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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「お父ちゃん!」


 ズガッッ!


 エルシエッタの頭の上を血で柄の濡れた槍が家の壁に穿たれた。

 黒いローブを纏った男の槍の切先は、エルシエッタをその先に捉えていたが、飛び出したランナが男の腕に身体をぶつけた事によってその狙いがそれたのだった。


「畜生!」


 男の意識が赤毛の狼に向かった。

 槍を即座に抜き、飛び掛かろうと唸りを上げて牙を剥く狼に牽制する様にその切先を向けた。

 ランナは、ジリジリと間合いを取りながら、機を伺っていた。

 エルシエッタは、ガタガタと震えたまま、ランナの背中を指の間から見ていた。

 襲われた村、母親の死に様、失った家、迫り来る死、まだ幼いエルシエッタには、何一つ理解も受け入れる事もできない。大人であっても到底受け入れられる事では無いが、何をすべきかの選択肢を経験が導く事もある。今のエルシエッタには、震えてうずくまる事しかできなかった。

 男の槍が、僅かに下がった。

 馬を操作しながらの戦闘は、膠着の中に隙が生まれる事もある。ランナは、その隙を見逃さなかった。一瞬、右に飛び男の死角に入った。そうすれば、馬を操作しなければならない男は、手綱に意識をしなければら無い。ランナがそれを意識したかは分からないが、男の背後に回る事で槍の脅威の無い背後から襲いかかる事ができた。後ろ脚を跳ねさせて、馬の高さまで飛び上がった。しかし、男は知っていた。その狼が利巧な程、そう狙って来ると。ワザと下げた槍をすぐに跳ね上げて、その勢いのまま担ぎ上げると、飛び上がったランナの目の前に横薙いだ。切先は、ランナの体を切り裂くかに見えた。が、ランナの脚の勢いが優っていた。ランナは切り裂かれず、その柄が前脚に当たった。それでも、弾かれたランナの左前脚に槍の先がしなって届き、皮膚を引き裂いた。深い傷ではなかったが、ランナの動きを鈍らせるには十分な大きさの傷を負った。

 ランナは、逆に不意打ちを喰らってしまい、弾かれた勢いそのまま、背中から地面に叩き付けられ、弾む様に倒れた。すぐに立ち上がったが、左前脚から流れる血と痛みに体が揺れた。

 

「終わりだ!」


 止めをさせると確信した男は、口元に笑みを浮かべながらそう言うと、大きく槍を振り上げた。

 ランナは、対応しようと身構えるが、思っている以上に体が動かず、ガクリと左によろけた。


「だめぇ!」


 まさに男の槍が襲いかかる瞬間、エルシエッタは叫んだ。叫びながら、震えて動かない足を引きずってランナを庇おうと必死で動いた。

 その声に、男の動きが止まった。しかし、それも一瞬だった。その槍でエルシエッタも一突きにしようと、槍を持つ手に更に力を込めた。

 そして男の渾身の力で槍が突き出された。

 エルシエッタの視界に赤が飛び散った。生暖かいそれが、彼女の顔に掛かり、赤く染めた。

 エルシエッタは、涙に濡れた目を大きく開けた。

 黒く大きく暖かい影が、エルシエッタを覆っていた。


「大丈夫か?エルシィ」


「お父ちゃん!」


 エルシエッタの愛称を呼んでニコリと笑おうとした顔が、苦痛で歪んでいた。

 男の突き出した槍は、間に割って入ったエルシエッタの父親の背中から右肩に掛けて大きく引き裂いていた。父親の肩に掛けていた弓矢の為の革ベルトのおかげで致命傷を免れてはいた。トサリと、矢を入れる筒が地面に落ちた。

 突然の事に、動きの止まっていたローブの男だが、すぐに槍を構えてエルシエッタの父親に止めを刺そうとした。だが、その腕はその時には無くなっていた。槍を振り上げようとした瞬間に、風の様に飛び掛かったジンナの牙が男の肘から引き裂いて斬り落としたのだ。


「ギィヤァ!!腕が!?」


 悲鳴を上げる男に再びジンナが襲い掛かり、その首元に鋭い牙を立てて、その勢いのまま馬から引き摺り落とすと、地面に叩き付け男の首をへし折り切り裂いた。


「お父ちゃん!」


 エルシエッタは、父親にしがみついて泣いた。

 全ての感情が一気に吹き出して、エルシエッタは自分が何に泣いているのか分からない位に父親の胸に顔を押し付けて泣いた。

 父親も、背中の傷から流れる血も構わずに娘を強く抱きしめた。


「マイエル!あいつら、神殿窟に向かってる」


 二人の所に駆け込んできたのは、父親と狩りに出ていた男の一人だった。先行して戻ったエルシエッタの父親のマイエルから少し遅れて村に戻ったのだが、襲った村を後にして神様を祀っている山の洞窟の方に向かう一団を見たらしい。


「みんな、そいつらを追って行った」


「分かった。俺もすぐに行く」


 マイエルは、男にそう言うとエルシエッタの肩を持って離した。涙でぐちゃぐちゃに濡れた愛娘の顔を刻みつける様に見てから、家のすぐ近くに倒れている妻を見た。ギリギリと、マイエルの奥歯が鳴った。気が狂いそうな怒りが奥底から湧き上がるのを必死で抑えながら、娘の頬の自分の血と涙を拭うとニコリと笑った。


「父ちゃん、行かなくちゃならん。エルシィは、ランナと森の穴に行っててくれるか?父ちゃんも後から行くから。場所は、ランナが知ってる。分かったか?」


「やだ!お父ちゃんと居る!」


 エルシエッタは、首を横に振って、不安な顔で必死に訴えた。

 ドドッ!と、村よりも上の方で何かが砕ける音がした。それが続けて幾つも聞こえた。黒いローブの一団と村の男たちが戦い始めた音の様だった。魔獣(モンスター)の使う魔法によって岩肌が砕ける音だった。

 父親は、そちらに目をやり強く息を吸った。


「エルシィ。父ちゃんの言う事を聞いて、穴に行くんだ。できるな」


「いや!!お父ちゃんも一緒!」


「だめだ!!」


 今まで声を荒げる事の無かった父親が、エルシエッタに強く言った。父親も怒りと憎しみにどうにかなりそうだった。それを抑えきれずに娘に見せてしまった事に父親は、哀しい目をした。


「ランナ!頼む」


 マイエルにそう声を掛けられて、ランナは脚を引きずりながらもエルシエッタに近付いて、その背中の服を咥えた。そのままエルシエッタを引っ張って引きずる様にエルシエッタを促した。


「やだ!いやだ!お父ちゃんといる!ランナ離して!」


 エルシエッタの必死の抵抗をランナは聞かずに引っ張り続けた。

 悲しげに見守るマイエルが遠ざかって行く。

 マイエルは、何も言わずに振り返ると、着ていた服を引き裂いて、傷口に巻いて止血しようとした。特に傷の深い肩の傷は何とか巻く事ができたが、それ以上は難しかった。それでもマイエルは、立ち上がりジンナを連れて戦場へと向かって行った。

 遠ざかる父親の背中。それがエルシエッタが最後に見た生きている父親の姿だった。



 森の洞窟からエルシエッタが出たのは翌朝だった。

 ランナに強制的に連れてこられた事を責め続けて泣いていたエルシエッタも、泣き疲れて眠ってしまったのだった。

 エルシエッタが起きると、ランナの温かな毛に包まれていた。

 はっきりしない頭で洞窟をランナとともに這い出すと、そのまま村に向かった。

 誰の気配もしない村に、燻った煙があちこちに上がっていた。

 人も魔獣(モンスター)も皆、死んでいた。神殿窟に向かった男たちも、黒いローブの者たちも神殿窟の入り口やその中で動かなくなっていた。

 神殿窟の最奥の祭壇の前で、エルシエッタの父親の遺体を見つけた。


「お父ちゃん!」


 エルシエッタは、その既に冷たくなった父親に縋り付いて大声で泣いた。

 その父親の遺体が動いた。正確には、その遺体の下の何かが動いたのだ。

 それは、ジンナだった。

 息も絶え絶えにジンナは、体を起こした。

 哀しげな声をあげて、ジンナはマイエルの遺体を鼻先で揺すった。そして、主人が亡くなった事を悟ると、悲しみの遠吠えを上げた。ランナもまたそれに続いた。


「ジンナ!ランナ!」


 エルシエッタは、同じ悲しみをともにする二頭を抱きしめて同じように泣いた。


 ジンナは、右後ろ脚に矢を受けていた。それは毒の矢で、患部からかなり腫れ上がっていた。マイエルの死因もその同じ矢だった。ジンナの方は、毒への抵抗力が有ったのか、すぐには回らなかったようだが、もう脚は壊死して動かない様だった。このままでは、全身に回って死んでしまうだろう。

 ジンナは、それを悟ったのか、その場で自らの右脚を食いちぎり、太腿から先を切り捨てた。エルシエッタはその行動に驚き、震えたが、すぐに自分の服を切り裂いてその傷口をきつく縛って止血した。父親がきっと自分の為に残してくれたジンナを死なせるわけにはいかないとエルシエッタは、必死でジンナの応急処置をすると、板を運び込みジンナを乗せてランナと一緒に村まで運んだ。


 それから、何日も掛けてエルシエッタは、亡くなった皆の墓を掘り、弔った。

 


 あれから十年近くの時が過ぎたが、エルシエッタの目の前で大切なものが炎に包まれている。

 エルシエッタは、喉に登ってくる酸っぱいものを吐き出す様に大きく咳き込んだ。

 腕で口から流れ出たものを拭うと、青い顔で炎を睨みつけた。ギリギリと奥歯を噛み締め胸の奥に湧き上がり始めたものを感じた。エルシエッタの心に刻みつけられた傷とは別に、あの時父親が感じていたものがエルシエッタの中に湧き上がっていた。


 お父ちゃん!!


 手のひらで、流れ出た涙を拭いながら、あの日の父親の気持ちを知った。

 エルシエッタは、ぐらつく体を怒りで支えながら駆け出した。

 

 

 

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