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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「メルリなら見られるよ」


 フィナリア川上流ヴァネッリ地方ナッサヘルク第二水軍及び第四第五騎兵部隊大隊統括基地、通称グンヴァネッリに到着したのは、日が落ちてかなり経ってからだった。


「こんな遅くなるとは思っておりませんでしたぞ!しかし、こんな所までよくいらした!」


 そう豪快に笑って皆を出迎えたのは、第二水軍大将のジェネック・ゴドラックだった。この基地の最高責任者自らこうして出迎える事は極めて珍しい事ではあるが、メルリとエルラーナの身を案じての事だった。

 ジェネックは、先王アーガンスの代から仕えている最古参であり、現王ジアスの兄弟子でもある。王族とは、縁が深く二人の事も孫の様に思っている節がある。

 護衛の騎士たちを部下に押し付けて、メルリとエルラーナを賓客用の建物へと自ら案内した。

 使用人の四人は、係の者から必要事項の伝達を受け、その間メルリとエルラーナは、旅の疲れを癒すために風呂に向かった。

 風呂から二人が出るまでの間に、サナエたちは料理人や配膳担当の者たちと協力して、ジェネックと主二人の食事会の準備を済ませた。

 

「お二人は、ここからシェッツェヌに向かうとお聞きしていますが」


 葡萄酒を片手にジェネックは、楽しそうに言った。


「えぇ。目的地は、メッサの首都メッサリアですが、折角なので見聞を拡げるためにシェッツェヌにも寄ってみたいと思いまして」


「良い所ですよ。物も人も多く豊かな都市です。ただ、嫌な噂もあるのでお気を付けください」


「嫌な噂?」


 メルリがその言葉に反応した。その目が何かを期待している様に近くに控えるサナエは感じた。


「いや、何。人が集まれば、色んな意見が飛び交うものです」


「他国の間者や反国家主義者たちですね」


「おや、メルリルーク王女は、ご存知で」


 ジェネックは、感心した様に微笑んだ。


「脅かすつもりはありませんが、身分を隠されて旅をされるべきでしょう。無論、ラナックや護衛の騎士たちが居れば、お二人に何か起こる様な事はありえません。が、用心するに越した事は無いと老婆心ながらお伝えしておきます」


 メルリは、豪快な振る舞いや物言い遠する割に慎重な考え方をする御仁なのだなと意外に思った。


「そうですわ。ラナック様たちがいらっしゃれば何事もあり得ません。ご心配は、ありがたく頂戴しますわ」


「お姉様。面白くありませんか?庶民に紛れて旅をするというのも。このまま目立った姿で旅を続けては見られない物も見えるかも知れませんわ」


 メルリは、そう言ってから、小声で「ラナックおじさまと二人で街の散策もできますわよ」と付け加えた。

 エルラーナは、鼻を膨らませて少し顔を赤らめて「それもありかもしれないわね」と口元を緩めた。

 そのやりとりを見ていたジェネックが、少しホッとした顔をしたのをメルリは見ていた。

 ジェネックが心配する程、シェッツェヌはメルリとエルラーナにとって危険な場所なのかもしれないと、その表情からメルリは感じ取った。

 二人には、言葉にして伝えられない様な何かがあるのかも知れない。そう思うと、メルリはドキドキしていた。




「メルリ、楽しそう」


 サナエは、風呂上がりにベランダで星空を眺めているメルリを見つけてそう言った。


「サナエ、世界は動いているのね」


「え?」


「星の巡りは運命の歯車。人の手届かず、力及ばず。只そこに美しく冷たく輝いている」


「メルリ?」


「前に読んだ昔の人の詩の一節。運命と星空は人の手の及ばぬもの。届かないのなら、わたしはそれをしっかりと見たい」


 メルリは、夜空の星の遠くまで見つめた。その目は輝いていた。


「メルリなら見られるよ」


「サナエも一緒に見てね」


 サナエは、星を見つめたままのメルリの手を繋いだ。メルリの手の柔らかさと温もりが伝わってきた。

 そのまま二人は、しばらく星見上げていた。

 星は、見える夜空の隅々までに輝いていた。サナエはこの星空は、生まれた世界の星空では無いのだなとふと思った。しかし、考えてみれば、それ程星空を見上げたり詳しくなる程、星の勉強をしていなかった事を思い出した。手に伝わる温度に、だったらこの星空がわたしの知ってる星空なんだ、それで良いのだと思い直した。


「星座ってあるの?」


「セイザ?」


「ん、と、星になった神様たち。かな?星を繋いで形にするの」


「似ている物はあるわ。星獣(ジムナスキルレーラ)って言って方角や季節を告げる為に神様が動物の形に空に並べたと言い伝えられているわ」


「やっぱり、星空を見てると考えちゃうんだね」


「北の(バウフ)南の(マナード)春の(ドゥーナー)夏の(シロッソ)秋の(ネーメア)冬の(ドンブ)。今見えるのは(ドゥーナー)(シロッソ)ね」


 メルリは、星を指差してサナエに教えた。サナエは、その形が分からずピンとは来なかったが、人は空を見上げると同じような事を考えるのだなとほっこりとした。


「二人とも、夜風は冷えますよ」


 部屋の中からリリーナが顔を出した。

 リリーナの優しい声に促されて、二人は部屋に入り、リリーナの入れてくれたお茶を三人で飲んで布団に入った。

 今日一日の疲れの所為か、慣れない枕でも三人ともすぐに眠りについた。




「風が気持ちいいわ!」


 甲板の手すりに手をつき、メルリは川に顔を突き出した。

 川を抜けていく風が、メルリのふわりとした髪に空気を送り込み、膨らむのをサナエは見た。サナエは、手すりを離したら飛んでいってしまうのでは無いかと少し心配してしまった。


「メルリルーク様、気を付けてください」


 リリーナも心配して、思わず声を掛けた。


 朝食を済ませて直ぐに一行は、基地に物資を届けに来ていた商船に乗り込んだ。注文した物を届けに来た商船は、殆どの荷物を下ろしている為に馬車も入る程のスペースがあった。流石に軍艦で川を下るとは思えわなかったが、商船もかなりの大きさのもので、サナエたちは驚いた。

 昨晩は、時間が遅く辺りが暗かった事と、疲れていた事もあり、気が付かなかったのだが基地内には数隻の巨大な戦艦が停泊していた。実際は、この基地以外にも数カ所船を停泊させる為の施設が周辺に造られている。

 メルリたちは、ジェネックの提案通り、素性が分からないように、飾りや柄の少ない地味目な服に着替えていた。エルラーナは、渋ってはいたが皆が着替える事に賛同した為、着替える事にした。


「はーなんだか、気持ちまで地味になりそうだわ」


 と、肌触りのザラつくベージュのシャツを摘んでぼやいた。普段の肌触りも良く、緻密な刺繍の施された色味も綺麗で花の香りを纏わせたいつもの服との違いが、これ程あるとはエルラーナは知らなかった。

 それでも、メルリはそんな事はお構いなしの様子で、船からの見えるいつもと違う景色や風の香りに心奪われている。そんな妹を遠目で見ながら、エルラーナは、自分が狭量なのだろうかと小首を傾げた。そしてすぐに、その考えを否定した。


 あの子は変わっているもの。王女として生きてきたのだから、この状態を受け入れ辛くてもおかしくないわ。


 メルリルークは、変わった子。それは、兄弟姉妹の中でも認められている事実。それどころか、メルリルークに関わった事のある人々は皆そう感じている。口にしなくてもそう接する者が多い。メルリルークが魔素量に恵まれており、大事に扱われているが、恐る者も居る。どう扱って良いものか分からず近付かない者も居る。その事でメルリルークは、一人で過ごす事が多く祖父の研究や本に夢中になっていた。

 エルラーナも幼い頃は、歳の近い妹のメルリルークと過ごす事が多かったが、次第に王族として求められる魔素の量の違いを意識するようになり、何となく距離を取る様になった。認めたくないが明らかな違いを感じ劣等感を感じるのが嫌だったのだ。

 それでも二人を分け隔てなく接してくれたのが、姉のシルソフィアだった。

 メルリルークの感じる孤独感もエルラーナの感じる劣等感もシルソフィアが平等に扱ってくれる事で、互いに深まらずに済んでいたと言えた。だからこうして、二人で大切な姉に会いに行く事を決意できたのだ。

 メルリの好奇心と向こう水に不安を感じながらも頼もしくも感じられるのは、妹として大事に思えているからだった。エルラーナにできない事をメルリができるが、メルリができない事をエルラーナができる事を知っているからだった。

 だから、メルリが変わった子だと思えても大切な妹である事に何の支障も問題もないとエルラーナは思えるのだ。


 変わった子だとは思うけどね。


 エルラーナは、クスリと笑いながら、そのメルリにサナエと言う気の合う仲の良い少女が現れたことが嬉しかった。何者かは、はっきり言って分からなかったが、それは些事だと思える程、メルリの楽しそうな姿が嬉しいと思える姉だった。



 三日後、船はシェッツェヌに到着した。

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