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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「尚更気に入った!」


 タルドの大刀がエルシエッタの正面から振り下ろされた。

 エルシエッタは、右足で地面を蹴り左に飛んでそれを躱した。

 タルドの膂力は目を見張るものがあるが、大振りな大刀を振る速度はそれ程の速く無く、エルシエッタの動きを捉える事はできなかった。そこにエルシエッタを殺したくは無いというタルドの躊躇いがあったかと言えばそれは無かった。自分のものにしたいと言う欲望はタルドの内に有ったが、それよりも今こうして命のやり取りをしている事にタルドの雄が起立していた。奪う事で生きて来たタルドには、欲望の成就は奪取の先に有るもので、暴力のぶつかり合いは、お互いの欲望のぶつかり合いなのだ。相手を殺してでも奪い、その相手もまた、殺してでも阻止する。そのやり取りこそがタルドを昂らせ興奮させた。

 エルシエッタは、必死だった。

 タルドの振るう大刀は、振われる事に速く正確に彼女に迫っていた。それを槍で受ける事は死を意味している。受けた槍ごとエルシエッタの身体を刃は切り裂く事だろう。それは、容易に想像できエルシエッタの背筋に冷たい汗を誘った。立て続けに迫り来る大刀の斬撃にエルシエッタは、反撃の活路を見出せずにいた。

 エルシエッタに対人の戦闘経験は皆無だった。ましてや、タルドの様に人を殺す事で技を磨いて来た相手など初めて対峙する。タルドよりも獰猛で攻撃的な魔獣(モンスター)を狩った事も有るが、本質が違う。魔獣(モンスター)であっても、獣。獰猛さの奥には臆病さを必ず持っている。命のやり取りを望んでいるものはいないのだ。そこに獣の強さが有るのだが、狩人はそれを利用する。しかし、目の前の大男はどうだ。命のやり取り自らを望み、迫り来る死の香りに享楽すら感じている。手にした武器は、獣の爪や牙とは違い痛みを知らず襲い掛かる。自らが生きる事よりもエルシエッタの命に迫る事をこの大男は、望んでいる様に思えた。

 この大男に対してエルシエッタの優位点は、その敏捷性だが、左腿の傷の所為で損なわれている。痛みを抑えていても筋肉的な機動力は落ちていた。

 倉庫は、もう少し先だろうかと、戦いの中でエルシエッタは、探った。

 何とか隙を見つけて、囚われた人々を救出に向かわなければとエルシエッタは、考えていた。この大男に対して勝機が見出せないなら、せめてその目的を果たさなければ意味を失う。

 ここに来てエルシエッタは、自分の浅はかさを後悔した。

 村を襲われた怒りや過去の記憶に自分の命を投げ出しても連れ去られた人々を解放するつもりだった。だが、どうだ。ロングによる撹乱は成功しているが、囚われている場所も特定できず、今こうして道を塞がれている。その大男に勝てる術もなく、こうしている内に他の者たちもここに来るだろう。そうなれば、何もできないまま死を突き付けられる。

 

 それに何の意味があるのだろうか?


 エルシエッタの中に迷いが生じた。大男をやり過ごして、村人を解放したところで、この砦から逃すことが可能だろうか?その問題に答えは出なかった。

 タルドの大刀が袈裟斬りにエルシエッタに迫った。

 それに対するエルシエッタの対応が僅かに遅れた。避け切る事ができず、槍の柄でそれを受けた。何とか軌道を逸らしながら身体を躱したが、大刀の切先がエルシエッタの腹部を切り裂いた。エルシエッタの服が斜めに裂けて、その下の皮膚を切り裂いた。


「クッ!」


 その傷は、内臓に届く事は無かったが、血が流れ腹を紅く染めた。


「それを躱すか!」


 タルドは、楽しそうに笑った。


「だが、左足が痛むだろう。バナックの矢の傷が」


 エルシエッタは、タルドを睨みつけた。バナックとは、あの弓の男の名前だろう。と推測した。

 何も応えず睨む少女にタルドは、口元を緩めた。


「気の強い女だ。尚更気に入った!」


 嬉しそうに笑う大男にエルシエッタは、不快感を感じた。

 折れた槍の柄を大男に向けて投げた。タルドは、それを大刀で打ち落とした。


「ん?!」


 そのタルドの腕に槍の矛先が突き出し刺さっていた。エルシエッタが、柄のすぐ後に投げた短くなった槍だった。

 タルドの油断が続け様に投げられたそれに気づかせなかった。

 

「やってくれる!」


 痛みに顔を少し歪めながらタルドは、それを引き抜いた。そして、その槍を投げ捨てた時、エルシエッタは、その懐に飛び込んでいた。

 ようやく見つけた好機を見逃さなかった。

 エルシエッタは、タルドの足元まで来ると、腰のナイフを抜き放った。その刃の光が弧を描いた。

 すぐに対応しようとタルドの大刀が動いた。が、遅かった。

 エルシエッタのナイフが、タルドの胸の肉を引き裂きながら首元に迫った。

 しかし、一連の素早い動きの負担が左腿を襲った。その痛みに最後の踏み込みが甘くなっていた。

 エルシエッタのナイフは逸れて喉を切り裂けず、タルドの頬から鼻にかけて切り裂いた。


「ぐあっ!」


 それでも、タルドにはかなりの痛みと傷を与えた。

 並の者なら戦意を喪失しただろう。しかし、タルドは、幾度も死の際を見てきた男だった。油断はしたが、戦いの興奮は、彼を昂らせ、今迫った死の縁はタルドを滾らせた。喪失どころか、タルドの身体を蹴って離れようとしたエルシエッタの足をその手で掴んで地面に引き倒した。


「あぁっ!!」


 エルシエッタは、地面に右肩から叩きつけられた。予想していなかった事態に受け身も上手く取れずその衝撃は、エルシエッタにすぐに立ち上がらせる事を許さなかった。

 タルドは、血塗れの顔を手で押さえながらその痛みに身体中で呼吸を激しくした。のたうち回るほどの痛みが有りながらも立ち続け、目の前の少女をその目に捉え続けている姿にエルシエッタは、恐怖した。その大男の口元はそれでも笑っているのだ。

 それでも痛みは、タルドを襲いすぐにエルシエッタに攻撃を加える事はできなかった。それでも、一歩また一歩とエルシエッタに近付いて行く。


「タルド!」


 そこへ何人かの盗賊が駆けてきた。ようやくタルドと襲撃者との戦闘に気が付いたのだ。

 盗賊団一の剛腕の男が血だらけになっている事に駆けつけた盗賊たちは戦慄した。それを彼の目の前に倒れている少女がやった事だと、すぐに理解はできなかった。


「来るんじゃねぇ!手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 鬼の形相で駆けつけた仲間たちを制すると、タルドはエルシエッタに手を伸ばした。

 エルシエッタは、まだ立てずに地面を蹴りながら距離を取ろうとするが、上手く取ることができない。タルドの手を蹴飛ばして抵抗するしかできなった。

 タルドの右手がエルシエッタの左足首を掴んだ。そして、そのまま力任せに引っ張った。

 エルシエッタの身体が地面を引きずられ持ち上げられた。

 タルドに逆さに吊るされエルシエッタは、右足でタルドの腕を蹴り離そうとしたが、びくともしなかった。その上、その度ごとに左足が引っ張られ、傷口に衝撃が走り痛みがエルシエッタの身体を襲った。エルシエッタの苦悶の表情にタルドの血塗れの顔がいやらしく歪んだ。

 相手の生死すら自らの意思で自由にできる状況にタルドは、興奮していた。その欲望は歪んでいた。

 タルドは、その足を掴んだまま再びエルシエッタを地面に叩きつけた。

 エルシエッタは、何とか腕で頭を守ったが、両腕の皮膚が地面の石に切り裂かれ血が滲んだ。腕の骨は折れてはいなかったが、同じ力で何度も叩きつけられれば骨は砕けるだろう。エルシエッタは、何とかまだ手に掴んでいるナイフで反撃する術を考えていた。だが、また一度叩きつけられ、エルシエッタの肩が地面に激突し、その前の衝撃の蓄積もあってか、右肩がゴキリと外れた。


「クッアァァ!」


 タルドに吊るされたまま、右腕がだらりと落ち、その手にしていたナイフもガタリと地面に落ちた。


「ぐぁはははは!」


 それが、エルシエッタの戦意の喪失と見ると、タルドは高く笑った。

 タルドは、思った。


 もう無用だ。


 欲した女を力で制し、その命を左右できることを見せつけた。タルドと言う男の前で無力である事を知らしめる事は、タルドにとって性行為に等しかった。それが済めば、もう必要など無かった。後は打ち捨てて終わりだ。

 タルドがエルシエッタを投げ捨てようとした時、影が走った。その影は、タルドの背後から、その首を狙って弾けた。

 タルドはそれを見てはいなかった。が、迫り来る殺意は、彼の背筋を駆けた。その感覚のまま、タルドは、身体を捻った。影の刃がタルドの左耳を引き裂いた。


「グッゥ!来たな!!」


 タルドは、それの襲来を待っていた。少女をすぐに殺さなかったのはそれを待っていたからだった。

 タルドの手から離れ地面に落ちた少女の服を咥えて、距離を取り少女を守る様に立ちはだかるその狼を。

 タルドは、大刀を再び掴むと構えた。

 ジリジリと間合いを詰めて行く。こちらの間合いにさえ入ってしまえば、奴の速度にも対応できる。と、タルドは考えていた。

 が、タルドの目の前の狼の頭上にボボッと炎の塊が生まれた。


「何?!」


 予測していなかった事にタルドは、戸惑った。

 魔物(モンスター)と対峙した経験の少ないタルドは、魔法を使うものが居るなど思ってもいなかった。


「そんな物!」


 それでもタルドは、迫り来るその炎を大刀で薙ぎ払って打ち消した。

 そこにロングの牙が襲い掛かった。

 正確にタルドの喉元を狙っていた。しかし、その狙いが正確過ぎた。タルドは、それを知っていた。炎がその隙を作るための布石として放ったものだと。だから、対処は難しくなかった。振った大刀の柄をそのまま力任せに引き戻して、その柄の先でロングの身体を突いた。


「ギャン!」


 ロングは、カウンターを見事に喰らい吹き飛ばされた。

 飛ばされながらもロングは、身体を捻り脚で地面を捉えると、すぐさま反撃に転じた。

 タルドもまたそれを見越して、大刀をロングに向けて振り下ろした。

 その時。


 ドガァァァァ!!


 辺りに轟音が響き渡った。

 タルドもロングもその音に一瞬動きを止めた。

 誰もが動きを止めた中、一人動いていた者がいた。


「グァァッ!!」


 突如、身体に強烈な痛みが走りタルドは声を上げた。それはナイフを持ち、体ごとタルドにぶつかってきたエルシエッタだった。左腕一本だが体の勢いを使い、タルドの腹から上へナイフを突き上げ、その心臓を切り裂いた。

 タルドは、エルシエッタの頭を掴むと放り投げるように体から引き離した。しかし、既にナイフは深くタルドの身体を引き裂いていた。


「何んて事を…」


 タルドは、自分に起きた事を理解し切らぬまま絶命した。

 ロングは、すぐにエルシエッタの元に駆けて行き、その血に濡れた顔を舐めた。


「ロング…ボク、生きてる…」


 身体を襲う激痛の中、エルシエッタは、ロングにそう言って、引き攣った笑顔を見せた。

 

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