「心配しないで」
サナエは困惑した。
そこが何処かよく分からなかった。
そこは真っ暗な部屋で、四方から啜り泣く声が聞こえてくる。
そこがどれ程の広さで周りに何があるのかも、濃密な暗闇の中で把握はできない。
光を灯して見ることも考えた。が、サナエはそうはしなかった。それと言うのも、周りに居る啜り泣く声の気配は幼い。もしかしたらとサナエは思ったのだ。ここに居る子たちは、ミランナの話しに出てきた攫われた子どもたちなのだろう。だから、光を灯す事で、動揺させてしまうかも知れない、と。
サナエは、子どもたちを少しでも元気付けたくて、まずは一番近くに居るであろう声の元に近付こうとした。が、
「痛っ」
直ぐに硬いものに頭をぶつけてそれ以上進む事はできなかった。
サナエは、手で触ってそれが鉄の棒だと分かった。それがサナエの周りを囲んでいる。
檻の中に自分が入れられているのだと知った。
どうしてこんな状況になっているのかサナエは思い出そうとした。
メルリたちと港に向かって、それから、マルスにミランナの言っていた船内を探って貰っている間、船の近くに隠れていたけど…
そうだ、何か物音が聞こえた気がして…
サナエは、メルリとイクノに何も告げずにその気配を探りに行ったのだ。
月明かりが薄らと影を作る闇の中、サナエは足音を立てない様に進んでいった。
サナエは、倉庫が立ち並ぶ場所にいた。メルリたちから少し離れてしまったが、振り返ればその場所が見える。その事に安心していた。
倉庫の横に木箱が幾つも置かれた場所があり、そこに近付くと、何かが動く微かな気配がした。
サナエは、息を殺して置かれた木箱の間を探っていった。
何があるか分からない為、サナエも緊張していた。もしも、ミランナの話してくれた男たちの関係ある何かだったら、危険があるかも知れない。しかし、逆に何かが分かるかも知れない。そう考えてサナエは、メルリたちを呼ばずに行動を続けた。自分もミランナの為にできる事をしたいと、功を焦ってしまったのかも知れない。
サナエは、木箱の間を覗いて居ると、月明かりも届かぬ影の中に気配を見つけた。その気配は、サナエを感じ取ると、息を鋭く飲み込み、緊張を強めた。が、声を出さない様にしながら体を小さくしているが、暗闇に慣れたサナエの目にその背中と後頭部が薄らと見えた。その小ささから子どもなのだとサナエは気付いた。
影は、恐る恐る動いて、覗き込んできた何者かが、自分の事を見つけたのだろうかと見た。
その目が一瞬サナエと合った。合ったと言っても、サナエの方は影が少し動いたくらいにしか見えていなかったが、その影はそう感じた。それで、ビクリと体を強張らせた後、逃げる体勢を取ろうとした。
「待って」
サナエは、なるべく驚かさない様に細心の注意を払って、声を潜めながらも相手に届ける様に声を掛けた。
影の動きが止まった。
「大丈夫よ。怖がらないで」
優しく声を掛けた。すると、影がゆっくりとサナエに近付いて来た。
心細かったのだろう。誰かに縋りたかったのだろう。影は、サナエの顔を見ようと近付いて来たのだ。
影が近付いて来てくれた事で、ハッキリとまでは見えないが、その影が五、六歳の男の子だと、サナエは知った。
目は酷く怯えており、今は優しく声を掛けて居るサナエがいつ危害を加えてくるのだろうかと体も緊張したままいるのが分かった。
「怖い思いをしたのね。心配しないで。わたしはあなたに酷い事なんてしないわ」
と、サナエは、男の子に手の平を見せた。
男の子の手がゆっくりと動き、サナエの指先に触れた。サナエはその手をそっと両手で包んで温めた。
男の子の目がそこし和らぐのが分かって、サナエも少し安心した。
その矢先、男の子の目が激しく動揺した。
「あ、あ…あぁ…」
「大丈夫…」
と、サナエは、男の子の体を引き寄せて抱きしめた。
その瞬間、サナエは、後頭部を硬い何かで強かに殴られて、一瞬で意識が暗転した。
そして意識が戻ると、今の場所にいた。
さて、どうしたらいいのかな…
サナエは、自分が意外と冷静な事に気付いた。
状況はあまり良くないが、何とか出来そうな気はしていた。しかし、周りに他の子どもたちが居る状況でどうするべきか考えていた。魔法を使って檻を壊す事ができるかも知れないが、制御が上手くできないサナエでは、周りへも影響を与えかねない。
だったらどうすれば良いか。
状況を見て隙をつける機を伺うべきだろう。今置かれて居る状況もはっきりしない現状では、不確定要素が多すぎる。一つ気がついた事は、揺れていないと言う事だ。つまり、ここは船ではない。となると、メルリたちが探っていた船ではないと言う事だ。
じゃあ、ここはどこなんだろう?
サナエは、一つ確かめなくてはならない事に気が付いた。
「ねえ、この中にポランナちゃんはいる?」
なるべく大きな声にならない様に息を混ぜて、暗闇の中に尋ねた。
泣いていた子も少し声を落としてサナエの声を聞いた。
「ポランナちゃん、いる?」
サナエの呼びかけに、泣いていた子の内の一人が反応する呼吸が聞こえた。
「わたし、ミランナに会ったの。とても心配しているわ」
「…お姉ちゃん…」
反応した声が不安に震えていた。
「大丈夫。お姉ちゃんは、無事よ」
「お姉…ちゃ…ん…」
ポランナは、ミランナを思って泣いた。でも、声を出すと男たちがまたやってきて酷い事をする為、声を出さずに泣いていた。
ポランナが居る事で、ミランナを拐った男たちが関わっている場所にいる事がはっきりした。
こうなったら、何が何でもこの子たちを助ける。
サナエは、その為にできる事は何でもしようと決意した。
やはり、動きがあるまで今は待つべきなのだろうと、サナエは、周りの音を集中して探った。
[…サナエ…]
「え?」
耳元で声がした。その声がメルリの声だと直ぐに分かった。また、この間の様に声を風に乗せて届けて居るのだろうかと、辺りを見回したが暗くてほとんど見えない。
[聞こえている?]
それは、耳に届けられていると言うよりも、頭の中に聞こえている様な感覚だった。
「メルリ?ど、どこ?」
[あ、ちょっと聞こえた。雑音が多いわ。でも良かった。無事みたいね]
サナエは、聞こえてくるメルリの声にキョロキョロと見回すしか無かった。
[あぁ、そうか。サナエ、魔獣の巣窟で見つけた指輪を意識しながら、わたしの事を近くに感じて頭の中で話してみて]
サナエは、チェーンに通して首に下げている指輪に手を当てて、言われた通りにメルリを感じようとした。すると、仄かに指輪が暖かくなり、そこにメルリの存在を感じた。
[メルリ?]
[聞こえたわ]
[どうなっているの?]
[この指輪は、着けた者同士の魔素を紐付けする紋が刻まれていたのよ。それで、その繋がりを通して意思疎通もできる様ね]
[そうだ、ここにポランナちゃんが居るの。でも、わたしも捕まっちゃって、ここが何処かも分からなくて…]
[本当?ふん!ますます許せないわ!わたしのサナエを攫うだなんて!]
[どうしたら良い?]
それは、依存ではなく相談としてサナエは聞いた。
その言葉には、不安ではなく信頼が込められていた。メルリとなら解決できると確信していた。
[少しだけ待っていて。追って連絡するわ]
[うん。分かった]




