、文字として受け止める限りは、まるで謎解きのようで楽しく、次第に人とは表の言葉と真意にあえてズレを生じさせて思惑に近づける為の布石をするものなのだと学んでいった。そう言った考え方に偏っていく事で、サレアナを歳の割に大人びた考えの女の子に成長させた。大人の言葉の使い方を理解しつつ、より明確に相手の思惑を察してしまう彼女は、やはり表に出る事を嫌っていった。それでも本は、彼女の世界を広げる手伝いをしてくれた。特に、パンスティークには、ルスカール大陸随一の大図書館があり大陸内外のあらゆる書物に富みサレアナは王宮にありながら世界のあらゆる知識を吸収していった。とは言え、彼女が生まれてまだ十一年。理解し切れぬものは多く、物語や英雄譚に偏るのは無理からぬ事ではある。彼女がいつも持ち歩いている【ロンドラーディラング】は、お気に入りで何度も何度も読んでいる。

 そんな、図書館で籠って本ばかり読んでいて表に顔を出さないサレアナをいつしか籠姫や埃姫と呼ぶ者が現れ、広がっていった。


「サレアナ!」


 甲板で光に目を細めた彼女を誰かが呼んだ。

 呼び捨てで呼ぶ人間は、この船には一人しかいない。兄のカーナスだ。遠眼鏡で何かを見ていたが、サレアナの気配を感じて今はそれを下ろしている。


「メッサのシラネッタの港が見えた。あっちの方向だ!」


 指さす方向にサレアナの目にも薄らと陸地の影が見えた。


「いつか俺の国になる場所への第一歩が待っている」


 その言葉の飾り付けにサレアナは、少しだけ眉を動かして反応してから、目を細めて遠くを見た。

 兄の国になるかどうかはどうでも良いが、早く土を踏みたいとサレアナはその地を待ち遠しく思った。ひと月近いこの旅で、何度か港に立ち寄ったが、身の安全の為と言う名目で下船を許されなかったフラストレーションが溜まっていた。それは、カーナスも同じようで、ここ二、三日、朝からずっと甲板でウロウロしていた。


「いいぞ、いいぞ!見えるだけでも豊かな土地だ!」


 カーナスは、再び遠眼鏡を当てて身を乗り出さん勢いで笑った。

 サレアナは、この兄がそこまで嫌いでは無かった。言っている事は壮大で妄想的ではあるが、本心もそのままで分かり易い人間だからだ。カーナスは、自分の身分の高さを鼻にかけ、目下の者に対して馬鹿にしたり蔑んだ態度を取る。それもまた心のままなのだが、その価値観にはサレアナは賛同も共感もできない。それでも他人と関わりを持ってこなかったサレアナに批判する材料は無い。それでもカーナスのサレアナに対する態度は柔和で、兄としての自覚からか、気に掛けてくれる態度も見える。ただ、会話が噛み合わないと感じる事が多く、サレアナはその点は諦めるべきだと考えていた。


「サレアナも住ませてやろう」


「結構ですわ。図書館が無ければ私は死んでしまいます。その前に、お兄様の国ではありませんわ」


「まだ、な!あの国の王女を妻にして。そこから王位に駆け上がってやる!」


「お兄様と婚約の話が上がっているリーシア様の継承権は第八位。結婚した所でお兄様にその権利はありませんわ。それに彼女には、有能なお兄様やおじ様が居られます」


「取るに足らん障害だ」


 サレアナは、悪どい笑みを浮かべるこの兄が少し心配だった。

 素直というか、思慮が足りない兄は、その性格が素直に容姿に表れていて、目付きも悪く口元も常に少し歪んだ笑みを浮かべている。これはでは、婚約どころか話も聞いて貰えないのではと、不憫に思った。それでも、前途洋々と楽しそうに悪い笑みを浮かべる兄にこれ以上水を差すまいと、少しずつ近付いて来る港を見つめた。


 そう、あの地で出会えるんだ。


 サレアナの表情にようやく赤みが差した。

 無理して今回の使節団に参加した目的を想い、サレアナは、心をときめかせた。

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