「やりすぎ!」
サナエが目を上げると、そこにはガラガラと大きな音を立てて崩れていく建物があった。
サナエは、それが実際に目の前で起こっている事だと理解するのに少しの時間を要した。理解と同時にそれをメルリと一緒にやった事だとじわじわと実感して、サナエは青ざめた。
見るも無惨に瓦解した建物を守っていたはずの盗賊たちも建物の崩壊で起こった塵と埃の煙霧の中で、それを呆然と見上げている。
「あ、あー…」
サナエは、言葉にならない声を漏らして見ている横で、メルリは自分の行った魔法の破壊力に満足そうに頷いている。
「…ぢゃ、無くて!」
何が無くて、なのか自分でも意味は分からなかったが、サナエは声を上げた。
「?」
と、メルリは、慌てた表情のサナエを見た。
「やりすぎ!」
サナエは、建物の中に人が居た事を考えると恐ろしくなった。それに。
「潰れて死んだとしても悪党でしょ。村人を殺してるし、同情の余地無しよ」
と、メルリは、当たり前の様に言い放った。しかし、それには、人を殺した事の実感は無いとサナエは感じた。
「でも、攫われた人たちが居たかも知れないよ」
そうなのだ。助けるはずの人たちがそこに居無いとは言い切れないのだ。サナエはそれも心配していた。
「あ…」
メルリは、その可能性を失念していた。
サナエは、メルリと使った魔法によって人を殺したであろう実感は確かに薄かったが、目の前の事態はそれを否定できないものであり、直接的な実感が無くそれができてしまう力を持っている事に恐ろしさを感じた。
一方でメルリは、サナエの指摘に冷や汗をかきながら、大丈夫と自分に言い聞かせていた。
「てめぇら!なんて事しやがる!」
その光景にほとんどの者が恐怖し立ちすくむ中、幹部の一人と思われる大きな剣を担いだ男がメルリたちに怒鳴った。
ラナックが、その男の前に立ちはだかりマルスとイクノはメルリたちを守る様に側に寄った。
「待て、待て。俺は、あんたに勝てるとは思えねぇし、カシラの屋敷をこんなにしちまったのは、後ろのお嬢ちゃんたちだとしたら、俺たちにはもうなす術もない。勘弁してくれ。でも、どうしてこうなった」
男は、担いでいた剣をズガッと地面に突き立てると手を離して、両手を広げた。
その様子にラナックは、柄に触れていた手を下に下ろした。
「あなたたちは、村を襲って罪の無い人たちを沢山殺したわ!それに、連れ去ったわ!その人たちを助けに来たのよ!」
メルリが不快そうに声を上げた。
「確かにそうだが、これはいつもの事だ。村長たちとも話しは付いている」
男は、悪びれもせずに肩を上げ片眉を上げた。
「あんな酷い事がいつもの事な訳がないわ。だとしても、許される事ではなくってよ!」
「まあ、確かに今回は犠牲が多く出ちまった。だが、俺たちも好きでやった訳じゃ無いんだ。突然の依頼があったんだ。ちょっと強引なやり方になっちまったのはその所為さ。それに、こんな事をされてこちらにも多くの犠牲が出ちまった。この辺で手打ちにしてくれねぇか」
崩壊した屋敷を見ながら言う男の言い分に、メルリはイライラを募らせたいって今にも破裂しそうだった。
それをラナックが、スッと前に出て遮った。
「その依頼と言うのは、貴方たちに黒いローブを支給した人からのものですか?」
「いや、俺も詳しくは知らねえ。それは、カシラしか知らない事だ。でも、これじゃカシラも生きちゃいねぇだろうな。だから、もう誰にも分からねぇ」
「攫った村の人たちはどこに居るの!解放しなさい!さもないと」
と、メルリは手をかざした。
「物騒なお嬢ちゃんだな。そんなんじゃ、いい女になれねぇぞ」
「何ですって!」
男の安い挑発にメルリは、苛立ち息を荒げた。一、二歩前に出ようとすると、ラナックが素早く引いてそれを制した。そのラナックの足元の地面に三本の矢が飛来し突き刺さった。
ハッとするメルリの耳に馬のいななきが聞こえた。
男に馬に乗った露出の多い革鎧を身につけた女が駆け寄り、男はその馬に飛び乗った。その奥には、馬上から三本の矢を同時に番えて構える男が居た。
女の操る馬が再びいななくと、男は地面に突き刺した自分の剣を引き抜くとズンと肩に担いだ。
「じゃあな!」
そう言うと、メルリたちが居る横を馬で走り去った。
男は、逃走する時間稼ぎをしていたのだ。その事に気が付いたメルリは悔しそうに地団駄を踏んだ。
ラナックは、彼らがあっさりと安否も確認せずに自分たちの指揮官を捨てて逃走する姿に彼らの組織力の脆さを感じ、しかし、同時に柔軟さも見た。自国の治安を守る為には、こういった輩をどうすべきかの課題を突き付けられた様にラナックには思えた。
「とにかく、村の人たちを探すわよ」
逃走した男たちが見えなくなると、メルリは切り替えた様に駆け出した。
残されていた動ける盗賊たちも既に、メルリたちに関わらない様に逃げ出していた。残って居るのは、ラナックたちに斬りつけられ、動く事のできない者たちと、崩れた建物から何とか這い出して来た者だけである。もしかすれば、建物に挟まれたまま動けない者もいるのかも知れない。
サナエは、救える命は救うべきではないかと考えていた。だが、メルリたちは構う様子もない。それどころか、怪我で動けない者を締め上げて、村人を捕えている場所を吐かせようとしていた。
と、トッツの側にいたランティが何かを察して、騒がしくカァカァと鳴いた。そして、屋敷の東側に飛んだ。
「待って!」
それに何かを察したトッツは、ランティを追って駆け出した。
「トッツ!」
それに気が付いたサナエは、怪我人への心配は吹き飛びトッツを追った。
ランティが飛んで行った方向に行くと、元々赤みがかった毛をさらに血で真っ赤に染めたロングが、尻尾を垂れて立っていた。その周りには幾つもの盗賊の亡骸が転がっていた。
その様子にトッツは、尻込みながらも駆け寄った。
ロングは、ランティとトッツの姿を認めると尻尾を振った。しかし、その動きはだらりとして元気が無かった。トッツは、気が付いた。ロングのすぐ側に横たわる姿に。
「エルシィ姉ちゃん!」
トッツは、泣きそうな声を上げて急ぎ駆け寄った。
「エルシィ!」
トッツがうつ伏せのエルシエッタの肩を揺すっても反応が無かった。
サナエは、その様子からその女の子が村の人たちを取り戻そうと一人で戦った勇敢な人だと理解した。同時に体の奥から震えた。さっき自分が心配した盗賊たちがした事が、目の前の女の子をこんな目に合わせた事実に直面していた。盗賊たちに襲われた村を見てもサナエには、正直現実味を帯びた怒りは湧かなかった。だが、そういう事をする人々なのだと、ハッキリと実感した。許せないと明確な怒りと悲しみがサナエに湧き上がった。
それでも、決して殺してしまう事が正しいとは思えない。
盗賊たちを心配した自分を肯定する為では無いが、自分の考え方は間違っていないと言いたかった。しかし、目の前の現実と自分の感情は、サナエの心に深く突き刺さり、殺意を肯定したがっていた。その矛盾の中で、サナエはただ悲しみ、涙を流す事しか見つからなかった。
そのサナエの肩を、追い付いたメルリが触った。
「まだ、体内の魔素が動いているわ。生きている。きっと気を失っているだけだわ。でも、このままだと命に関わるわ」
「わたしは、どうしたらいいの?メルリ、教えて…」
「サナエ、貴女の中には、とても強い光と炎が宿っているわ。それは強く命を揺り動かす力。その力をほんの少し彼女に貸してあげれば良いわ」
メルリは、至極色の目に優しい光を潤ませてサナエの背中を押した。
サナエは、エルシエッタに近付いていった。
ロングがサナエを警戒して、低く唸りを上げて、それでも様子を見ていた。その姿に、トッツの手を離れていたスフレが対抗する様にロングに対して毛を逆立てて高い音で息を吐き、威嚇した。
「スフレ、やめて」
サナエは、スフレのその逆立った毛を撫でて落ち着かせた。
「貴方も心配しないで。わたしもこの人の事が心配なの。だから、少しの間わたしに任せて」
サナエは、不安そうにしているロングに優しく声をかけた。するとロングは、唸るのをやめてサナエの手の甲を一、二度舐めた。
「偉い子。ありがとう」
サナエは、倒れているエルシエッタを抱き、その胸に手を当てた。そして、自分の命の鼓動に意識を深めた。サナエの鼓動とは別に、エルシエッタの胸に添えた手からも、鼓動が微弱ながら伝わって来た。それは弱く不確かに消えてしまいそうに感じた。
みんなが、待ってるよ。
サナエは、自分の鼓動を手に感じる微弱な鼓動に伝えようと意識した。
トクン、トクン、トクンと、エルシエッタの命が身体を巡るのを感じた。
頑張って。
意識の深度が深くなるに連れ、サナエの体が淡く青く光を帯びた。
エルシエッタの中で、命の脈動による循環が力強さを取り戻していった。エルシエッタの身体が、淡く赤みを帯びた光に包まれた。
注ぎ込まれたサナエの魔素がエルシエッタの魔素の流れを助け、活力を得た事により身体本来の回復力を加速させた。細胞が活発に活動し、元に戻ろうとして分裂を繰り返し傷口を塞いだ。
エルシエッタの呼吸が胸を動かし、表情に赤みが差してきた。
そして、その目が薄らと開いた。
「エルシィ姉ちゃん」
トッツがその顔を覗き込み声をかけた。
「…トッ…ツ…」
エルシエッタのぼやけた視界に涙に濡れたトッツの顔が映った。
サナエは、ホッとして体から一気に力が抜けた。




