「とても興味深いお話ですが」
エルラーナは、皮張りの長椅子に座り花茶の爽やかな香りをスッと軽く吸ってから、正面に座る恰幅の良い口髭を蓄えた男にニコリと笑いかけて見せた。
「とても香りの良いお茶ですこと」
その言葉に、男は髭を触りながら満足そうに口元を緩めた。
「ドンボルドでも最高級の花茶です。ヤナフィの花の香りを茶葉に移したものとランナットの蕾を乾燥させたものを混ぜて職人により香りを調合したものです。ドンボルドの王族が作らせている物で、なかなか市場には出回ら無いので、手に入り難い物なのですよ」
「さすがソンナット殿、そんな繋がりもお持ちなのですね」
「いやいや、懇意にさせて頂いて居る商人の方がドンボルドの貴族様とも商売をされていた物で、たまたま手に入っただけですよ」
ソンナットは、機嫌を良くし応接室にある壺や絵画や魔獣の毛皮などの説明をエルラーナに聞かせた。エルラーナは、その饒舌なソンナットの愉悦とも言える財への思い入れに膨満感を覚えた。
こっそりと眉をひそめながら、口元は柔らかく相槌を欠かさなかった。
エルラーナの後ろに控えるラナックは、受け流している様子だが、ジーナは、切れ長な目を更に細くして耐えていた。その黒に近い色の肩で切り揃えられた髪が、逆立ちそうな気配さえした。ジーナには、十歳と七歳の男の子が居て、本人もそうだが、息子たちも魔術を扱う資質がある。まだ疑いとは言え、今回の件に目の前の男が関わっていると考えるとジーナには、耐え難い時間の様だった。
「ソンナット殿の知識と商才には驚嘆の一言に尽きますわ」
「エルラーナ王女も、そのお年で物を正しく見定める目をお持ちの様です。いやはや、感服致します」
ソンナットは、エルラーナを品定めする様な目付きで笑った。
「ところで、今日はどの様な御用でお出でになられたのですかな」
「いえ、この町に来たばかりではありますが、もうこちらを出立する事にしましたので、そのご挨拶をと思いましたの」
「おや、もっとごゆるりとされるものと思っておりましたが、それは残念ですな」
これを機に王族との足掛かりをと考えていたソンナットは、心底残念そうな顔をした。
「そうも言っておられないのです。旅の目的である姉の出産が近付いておりますので、到着は早ければ早い程良いのです。おかげさまで、この町で必要な品もすぐに揃いましたので、大変に助かりました」
「姉君と申されますと、メッサに輿入れされたシルソフィア様でございますな」
「えぇ、姉のシルソフィアは、魔素に恵まれ多少の魔法も扱えますので、友好関係にあるメッサから是非にと求められまして」
エルラーナは、少し寂しそうな表情を見せた。
「魔法と言えば、第一王女のヘレナメルク様も第一に王子のカジェス様も、強い力をお持ちだとお聞きします」
「えぇ、その通りですわ。ですが、かつての王族の力と比べたら、それ程では無いかもしれません。私などは、魔法を発動させられる程の神の恩恵すらありません。王族が王族たらしめる物とは何なのか。そんな事を考えてしまいますわ」
「王とは、人々を導く指導力、威光、権威。時代によっては、現人神として崇められていた事もあります。現国家の魔法崇拝的な考え方は最早過去の名残りの様なものでしょう」
ソンナットは、語りながらもジーナの睨みに気付き、少し体を強張らせた。
ジーナの目は、剣を預けていなかったら斬りつけていたかも知らない程、怒りを帯びていた。
「王国を名残りと申すのか」
ジーナは、怒りを抑えながらソンナットに問うた。
国を蔑める発言は、それだけで国家反逆思想と断罪されても仕方ない。それを貴族の立場で、王族の前で話すこのソンナットの底の浅さにエルラーナは、嘆息した。
「ジーナ、おやめなさい」
静かにジーナを諌めると、エルラーナはニコリと笑った。
「姉や妹の資質を身近に見ていますと、私も時折り自分が王族に連なる身である事を不安に感じてしまう事もあります。薄まりつつある血筋の未来は、特に私の様な者が示すべき道でもあるのかも知れませんね」
ソンナットは、吐き出す汗を拭いながら、彼の考えを否定しないエルラーナの言葉に僅かに頬を緩めた。
「さすがは、先見の明が御有りです。今は魔法と言う力が国の礎となっているのは紛れも無い事実です。しかし、今世界を動かしているのは、経済です。大きな戦争の無いこの今、力だけの支配では、いずれ破綻するでしょう。この町に居ると、色々な情報も入ってきます。情報と金は、魔法と同じ様に国を支える力となりましょう」
ソンナットは、勢いを取り戻して鼻息荒くエルラーナに語った。
「成程、とても勉強になりますわ。ソンナット殿の言う通り、既に世の中は経済、特に物の流れが国を豊かにしています。ルスカール大陸での戦争の末に五国連盟が結ばれてからは、中央のナッサヘルクは、水運による各国との交易を中心に栄えていきました」
「そうですとも、世界に求められているのは金の流れです」
「ですが、戦争は起こらないとは限りません。抑止力としての力を国は持つべきと考えます」
「エルラーナ王女、ここだけの話ですが、魔法を超えるかもしれない力がいずれ魔法に台頭するとしたらどうでしょう」
ソンナットは、声を顰めて真剣な面持ちで言った。
エルラーナは、興味深い顔で聞きながら、ソンナットが魔法や魔術に対してどういう考えなのか理解した。
その考えは、ここ数年、特に魔術の素質も持たない貴族の間で広まっている、魔術や魔法は不必要だと言う考えだ。貴族として地位はあっても、魔術や魔法を扱え無いと言う事が劣等感や嫉妬心を生み、その事が格差を生じさせている。実際、王族の周辺には魔素に恵まれた者が配置される。それに対する不当や不平等を訴える考え方だ。
エルラーナには、何となく分かる気がする。しかし、全面的に認められる考えでは無い。と、心の中で首を振った。
「とても興味深いお話ですが、詳しくはいずれ。実は、今回は、ご挨拶とは別に確認したい事がございまして」
「何でしょう?」
エルラーナの突然の話題変更にソンナットは、首を傾げた。何も思い当たる節は無いようである。
「私の旅のお供が一人、町で行方が分からなくなっておりまして探しているのですが、何かご存知の事がありませんか?先程もこの町に居ると色々な情報が入ると仰っていらしたので」
「それは大変ですな。この町は、時折行方が分からなくなる者が出ますからな。何かありましたら、私の方で対処しましょう」
ソンナットは、胸に手を当ててそう言った。
「助かりますわ。では、ご協力頂けるのですね」
「勿論ですとも。何か特徴があればお聞きして手配書を出しましょう。そうすれば、きっと直ぐに分かります」
「実は、魔素に恵まれた女の子でして、居場所自体は何となく分かっているのですが、確証が持てませんでしたの。妹が、その子の魔素の痕跡を見つけたと言うのですが、まさか、ソンナット殿のお屋敷の中と言うではありませんか」
ソンナットの表情が段々と青くなり、汗が拭き出てきた。
「まさ、ま、ま、まさか、そんな事が…あ、いや」
明らかな動揺を見せるソンナットにエルラーナは、呆れていた。
「その子は、妹のお気に入りでして、妹はとても怒っているのです。もし無事で無い様なら関わった人に何をしでかすか分かったものではなくて、私も困っているのです。協力して頂けるのでしたら、こちらの屋敷の隅々まで調べさせていただけますか?ちなみに、崖下の船着場に軍の船を停泊させてありますので、そちらからも調べさせていただきますね」
エルラーナは、ニコリとソンナットに笑いかけた。
ソンナットの反応から、この邸宅に何かあるのは明白だったが、万が一何も無ければどうしようかとエルラーナは、思った。しかし、反逆思想で捕らえる事も可能だと思い直した。そう思いながらも、エルラーナは、今の国の在り方が正しいのかをもっと多角的に学ばなければと決意していた。
ジーナに命じて、外に待機させている軍の兵士とトクナとマッコスに捜索の開始を伝えさせようとした時だった。
邸宅全体を揺らす様な轟音が響いた。
応接室に飾られた壺や絵画の一部が床に落ちて大きな音を立てて破損した。
そこに居る誰もが予測していなかった事態に動揺した。




