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「わたしが友だちでも良い?」


 メルリとサナエは、船を船着場にくくると勾配のきつめの石の階段を上がっていった。

 二十段程の階段を登り切ると、まだ身体が運動に慣れていないサナエの息が上がっていた。少し前屈みになって膝に手をついて息を整えていると、メルリがその手を引いて早足で歩き出した。


「メルリ、ちょっと待って」


 息を切らせながらメルリに訴えたサナエだったが、メルリは速度を落とさなかった。


「この辺りは、軍人や従軍貴族の住むエリアだから、わたしに気付く人もいるかも知れないから、サッサと抜けるわよ」


 メルリも流石に気が張っていた。

 サナエは、メルリに従いゼェゼェ言いながらもついて行った。

 目に入る建物は、広い敷地を高い壁や柵に仕切られている。かろうじて見える所からは、青々とした手入れの行き届いた庭が見え、建物自体の装飾も凝っている。窓に見えるカーテンも金糸で装飾されたりしていて、そこかしこに贅を凝らしている様に見えた。

 

 綺麗に石畳の敷かれた通りを渡ると急に建物の様子が変わった。一つ一つの作りはこぢんまりとしていて、色合いも茶色の割合が多く質素に見えた。しかしながら、よく見ると装飾や造りは凝っていて見た目は美しかった。

 この先は、職人の町だとメルリは、サナエに説明した。

 この国の職人の多くが、石の加工を生業とする職人が多く、石像があちらこちらに見える。その出来はそのままその職人の腕の良さの証で有る。

 石像の製作もそうなのだが、職人の多くが手掛けるのは、宝石の加工、宝飾品の製作が主だった。宝石の中には、魔鉱石も含まれている。

 魔鉱石とは、魔獣の巣窟(ダンジョン)の中に埋まっていたり、モンスターを倒しその体内から取り出す事によって得ることが出来る石の総称である。その純度は魔獣の巣窟(ダンジョン)下層に行くほど高くなり、かなりの高価で取引される為、冒険者と呼ばれる者たちは競って奥へと目指すのである。

 魔鉱石を加工するには、素質と修練が必要でこの大陸にもそれ程の人数は居ない。しかしその殆どが、この国の職人街に住んでいた。それと言うのも、この国の北にヴァンティーユ連峰、南東にスナポッロ山脈、西にロンディーヌ山と、山々に囲まれた地形であるのもその要因である。それぞれの山からの鉱物資源と中心にある巨大な湖、リゾン湖の豊かな水源がこの国を大陸一の豊かな国にした。よって、この国では魔石職人をはじめ鉱物を扱う職人の地位は平民の中でも高く、その上国からの援助や補償で専門の訓練所もあり、自然と職人が集まって来る環境整備がなされていた。

 

「よう、坊っちゃん!お出掛けかい?」


 職人街に入ってしばらくすると、メルリの姿を見た者が声を掛けて来た。

 作業場らしき所から顔を出した中年の男性で、褐色の肌をした逞しい髭面の男性だった。


「うん、これから川の方に行くんだ」


 メルリは、男の子の様な口調でそう答えた。一方サナエは、ガタイの良い男性に話し掛けられる事など初めてで、恐怖でビクビクしていた。


「おう、そうか、最近ロレンソの森の方でモンスターを見かけた奴がいるから、近付くんじゃねぇぞ。危ねぇからよ」


「分かったありがとう」


「そっちのねぇちゃんは初めて見るな」


 男性は、無遠慮にサナエをジロジロと見た。その視線は、ただ単純に何者か知りたいだけの様だが、サナエは緊張で震えた。


「付き添いだ。あんまり睨まないでくれ。ただでさえノマト親方は見た目が怖いんだ」


 メルリは、男性を睨み返しそう言った。

 ノマト親方と呼ばれた男性は、大きな声で楽しそうに笑った。


「すまんすまん!つい、ここいらの若い衆を見る感じで見ちまった。お嬢ちゃんごめんよ。悪気はねぇんだ」


「い、いえ…」


 サナエは、ノマトの言葉に彼が悪い人間ではないと感じた。しかし、大人の男性は怖いと感じてしまう。彼程大きくてがっちりとした男なら尚更だった。


「しかし、メル坊ちゃんに友だちが居たとはな。おっちゃん嬉しいよ。仲良くしてやってくれ。お嬢ちゃん、名前は?」


「サナエです」


 メルリが、彼に男の子と思われている事には触れない方が良いのだろうと考えて、サナエはあえて聞かなかった。


「二人とも気を付けてな!遅くならない様に帰るんだぞ」


 二人は、ノマトに手を振って先へと進んだ。


「えっと…」


 サナエがどう話したら良いものかと悩んでいると、


「ノマトに以前、魔鉱石の加工を依頼した事があったの。誰にも内緒だったし、身分を隠す為にも男の子の振りをしていたの。だから、私の事はどこかの貴族の息子だと思っているの」


「そうか。だから」


 話の流れから予想した通りだとサナエは思った。しかし、


「メルリって友だち居ないの?」


 サナエの素朴な疑問にメルリは、立ち止まった。

 その肩が震えているのをサナエは見た。しまったとサナエは思ったが、言葉はもう取り消せない。


「…居ないもん…だって…」


 メルリは、自分のズボンを手で掴んで耐える様に立っていた。


「わたしには、そんなの要らないもん」


 サナエは、少しため息をついた。

 余計な事を言ってしまったとサナエは反省した。メルリの立場上大人と接する機会が多く、同年代で立場を気にせず遊べる相手を求めるのは難しいのだろう。ましてやメルリが、他国の王族や貴族の子供と話が合う様に思えない。

 メルリのその拗ねた様な後ろ姿に、サナエの忘れていた記憶の断片が重なった。浮かんだその背中は、メルリよりも幼い背中で、でも同じ様に耐えて震えていた。

 サナエは、その時その背中を抱きしめた事を思い出した。気が付くと、同じ様にメルリを背中から抱き締めていた。


「わたしが友だちでも良い?」


 メルリは、少しびっくりした反応をして、それからサナエの腕の上に遠慮がちに自分の手を重ねた。


「サナエは、わたしの友だちになりたいの?」


 メルリの素直じゃ無い言い回しにサナエは、クスリと笑ってしまった。


「メルリが嫌なら、メルリルーク様ってこれからは呼ぶわ。だって身分が違うからね」


 メルリは、サナエの腕に触れた手に少し力を入れた。


「サナエって、ちょっと意地悪ね。いいわ、サナエをお友だちにしてあげる」


「ありがとう」


 サナエは、頬に感じるメルリの頬の柔らかさと香りに包まれて、メルリは、何て可愛いのだろうと頬が緩んだ。


「じゃあ!気を取り直して行くわよ!」


 メルリは、そう言って拳を空に突き上げた。


 

 ナッサヘルクの都市は、三重の防壁が有る。一つは王城を守る第三防壁。もう一つは市街地を含む貴族邸、職人街を囲む第二防壁。そして、市民の住宅地を囲む第一防壁。第二防壁と王城を守る第三の防壁には、守護兵が常駐し出入りする人物や物を検査している。つまり、市民であっても、好き勝手に内側には入らない。とは言え、それ程の厳しい規定がある訳ではない。市民証が有れば入る事ができるが、その際に誰が出入りしたかのチェックがされる。第一防壁は、有事の際にのみ扉がされる事になるが平時は常に開いている。

 第二防壁の出入りが可能な主な門は、三箇所、北西側のファラント街道、北東のヘカテローク街道、南東のアーナス街道である。それぞれの街道が城壁内のほぼ中央で一つに束ねられる。つまり、そのいずれかを通って出入りするのが基本となる。それともう一つが船舶による出入りだ。都市の北西の湖岸に交易港があり、物流の大半を担っている。

 


「どうするの?」


 サナエは、メルリに不安そうに尋ねた。

 目の前には高い壁が聳え立ち、彼女を押し潰してしまいそうな威圧感があった。その壁のを眺めて歩き始めてだいぶ経っていた。


「もうすぐよ」


 メルリは、不安な様子も無く先を歩いて行く。

 サナエは、不安を大きくした。一人なら何とか言い訳ができそうだが、メルリと言うこの国の要人が、個人の感情と都合で護衛も付けずにお忍びどころか、勝手気ままに出歩いているのだ。やっぱり何としても止めるべきだった。と、サナエは改めて思った。


「ここよ」


 そう言ってメルリが指さしたのは、小さな荒屋だった。


 メルリは、その荒屋の扉を開いて中に入った。

 扉を閉めると、隙間から入る光のみでほぼ真っ暗になった。物置程の大きさで、狭い場所である。

 サナエは、メルリの服の背中を掴んでいた。


開け(オルペナ)石の扉よ(ドロストゥーロ)


 メルリがそう呟くと、二人の足元が振動で揺れた。


「え?何?」


 サナエは、それに怯えたがそれ以上の事は起こらず振動は止まった。


漂え(ロドフラー)小さき光(レウルリット)


 今度はそう呟いたメルリの指先に光が集まって行き、拳程の光の塊になった。


「何?」


 暗さから急に明るくなり、サナエの目は眩んだ。


「さ、行こっ」


「行く?どこ?」


 戸惑うサナエの手をメルリは引いた。


「階段が有るから気を付けてね」


 階段?そんなものあっただろうか?

 戸惑いながらも、メルリの手に引かれて行くと階段があり、降りて行った。


「ね、どう言う事?何が起きたの?起きてるの?」


「前に地下通路を作っておいたの。魔法によって開け閉めできる様にしてね」


「魔法ってどう言う事?」


「魔法は、魔法よ。限られた血筋が使える力ね」


 メルリは、当たり前のように言ったが、初めて目の当たりにしたサナエは目を輝かせドキドキしていた。


「凄い!」


「凄くないわ。血筋で無くてもやり方によっては、誰でも出来ることよ。ま、わたしは、ちょっと他とは違うけどね」


「凄いよ!本の中だけだと思ってた」


 サナエの言葉にメルリは、彼女を可愛いと思いながら、少し呆れていた。


「よく考えてみて、サナエ。貴方自身がその凄いの塊なのよ。わたしが魔法の力を目一杯使って、今ここに居るんだから」


 サナエは、光に照らされた自分を改めて見た。


「あ、そうか、そうだね」


 サナエは、照れながらエヘヘと笑った。


「サナエは、絶対使える様になるから、今度教えてあげるね。きっと凄い魔法使いになれるわ」


「本当!?わたしも魔法が使えるの?教えて、教えて!うわー魔法少女かー憧れちゃうなー」


 サナエは、ニヤニヤ笑いながら、メルリと繋いでない手で魔法を発動させる様な仕草をした。

 すると、その指先がぼんやり光った。

 サナエは、一瞬えっとびっくりしたが、それはもう消えていた。


「何それ?魔法少女って?」


「え?あー?ん?…んー何だっけ?魔法使う少女?でも、可愛いよ!」


 サナエは、ぼんやりとした記憶の中にその思い出がある様に思えた。それに憧れていた気もした。


「可愛い?」


「魔法少女メルリルーク!」


「確かに可愛いかもっ!」


 メルリは、その言葉の雰囲気の可愛さは納得した様で、魔法を扱うかの様に指先をクルクルして笑った。





 

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