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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「何か来る?」


 エルシエッタ・レント・ラーグは、空を見上げた。


「何か来る?」


 胸がざわつくのを感じた。

 エルシエッタは、そのまま飛び出して泉の西側に有る巨石に駆け上がって行った。

 それまで泉で水浴びをしていた為、エルシエッタは何も身に纏わず、裸のままだった。水に濡れたままの日に焼けた褐色の肌が午前の日の光に輝いていた。飛び石の様に幾つもの岩を飛び移りながら上がって行く彼女の胸元で、小ぶりながらも形の良い乳房がその度ごとに踊っていた。


「ロング!ランティ!」


 エルシエッタがその名を呼ぶと、岩の傍の木から一頭の狼の様な獣が飛び出して、彼女と並走して岩を登った。そして、彼女の頭上を鳥の羽ばたきが聞こえた。


「ランティ!低く飛んで!」


 エルシエッタの言葉に、羽ばたいた大型の鳥が大岩の付近まで降りてきて、一番上の方に止まった。それは大きな青い翼の鳥だった。

 エルシエッタも大岩の上方まで登ると、そこに有る窪みに身を潜めながらそれを感じた方向を見た。赤みの強い毛色の狼がその近くに伏せてエルシエッタの様子を見ている。


「来たっ」


 エルシエッタは、声を潜めて言った。

 大きな魔素を二つ感じていた。一つは安定していて、もう一つはとても不安定だとエルシエッタは感じた。それが寄り添って近付いて来る。それも空を。


「何なの?」


 エルシエッタは、視線を上げて探った。

 それは黒い点に見えた。エルシエッタの場所からそれ程離れた高さをまるで鳥の様に飛んでいた。

 エルシエッタは、息を殺してそれが通り過ぎるのを一時も目を逸らさずに見つめていた。何か有ればすぐに対応できる様に身体中の筋肉を緊張させていた。

 これだけの距離があってもエルシエッタの背筋をざわざわとさせる程の魔素を感じたのは初めてだった。かつて同じ様に彼女の心と身体が恐怖に囚われた事があったが、悪意と殺意に満ちたものだった。しかし、今のそれは、それが無く存在しているだけで脅威を感じるものだった。

 エルシエッタには、それが凶兆の様に思われて胸に沸き起こる不安に表情が強張った。

 

 エルシエッタは、ヴァンティーユ連峰の麓の森に住むヴァンナット人の娘だった。数年前に村を失ってから、この森で一人で暮らしている。正確には、赤毛狼(ファナラルド)のロングと青色烏(ウォナドッド)のランティと暮らしている。双方ともに魔素を多く持つ獣、魔獣(モンスター)と呼ばれる類の動物である。

 かつてヴァンナットは、ヴァンティーユ連峰に多く住んでいた民で、ルスカール大陸の北部の民の祖とも言われている。外見的特徴は、黒髪に黄色気味の肌、そして、瞳は黒く、至極色の者が多い。

 エルシエッタは、日に焼けてはいるがその特徴通りの少女である。その瞳は、メルリの様に至極色に輝いていた。髪も瞳と同じように黒く美しく腰の辺りまであった。今は、そのまま流しているが、普段は結い上げて、頭の後ろで渦巻き状に纏めている。

 森で暮らしているからなのか、エルシエッタの身体は細身ながらも筋肉質で、しなやかな美しさがあった。

 頭上の黒い何者かが森の上を通り過ぎるのを見送ると、エルシエッタは、緊張を緩めて大きく息を吐いた。

 

 あれは、一体何だったんだろ?南の方から来た様に見えたけど…


 エルシエッタは、飛び去って行った方角を見た。それは、かつてエルシエッタの住んでいた村があった方向だった。


 やっぱり、嫌な感じがする。


 エルシエッタは、口を曲げて山を見つめた。

 

「くしゅんっ!」


 エルシエッタは、寒気に襲われてクシャミをした。

 夏が近付いているとは言え、水浴びをした後、裸のままで嫌な汗をかいてしまい、それが身体を冷やしたのだろう。

 汗を水で流して、家に帰ろうとエルシエッタは、岩を降りて行った。


「エルシィ姉ちゃーん」


 岩を降りて行くエルシエッタに声が聞こえた。


「おーい!ここだよー」


 エルシエッタを呼ぶ人影を泉の近くに見つけて、岩の上から声をかけて手を振った。


「エルシィ姉ちゃん!って、何で裸なんだよ!」


 岩の上にエルシエッタを見つけた人影は、近くの村からよくエルシエッタの元に遊びに来る九歳のトッツと言う小柄な短髪の男の子だった。

 トッツは、エルシエッタの声で彼女を見つけると手を振ったがすぐにエルシエッタが何も着ていない事に気付き、目を背けて赤くなった。


「ちょっと偵察してたんだ」


 恥ずかしがる様子もなく、エルシエッタは、岩を降りて行くと、泉に飛び込んだ。


「服着てから行きなよ」


 トッツは、泉で泳ぐエルシエッタに目を向けない様にしながら文句を言った。それでも、気づかれない様にチラリと盗み見るところは男の子である。


「トッツは、ボクの裸見て嬉しそうだぞ」


 エルシエッタは、水面から上半身を出して楽しそうに笑った。


「そ、そんな事ないよ!」


 真っ赤になって否定しながらも、トッツの目はエルシエッタの方に行ったり来たりしている。

 そのトッツの頭を後から来た姉のルイカが、ぐーで殴った。ルイカは、トッツより四つ上の十三歳である。茶色い髪を肩の辺りで切りそろえて居て、気の強そうな大きな吊り目が猫を連想させる。


「いってぇ!」


 殴られた頭を押さえてトッツは、屈んで痛みに涙した。


「バカトッツ!エルシィも変な事言って、トッツをからかわないの!」


 ルイカは、プリプリと怒ってエルシエッタを睨んだ。エルシエッタは、舌を出して「ごめんごめん」とおどけた。


「姉ちゃんいてぇよ」


 と、立ち上がって抗議するトッツをルイカは蹴飛ばして、「あんたは早くあっち行きなさい!」と、追い立てた。


「お家の方で、待ってるからね」


 ルイカは、まだ泉で泳いでいるエルシエッタに言うと、森に戻って行った。


「もうすぐ上がるからー!」


 エルシエッタは、ルイカの背中にそう声をかけた。


「ロング!」


 エルシエッタは、ロングにそう一言だけ言うと、ロングは姉弟の後をついて行った。


 

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