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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「さ、もうすぐ、国境よ」


 シェッツェヌを出た馬車は、メッサとの国境へ向けてレレンナ街道を北上して行った。

 メルリとリリーナとサナエの乗る車内は沈鬱とした空気の中、交わす言葉も少なくそれぞれが車窓を流れる景色を見るともなしに見ていた。

 リリーナは、嘆息しながら膝で眠るスフレの柔らかな毛を撫でながら、本当に良く眠る子ねと、どこ吹く風な希少生物を羨ましく思った。

 あのソンナットの邸宅でサナエに何が起こり、メルリが何を思ったのか、リリーナには分からなかったが、この旅をずっと楽しげに進んできた二人と比べて、今の二人を見ていてリリーナも察するところがあった。

 表情の曇ったままの二人をどう元気づけたら良いのかと、リリーナは、ここまでの道中ずっと考えていた。


 サナエは、黒衣の者が言っていた事を、心の中で反芻していた。『器』と『紛い物』と言う言葉が頭を離れなかった。『器』が何を意味しているのか分からなかったが、『紛い物』と言ったその視線は、明らかに自分に向いていたとサナエは思い返していた。


 わたしを紛い物だと言った。わたしをそう認識していた。偽物…わたしは…偽物…


 黒衣の者に傷つけられた右腕の裂傷もかなりの深さだったはずだが、もうほとんど傷跡が見えなかった。それを見ながらサナエは、『紛い物』の意味を考えていた。


 傷がすぐに消えるなんておかしい。ありえない事だ。わたしは、一体何なのだろう?

 メルリに聞いたら答えてくれるの?

 でも、怖い。自分が自分じゃ無いなんて言われたら…


 サナエは、不安に目を細めた。

 こうして、自分を自分だと認識している反面、この世界に居る事実にかつての自分が薄らいでいくのを感じている。咲苗であった自分は本当に存在したのだろうかと疑い始めていた。魔獣の巣窟(ダンジョン)で死んだはずが生きていたし、傷は治る。この身体は一体何なのだろうとサナエは怖く思う。助かった事に安堵は覚えたが、『紛い物』と言う言葉に思い当たる事が多い。


 そうだ、メルリは言っていた。魂と肉体がどうとか…


 この世界で目覚めた時もそうだ。と、サナエは思い出した。つまり、この身体はメルリが何らかの方法で作り上げた身体なんだ。と、サナエは分かっていたはずの事を再認識した。あまりにも自然に受け入れていた事だが、実際はとても歪な事なのだ。

 見ている事も感じている事も現実なのか疑わしく思える程に。

 その事をメルリに言うつもりは無かった。

 事実を確認する事に恐れを感じているのもあったが、サナエ自身にもこの事をどう捉えたら良いのか分からなかった。ただ、言い知れぬ不安があって、そのもやもやした霧が纏わり付き蝕んでいく様で辛くはあった。

 サナエは、ひとまずは自分の事は置いておこうと、そこから思考を逸らそうとした。

 もう一つ気になったのは『器』だ。この事を誰かに話さなければと考えていたが、憶測が多くどう説明したら良いのかサナエには分からなかった。

 『器』と言うのが、連れ去られたポランナを言い表した言葉では無いとサナエは考えていた。黒衣の者が『紛い物』と呼んだサナエのそばにいる魔素を多く持った者を『器』と認識した様にサナエには思えた。

 それは、つまりメルリを指した言葉なのかも知れないと。

 黒衣の者は、サナエとメルリの事を知っている。もしくは、知っている者に連れて来る様に言われた。と、言う事なのではないかと、サナエは考えていた。

 魔素を多く持つ子どもたちを連れ去る男たち。

 より多く魔素を持ったメルリを『器』と呼ぶ何者か。

 この二つに関連性が有るのか無いのかは、情報が少なくサナエには判断がつかないが、この国もしくはこの世界で魔素を多く持つ人々に関わる何かが動いているのは確かな様だ。

 サナエは、この先今のままではメルリも自分自身も守れないと感じた。だから、強くならなければならないのだと。


 メルリは、車窓を流れる景色を見ながら、サナエを傷付けポランナを攫った者の事を考えていた。

 サナエから聞いた状況では、何故ポランナを攫ったのか理解できなかったが、メルリはあの時、サナエと黒衣の者の他に多くの魔素を動かしていた者が居たのを感知していた。それがポランナだったのだろう。

 恐怖に怯えた事で、状況から逃げたい気持ちが魔素を発するきっかけを作ったのだろうが、その他の子どもたちよりも飛び抜けていた。どうすれば良いのか分からないままだった為、現象に影響を与える事は無かった様だが、方向性を与えたらあの部屋を吹き飛ばすくらいの事ができたかも知れない程だ。

 あの黒衣の者は、その魔素の飛び抜けて多いポランナを連れ去った。サナエではなく、ポランナだ。魔素量から言えばサナエの方が潜在量は多いはずだと、メルリは疑問を感じた。

 サナエの様子から、その件で何かを隠している様にメルリは感じた。

 正直、それは、どうでも良かった。

 メルリが間に合えず、相手の思う通りにされた事に腹が立っていた。助けるはずだったポランナを連れ去られた事に悔しくて堪らなかった。別れ際のミランナの失意の顔がいたたまれなかった。

 何としてでも黒衣の者を追って、ポランナを助けたかった。が、今は目的があっての旅だ。追う事ができない。

 それがメルリには歯痒かった。

 あの黒衣の者とポランナが去った方向をメルリは感知していた。追い切れている訳では無いが、北東に向かって行ったのは確かだ。それも高速で移動している。つまり、飛んでいる。それがメルリには信じ難かった。

 飛んでいると言う事は、どうすれば飛べるかを知っていると言う事に他ならない。少なくともこの大陸で空を飛ぶ技術は、知られてはいない。試みた者の話はいくつもあるが、落ちた者の話ししかメルリは聞いた事はない。メルリも少しの間なら、身体を浮かせる事は可能だが、黒衣の者がやった様に長距離を移動する為には、それとは別の方法を知らなければできないはずだ。

 飛ぶ為に何をすれば良いのか、メルリは頭の中で理論を構築してみたが、どれもすぐに落ちる結果しか想像できなかった。

 今は、状況を伝えた文書を王都に居る兄のカジェスに送ってある。ソンナットの事も含めて、王族に匹敵する魔素量を見せたポランナが連れ去られた事も伝わるはずだ。そうすれば、黒衣の者を捜索する部隊が編成されるだろう。

 この旅が終わる頃までに解決しないのならば、無理にでも合流しようとメルリは考えていた。願うのは、ポランナの身に危害を加えられない事だ。何かあったなら、絶対に許さないと、メルリは奥歯を噛んで今は耐えていた。


 メルリは、大きく息を吸ってから、気持ちを切り替える様に鼻から吐くと、思い悩んだ顔のサナエの手を取って握った。

 サナエは、ハッとして少し驚いた顔でメルリを見た。


「ポランナの事は、カジェス兄様に報告したわ。きっと何とかしてくださるわ」


 サナエは、会った事もないが、城に飾られた肖像画に見たメルリの一番上の兄、カジェスのメルリに似た癖のある金髪の凛々しい男性を思い出した。その真っ直ぐな目もメルリによく似ていた。


「うん」


 サナエは、拭い切れぬ不安はあれど少し表情を緩ませて頷いた。


「さ、もうすぐ国境よ」

 

 丘を登る街道を馬車が進み、その街道の先にメッサとの国境の川、ゲレック・サック川が遠くに見えた。

 

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