「貴女がサナエね」
「貴女がサナエね。話は聞いています」
その声は、とても静かで柔らかだなとサナエは思った。
目の前にいるヘレッタ・アドレルト・ナッサヘルクは、メルリの母であり、この国の王妃である。今日は、ヘレッタ王妃からサナエに是非会ってみたいとの事で初めての謁見を許されたのだ。
サナエは、ヘレッタ王妃を目の前にかなりの緊張をしていた。メルリの母とは言え、この国を代表する女性であり、敬うべき存在なのだ。サナエは、目蓋を動かすのもどうしたらできるのか見失っていた。目の前にいるこの女性の美しさとその物腰と息遣いは、例え王妃だと知らなかったとしても、緊張して言葉が上手く出て来なかっただろうとサナエは思った。会った瞬間に、挨拶を忘れて見惚れてしまい、付き添ったリリーナに促されるまで動けなかった程だ。
「サナエ。私は、貴女にとても興味があります。聞くところによると、魔法が使えるとか。それは本当?」
「え、あ…はい…でも…」
「貴女がこの世界の人間では無いのでしょ。先代王の研究書を元にメルリが貴女を呼び寄せたのよね」
「え?お、お母様?!」
「メルリ、あれ程の魔力震を起こして、その上三日寝込んでおいて、何も調べないと思っていたの?」
メルリは、顎に手を置いてバツの悪そうな顔で、視線を逸らした。何も問い詰められなかったから、気付かれて居なかったのだと思って居たのだろう。
「わたしも、最初は信じられなかったわ。あり得ないと思っていましたから。でも、経過報告も受けていたし、それに城への人の出入りは厳しく管理されているのに突然、側付きを増やしたいってメルリが連れて来たのですもの。驚いたわ。貴女はあまりにも普通の女の子なんですもの」
「あ、いえ…」
「でも、魔素量は、とても凄いのね」
ヘレッタ王妃が優しくニコリと笑ったのがサナエは少し怖く感じてしまった。
「ですから、お母様。サナエは重要な人材です。わたしが責任を持って…」
「メルリ。貴女がこのお嬢さんにした事は、本来なら許されない事なのですよ。貴女の都合で見知らぬ土地に呼び寄せられて…彼女にも家族が居るのです。その方々がどう思うか、考えたのですか?」
メルリは、考えも及ばなかった事を取り糺されて何も言えなかった。
「あの、ですが、メルリが、あ、メルリルーク様が…」
サナエが口を挟もうとした所をリリーナに腕を引っ張られて言葉が止まった。本来、王族に問われてもいないのに言葉を挟むなどしてはならない事でなのだ。
「リリーナ、構いません。サナエ、貴女がどう考えているのか聞きたいわ」
制したリリーナに柔らかに笑いかけてヘレッタ王妃は、そう言った。リリーナは、恐縮して膝を少し折って頭を下げた。
「わたしは、この世界に来て、メルリルーク様と時間を過ごせる事が今は楽しいと感じています。だから、メルリルーク様に感謝しています」
「家族と離れてしまっていても?」
「わたしの所為で家族はもうバラバラでした。それに、わたしは病気で死んでしまう所でしたから…不安はありますけど、良かったと思っています」
「サナエ」
メルリは、サナエの言葉に目を潤ませていた。
「ありがとう。サナエは優しい子ね。メルリの我儘に付き合わされて、危険な目にも遭ったというのにそう言ってくれるなんて。母として、感謝します。これからも仲良くしてあげてくださいね。この子、お友だちが少ないから」
ヘレッタにそう笑い掛けられて、サナエはドキドキして赤くなった。
メルリは、友だちが少ないと言われて少し不本意な顔をした。
「ここからは、政治の関わる話もさせて貰うわ。この大陸では、魔法を扱える、もしくはかつて使えた者の血族が王族や貴族と言う立場に立ち其々の国を治めているの。つまり、魔法が扱える程の魔素がある者は、その力を人々を導く力として使う事を求められるの。力は個の為に有らず民衆のためにあれ。と言う事よ。つまり、サナエ。王族でも貴族でも無い貴女がその力を持つ事は許されない事なの。人によっては、貴女を害する事も厭わないわ。良くて奪い合いね。それ程今の貴女の立場は危ういわ」
サナエは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「そんな事、わたしがさせないわ」
メルリが声を上げた。鼻息荒く怒っている様でもあった。
「最初私たちは、貴女の封印を考えていたわ。ただでさえ、メルリと言う魔素量の類い稀な王女が生まれた事を疎んじる者がいると言うのに、この国にもう一人増える事は、均衡を乱す事にもなりかねない。でも、それは正直私も気が進まなかったの。そこでしばらく様子を見ていたのだけど、マルナたちからの報告を聞く限りは、少し要領が悪いけど真面目で優しい子。それに、気難しくて我儘なメルリと上手くやっているのを見ると、貴女に肩入れしたくなってしまったわ。そこで、貴女に提案とお願いがあるの。お願いは、人前で極力魔法を使わない事、メルリと行動を共にする事。そうすれば、大概は貴女の事は、ただのそば付きと思ってくれるわ。そして、提案は、貴女にエンデ家の養女になって貰いたいの」
「エンデ家?ですか?」
「シャルロとローナの家よ」
はてなの浮かんだサナエにメルリが教えた。
「そう。あの家からは、ローナと言う魔素に恵まれた子が出たわ。だから、もう一人くらい、という事ね。先方には話を通してあるわ。いつまでも貴女に後ろ盾が無いままだと、何かと不都合でしょう」
サナエは、それでもよく分かっていない顔をしていた。
「つまり、これからは、シャルロとローナがサナエのお姉様になるのよ」
メルリにそう言われて、サナエはじんわりと状況を理解した。
「不安があるのなら、他を探しても構わないけど、貴女を利用しようと考える可能性を思うと、すでに王家の親族となる予定のエンデ家が都合が良いのだけど」
「シャルロさんとローナ、さんの事、とても好きなので嬉しいです。でも、わたしなんかが…」
「それは気にしなくても平気よ。特にその二人が、この話に乗り気でしたわ。寧ろご両親の方が不安そうだったそうよ。まあ、魔素の多い子は、野心が少ない家には重荷でしか無いものね」
「二人にそう言って貰えるなんて…」
サナエは、女性としても憧れる二人に受け入れてもらえて居る事に嬉しかった。
「このお話、お受けします。よろしくお願いします」
「分かりました。私から伝えておきますわ。その内、挨拶に行ける手筈を整えておきますね」
ヘレッタは、満足げにそう言った。
「お母様。それではサナエは、今まで通りわたしの側に置いて構わないのですね」
「駄目と言っても、聞かないのでしょう」
ヘレッタは、メルリに少し困った様な顔をした。それにメルリは、当たり前のように「はいっ」と応えた。
「では、お姉様に会いに行く旅に同行させて、よろしいですね」
「サナエ、この子があまり無茶な事をしない様に見張り役もして貰えると助かります。知っての通り、言い出したら聞きませんから。近衛騎士団も一部同行させますので、余程のことは無いとは思いますが。リリーナと協力して側付きとして、メルリの旅に同行してください。頼みましたよ」
サナエとリリーナは、恭しくヘレッタの命を受けた。
数日後、サナエは、エンデ家に養女として迎えられ、この世界に家族と呼べる人々ができた。
それから、さらに二日後、メルリの姉のシルソフィアが嫁いだ北の国メッサに向かう旅が始まった。




