「命を賭す誓いとする」
「この罪を背負う証としてここに封印するする」
薄らと光る壁に囲まれた部屋の中で、癖のある金髪の青年は、持っていた片手用の剣をその祭壇の石造の箱に聖布を巻いて収めた。
「血によって染められたこの大地に立つ私たちの子らに禍の及ばぬ事を祈る」
青年の隣に寄り添い立つ柔らかな長い栗色の髪の少女の様にも見える若い女性が、身に付けていた瑠璃色の石が嵌め込まれたネックレスを、剣と同じ様に収めた。
「二人が離れたとしても」
青年がそっと女性の左手を取り、その薬指に嵌められた指輪を外した。
「永久に心寄り添い、生き」
今度は、女性が青年の左手の薬指から指輪を外して、聖布で包んだ。
「未来の為に」
「成すべき事に」
二人は、手を添え合い、収めた。
「命を賭す誓いとする」
石の箱の蓋が動き、箱は閉まった。
青年と女性は、繋いだ手の指を絡め合い、互いに体を引き寄せて口付けを交わした。
互いの温もりを確かめ合い心に刻む様な接吻に、女性の閉じられた目の端から涙が流れ落ちた。その涙がすうっと彼女の顎を濡らした。
青年は、女性を見つめながらその流れた涙の跡を指でなぞり拭った。優しく愛おしげな青年の瞳をそっと開かれた女性の瞳が泣き濡れた光を持って見つめ返した。
青年は、自分を愛し、愛する故に哀しく光る彼女の至極色の瞳の美しさに、決意が揺らぐのを感じていた。
その心を感じてか、女性の目が哀しさを湛えたまま、柔らかに笑ってみせた。そして、絡めた青年の指を自分の腹に導いた。
柔らかに膨らんだ女性の腹には、命が宿っていた。それが青年との子である事も二人には分かっていた。
「今生の別れでは無いと言ってくれたのは貴方よ。だから、そんな顔しないで」
「先にしたのは君だ。僕は、君の心を映したに過ぎない」
「わたし、そう言うカッコつけて強がる所、嫌いよ」
青年は、困った様に笑って、女性を抱き寄せた。甘える様に女性の髪に頬を寄せてその香りを嗅ぎながら、彼女の腹を愛おしく自分の温もりを我が子に伝えるかの様に撫でた。
「離れたく無い。この子の成長を一緒に老いながら見つめたい。それに、もっと君との家族を作りたい」
「わたしもよ。でも、わたしはわたしの国で罪を背負って人々を導かなければならないわ。貴方も、貴方の国で人々を導かなければならない。貴方は英雄としてあの国に必要なのだから」
「僕は、器じゃ無いよ」
青年は、苦しそうに呟くと、女性の首に口付けをした。
女性の手が、その癖っ毛の金髪を撫で、もう片方の手を腹に添えられた手に重ねた。
「何度も話した事よ。貴方にしかできないわ。この子を守る為にも必要な事よ」
「分かっているさ。君とこの子を守る為にも、僕は君の側には居られない。そして、この国を守る為にも、僕があの国を収めて抑えなくてはならない」
青年は、女性の頬を引き寄せて再び接吻した。
「貴方は貴方の国に帰ったら、絶対に家族を作ってね。貴方の意思を継げる子たちを育ててね」
「君以外愛する事なんてできない」
「でも、貴方を愛する人は必ず居るわ。側に居られないわたしの代わりに貴方が孤独にならない様にしてくれる人が。わたしは、貴方に孤独に戦って欲しく無いの。だから、これはわたしの我儘」
女性は、そう言って涙を流しながら、青年の胸に顔を埋めた。
青年は、その小さな頭を優しく撫で髪に口付けした。
「努力はするよ」
そして、青年は一人、祭壇の間から出て行った。
女性は、その背中を見送った。その間ずっと耐え続けた。青年の背中が見えなくなっても、ギュッと手を握って耐えた。青年がもう戻らないと確信すると、女性は祭壇の間から出て青年を追う様に数歩走った。が、すぐ隣の部屋で立ち止まり、声を上げて泣いた。一人になった伽藍堂の部屋に女性の悲しい泣き声が長い時間響いていた。
サナエは、目を覚まして自分が泣いている事に気が付いた。
とても悲しくて哀しくて寂しくて、サナエはその涙を止める事ができなかった。近くのベッドでリリーナがまだ寝ている事に気付き、声を必死に抑えて肩を震わせて泣いた。
夢の様にサナエの中に染み込んできた、青年と女性の姿の詳細はぼやけ朧げだが、女性の感情が強くサナエの心に伝わってきた。
布団の端にぐしぐしと涙に濡れた目を押し付けて、口から溢れそうになる感情を袖で押さえた。
「大丈夫?」
その背中を優しい手が温かく撫でた。
起こさない様に気を遣ったはずが、リリーナがいつの間にか、サナエの側に寄り添っていた。
「ディディーダざん…」
鼻水で上手く言葉にならないサナエを、リリーナはその胸にギュッと抱きしめた。
突然現れた、サナエと言う不思議な女の子は、リリーナにとって大切な妹になっていた。サナエもまた、リリーナの優しさに慕い心を許していた。この世界に来て、自分が何者かも記憶も無く不安なサナエを支えたのは、メルリの強引さとリリーナの優しさに他ならなかった。
「怖い夢を見たの?」
リリーナの胸に顔を埋めながらサナエは頭を振った。
「分からないの…でも、とても悲しくて…」
サナエは、鼻を啜りながら答えた。
リリーナは、サナエにそれ以上は聞かずに、ハンカチでサナエの鼻に当てて、鼻をかませた。
サナエは、少し申し訳なさそうにしながらも、リリーナの腰に手を回してぎゅっと抱きしめて甘えた。リリーナの体から、優しい匂いがしてサナエは安心できる気がした。
「あらあら、サナエは甘えん坊なのね」
と、あまり年の変わらぬ血の繋がりのない妹の柔らかな髪を優しく撫でた。
魔獣の巣窟から戻ったメルリとサナエは、またしてもマルナに酷く叱られ、監視が強化され不自由な生活をしていた。
メルリは、ダンスや楽器の稽古や勉強の時間を増やされ、サナエはメルリから離されて、コックの手伝いや庭師の手伝いなど、忙しく働かされていた。
サナエに与えられたそれらの仕事は、サナエにとって未経験で上手くできない事ばかりだったが、記憶に蘇ったベッドで暮らす日々と比べたら、刺激的で興味深いものに思えて本人は楽しんでいた。
しかし、メルリと会えないと言う事が、こんなにも寂しく不安に感じるとは思わなかった。
仕事の時間の合間に、スフレの世話に石室まで行くが、もしかしてメルリが逃げてきているのではと期待している自分に気付きそれを実感していた。
石室でスフレと戯れて、その小さな舌で頬を舐められながらそれでもサナエはメルリと胸踊る外の話をしたいと思うのだった。
「わたしは、世界をもっと見たい」
サナエは、そう呟いてスフレの濡れた鼻に鼻先を付けた。スフレの舌が、ペロリと鼻先を舐めた。
「サナエなら、そう言うと思っていたわ!」
突然声がした。
数日間、声すら聞けなかったメルリがそこに居た。
「メルリ?!」
メルリは、仁王立ちに腕を組んでサナエを見下ろしていた。
そして、おもむろに手を出して、何かをサナエに見せた。
「じゃん!これはお姉様からの手紙よ!」




