「台詞に機微が無いわ!」
「このガキ!何しに来た!」
小柄な男が、自分たちを指さした金髪の聖者にギロリと目を向けた。大概の子どもは、これで動けなくなる。と、小柄な男には自負があった。が。
「ふん!あなたたちは、悪党と言ってもきっと下っ端ね!」
「なんだぁ!」
「台詞に機微が無いわ!」
この少女は、彼らの知る子どもたちとは違った。
だが、子どもは子どもだ。
そう思いながらも小柄な男は、動揺していた。
「おい、ゲック、お前はその金髪のガキを捕まえておけ。俺はこっちだ」
小柄な男は、ゲックと呼んだ大柄な男に指示を出すと、ミランナの方に向き直った。
ミランナは、手すりに掴まり小さくなって固まっていた。
小柄な男が近付いても動く事もできない。下手に動けば、灯台の下に落ちてしまうかも知れない。
ミランナは動けずに、視線で眼下の地面と小柄な男を交互に見た。
ゲックは、メルリに近付いて行った。
流石のメルリも、その体格差に動揺した。男の一歩一歩から、ドスンドスンと聞こえる様な錯覚もあった。
しかし、どう見ても少女をかどわかそうとして居るこの二人は悪党で、メルリは許してはいけないと考えていた。
現に小さなベランダの様な場所で、少女はうずくまり恐怖している。
助ける以外の選択肢は、メルリの知る物語の主人公には無い。
ゲックは、大きく手を広げてメルリを威嚇する様に立ちはだかった。そうする事で戦意喪失してくれれば、抵抗されて乱暴に扱わずに済むからだ。しかし、目の前の少女は、一瞬怯んだだけでその目は、正義感で光っている。
やりずらいとゲックは、困っていた。小柄な男ジリスに命令されたとは言え、子どもを乱暴に扱うのはあまり好きでは無いのだ。
でも、仕方がない仕事なのだとゲックは考え直した。
ゲックは、手を伸ばしてメルリの腕を掴もうとした。
「障壁の風」
が、ゲックのその手は、何かに弾かれて届かなかった。
ゲックは、驚きに自分の手を見た。
金髪の少女が直前に何かを呟いたのを聞いた気がして、もしかしたらと青ざめた。
「おい!ゲック、何してる!」
小柄な男ジリスが、ゲックを振り返り急かした。
「なあ、ジリス。逃げよう」
「は?何言ってんだ!逃げてんのはガキどもだ!さっさと捕まえるか殺すかしろ」
「で、でもよ…」
訳の分からない事を言い出したゲックにジリスは、苛立った。いつもコイツはこうだ。と、舌打ちをした。
ジリスは、逃げていた少女の手を縄で縛り上げ終わると、立ち上がり、金髪の少女にそれを見せつけた。
「お前もすぐに縛り上げてやる。こんな場所だ、助けは来ないし、粋がったところで逃げられやしないんだ。お前みたいに可愛らしいお嬢ちゃんは、愛好家に可愛がって貰えるぜ。フヒヒヒヒ」
ジリスは、いやらしく笑った。
そうだ、怖がれ。怖がって何もできない事を悟って、後悔しろ。馬鹿な事に首を突っ込んだと、後悔しろ。
しかし、目の前の金髪の少女は、逆にニヤリと笑った。
「バカね。逃げ場が無いのは、あなたたちよ」
そう言ったメルリの背後に三つの足音が響いた。追いついて来たイクノとマルスとそれに遅れてサナエもいる。
「メルリ!」
メルリの背中を見つけ、サナエが呼んだ。
「メルリ、余計な事に首を突っ込むなよ」
マルスがうんざりとした顔で言いながら、その目は男たちに向けられていた。
「マルス!不敬よ!」
イクノは、この状況よりもマルスの言葉に怒った。
「女、子どもが増えたところで!ゲック!」
ゲックは、生意気にこちらを睨んでいる少年に拳を振り上げた。
渾身の力で繰り出された拳は、少年の体を吹き飛ばす予定が、空を切った。マルスは、その軌道を見切り、躱してゲックの懐に入った。そしてそのまま、ゲックの膝裏にローキックを入れた。伸び切っていた膝が、急に曲りゲックは体がガクリとなり、膝をついた。その背中をマルスの更なる蹴りが襲い掛かった。マルスの体重は軽いが、鍛え抜かれた脚力のバネの衝撃でゲックの体は前のめりに倒れた。
「ゲック!」
ジリスは、驚愕した。
目の前の体格も良いとは言えない少年に、体だけは大きく強靭なゲックが、倒されるとは思わなかった。
その少年が、楽しそうに笑みを浮かべながらこちらに近付いてくる。
しかし、こちらには人質が居る。
ジリスは、吹き上がる汗をそのままに少年に目を向けたまま、ミランナを引き立たせて手すりの方に押した。そして、腰に下げていた小ぶりな曲刀を抜くと、少女に向けた。
「いやっ!」
目の前に突き付けられた刃の光にミランナは恐怖した。
「おら!それ以上近付くとこの娘の命はないぞ!」
マルスは、何も表情を変えずに目の前の小男を見ていた。
「その子を殺してしまったら困るのはあなたでしょ。連れてくるように命令されているんでしょ。でなければ、その子を追い詰めた時点で殺しているはずだもの」
メルリは、そう言って小首を傾げた。
「くっ」
「あなた、頭が悪いのかしら」
「うるせー!」
ジリスは、メルリに曲刀の切先を向けた。
「それ以上煽ると、その男、頭に血が昇って何をしでかすか分かりませんよ」
イクノは、ゲックの腕を捻り上げ、その関節をボキリと外しながらメルリに言った。
イクノの足下でゲックが「ぐぅぅっ!」とうめきを上げている。
「わたし、煽ったかしら?」
と、身に覚えのない顔で、人差し指を顎先に当ててメルリは言った。
目の前で大男の関節を外したイクノにビビりながら、サナエは充分煽ってるよ。と心の中で突っ込んだ。
「ぎぃゃ!」
そんなやり取りをして居る三人の前で、ジリスの悲鳴が聞こえ、曲刀が石造の床に落ちる乾いた金属音がした。
メルリに曲刀を向け伸ばされたジリスの腕を、マルスが一瞬で間を詰めてナイフで切り裂いた。
「きゃ!」
それを目にしたサナエが声を上げた。ジリスの切られた腕を見て、驚いてしまったのだ。
ジリスの腕からぼたぼたと血が流れ落ちた。
「くそぉ」
それでもミランナを離さずマルスとの間に入れて盾にした。
「マルス、もういい。男、話し合おう」
イクノがマルスを止めると、ジリスに言った。
「その子をこちらに渡してもらおう。そうしたら、傷の手当てをしてやる。このまま時間が経てば死ぬぞ」
「うるせぇ!」
ジリスは、口角に泡を吐きながら吐き捨てた。
そのまま手すりに体を押しつけて、ちらりと下を見た。
「まずい」
イクノは、男の意図を感じた。
少女を道連れに飛び降りようとして居るのだと。そうする事によって、自分も死ぬかも知れないが、少女が死んでしまえばメルリたちの正義感からの行動の失敗を思い知らす事ができる。
コイツは、性根まで小悪党だと、イクノは吐き気を覚えた。
ジリスは、ミランナを引っ張り、手すりの外に体を投げ出した。
マルスは、男の行動に驚きながらも咄嗟に手を伸ばしたが、少女のスカートの裾に手が届いただけで掴めず、指を布がすり抜ける感触が伝わっただけだった。
「キャァァァ!」
ミランナの悲鳴が響き渡った。
ジリスは、ミランナを道連れに石畳に叩きつけられる予定だった。
しかし、突如巻き起こった強い風が、二人の体を押し上げて、ふわりと浮き上がった。そして、ドサリとマルスの目の前に戻って来た。
それは咄嗟にサナエが使った魔法だった。二人を落とさないで、と言う思いで風を起こしたのだ。あまりに雑で勢い任せではあったが、上手いこと二人を飛ばして戻すことができて、サナエはホッとした。
ジリスは、何が起こったのか理解できないまま、マルスに強かに殴られて気を失った。
「男は落としちゃえば良かったのに。サナエ」
「そんな事できないよ」
サナエは、困った顔でそう言いながら、マルスに切り裂かれたジリスの腕に包帯を巻いた。本来は縫わなければならない程の傷ではあったが、サナエにそれはできなかった。マルスもイクノもできはするが、それをする気は無いようだった。
取り敢えずの応急処置をして、二人の男をその場に放置したまま、気を失っているミランナをマルスが背負って、灯台を下っていった。




