「わたしたちに一言言えば良いの」
昨夜、宿屋を抜け出してミランナの妹、ポランナを探して港に停泊している船を探りに行ったメルリたちだったが、先行して船内の様子を探りに行っているマルスの報告を待ち、潜んでいる間に、サナエがいつの間にか姿を消していた。
メルリは動揺した。
メルリは、すぐにサナエを探して走り出そうとしたが、イクノに止められた。
「メルリルーク様、これ以上は容認できません。サナエの捜索はわたしがします。ですのでここはマルスとお戻り下さい。サナエ自身の判断で行動しているのならともかく、何者かが意図してサナエを連れ去った、もしくは危害を加えたのなら、相手はこちらの行動に気付いているか、何らかの狙いがあります。メルリルーク様の身の安全が最優先です」
これは間違ってはいけない状況だとイクノは緊迫した。
「だったら、分断も狙いの一つかも知れないわ」
「でしたら、私も宿まで戻ります。その上で、捜索に出ます」
「でも、サナエの身に何かあったらわたし…」
メルリは、弱気に表情を翳らせた。
「宿で寝こけてるスフレも連れて俺も探す。だから一旦戻ろう」
マルスは、はっきりとした口調でメルリに言った。
「サナエは、あれで結構やる奴だ。すぐにどうこうなんて事はないさ」
「分かったわよ。変な気遣いはやめてよ。あんただって心配なくせに」
知ってんだから。とメルリは不貞腐れた。
それから一度宿に戻り、気付かれない様にメルリは、部屋に入った。すると、しばらくしてリリーナが扉をノックして入って来た。手には温かな茶を二つ乗せた盆を持っている。
「あら?サナエは帰っていないのですか?」
「え?」
リリーナは、ベッド脇の小さなサイドテーブルに茶を置きながら、部屋にサナエがいない事を気にした。
「サナエは、まだちょっと…」
メルリは、上手く誤魔化す言葉が見つからず口籠った。
「…気付いていたの?」
「気付かれないと思ったのですか?エルラーナ様以外は、皆様メルリルーク様が三人を連れて出掛けた事に気付いていますよ」
泳がされていたのか。とメルリは落ち込んだ。
それは、ある意味では信頼されているのだろうが、サナエが帰らぬ状況になっている事でその信頼を裏切った事になる。その状況を作り出したのは自分なんだと、メルリは自分を責めた。マッコスに自分は間違ったと思っていないと言った言葉に自分の慢心があったのだと思い知った。だが、その言葉を曲げない為にもっともっと強く思慮深くならなければならないと、メルリは下唇を噛んだ。今こうして、イクノとマルスに状況を委ねなければならない自分の無力さに、眉を歪めた。
「大丈夫ですよ。まずは、お茶を飲んで落ち着いて下さい。市場で美味しいミルクがあったので、入れて飲むと気持ちが落ち着きますよ」
「ごめんなさい。リリーナも心配よね」
「ええ、とても心配してます。サナエの事もそうですが、メルリルーク様の事もとても」
「ありがとう。リリーナ」
メルリは、ミルクをたっぷり入れた茶を飲んだ。
茶の香りとともにミルクの柔らかな甘味が鼻腔を抜けていった。
心配ばかりしている訳にはいかないわ。サナエの事を信じなきゃ。あの子なら大丈夫よ。
メルリは自分にそう言い聞かせた。
サナエを探しに行ってくれたイクノとマルスの事も信じている。だから、この時間は落ち着いて待たなくてはと、不安で震えてできた茶の波紋に目を落とした。
イクノとマルスが戻って来たのは、明け方だった。
サナエは、以前戻らぬままで、行方の手掛かりも乏しかった。二人とも気落ちした様子でメルリに頭を下げた。
「スフレの鼻で、港内の足取りが多少は分かったのですが、途中から海に出たらしく、そこから追うことができませんでした」
「サナエが、自分から相談も無しに船に乗るとは思えないし、連れ去られた可能性が高いわね」
メルリも心配が増すだけで、辛かった。
昨晩は頭の中で不安が鳴り響き、ほとんど眠れていないメルリは目の奥の鬱血感に思考が鈍るのを感じた。どうしたら良いのか浮かんでこなかった。
サナエが攫われたとしても、ポランナを連れ去った男たちと同じとは言い切ることができない。それ程までにこの町は人の出入りが激しい。
コンコンと、メルリの部屋の扉が叩かれた。
メルリが入室の許可をすると、ミランナとリリーナが入って来た。ミランナがリリーナに言って、メルリに会いに来たのだろう。
ミランナは、髪や体を洗い、清潔な服に着替えていた。
薄めの褐色の肌に、肩甲骨辺りまである髪は赤みが強く少しウェーブしていて、目は黒に近い色をしている。
気弱そうに少し広角の下がった表情だが、目は大きく意思のある光を持っていた。
「サナエさん。帰ってなくて…あの、もしかしてわたしたちの為に危ない目に遭ったりしてませんか?…もし、そうなら、ごめんなさい」
ミランナは、自分がしなければならない事をメルリたちがしてくれていて、その所為でサナエに何かあったのではと、そう察してじっとしていられなかった。
「わたしにできることがあれば、何でも言ってください。何でもします。…サナエさんに何かあったら…わた、し…」
「サナエは、大丈夫よ。今はちょっと用事があって動かないの。すぐに戻ってくるわ。貴女は、わたしに、わたしたちに一言言えば良いの。妹を見つけてくださいって。分かった?」
「はい。妹を見つけてください。お願いします」
ミランナは、サナエが心配だった。しかし、ポランナの安否は、それ以上に心配していた。頼るしか無い状況だが、強い言葉で頼れと言ってくる自分とそれ程変わらない年齢の少女の真っ直ぐな至極色の目を信じると決めた。同時に何もできない弱い自分を恥じ、強くなろうと決意した。
メルリは、言葉を言いながら、自分が自分の意思で始めた事だと再認識した。サナエは、その上でメルリと行動した。だから、何が起きたとしてもその責任はメルリにあるのだ。だからこそ、メルリは動揺して不安になって動けなくなってはいけないのだと、ミランナの目に言われた気がした。あの子はこの子なりに責任を感じて、動こうとしている。メルリはそう思うと、自分がいつも考えるよりも先に行動している事を思い出した。手立てがない訳では無いはずだ。思考の中で立ち止まっているだけだと、メルリは自分を奮い立たせた。
サナエ、すぐに見つけてあげるからね。
そう、強くサナエを思った。すると、手が温かくなるのを感じた。その熱源が人差し指に嵌められている魔獣の巣窟で見つけた指輪である事に気が付いた。
その指輪にサナエを感じた。
魔獣の巣窟から帰った後、ノマト親方に見つけた指輪と剣とネックレスの整備を依頼していた。帰って来た指輪をメルリは左手の人差し指、サナエのは男性サイズの指輪だった為、ネックレスの様に首にかける事にしたのだ。
サイズ変更しなかったのには訳があった。その指輪の表と裏に紋が刻まれていたからだった。損なわれればその効果は無くなる。メルリが読み解いた紋の効果は、魔素の紐付けだった。お互いの魔素を共有させる事ができるのだ。もし、魔素が薄く扱えない者でも、魔素を扱える者と繋がれば、知識さえ有れば魔具を発動させることができるだろう。
サナエを感じる事ができる。サナエは無事なのね。
メルリは、指輪をギュッと抱きしめた。
もしかしたら、と考えその指輪の先のサナエに意思を伝えようと心の中で話しかけた。
[サナエ…]
届いて…
メルリは、祈る様に何度かサナエに呼びかけた。
何度かの呼びかけの後、サナエの息遣いが聞こえた気がした。
[サナエ、聞こえてる?]
雑音が多い中にサナエが応えようとしているのを感じた。
メルリは、サナエの無事を確信した。
もしかしたら、この指輪の繋がりの感覚を追っていけば見つけられるかもしれないとメルリは、希望を感じた。




