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生きたい!もっと世界の広さを知りたい!


 時間がゆっくりと流れている様だった。

 巻き起こった風に飛ばされた血がサナエの目の前を飛び、視界を濃厚な赤が侵食していく。

 サナエの鼓膜を自分の悲鳴が激しく揺らした。

 恐怖と絶望と激痛と悲痛と悲壮に吹き上がる感情の奔流が口から溢れ出していく。

 サナエは、立って居られずにそのまま前に倒れ込んだ。右肩と右頬を床に打ちつけた。床に流れ溜まった自分の血に右頬がベットリと濡れた。


 わたしは、死ぬのだろうか?


 呼吸も体の傷も意識も激しく傷付き、限界を超えている中で、酷く冷静な思考がそう自分に問いかけた。

 死にたく無い。生きて居たい。そう思っていた自分が、抗う術を失って今は床に転がるしか無い。その事実を受け入れ始めていた。


 もう、終わりだ。でも、それでも…


お前は(アン)死ぬのか(ソノデエレ)それとも()生きたいのか(ネグアミレエレ)?”


 サナエの頭の中に声が響いた。知らぬ言葉だったが意味は響いてきた。

 知らない声の問い。しかし、答えは決まっている。


 生きたい!もっと世界の広さを知りたい!


 サナエは、声に応えた。


「トゥレッサドロスフスントゥ」


 人の形をしたものの声が静かに響いた。

 次の瞬間、倒れているサナエの背中の上に、長い石の槍が現出した。そしてそれは容赦なく、サナエの体を貫いた。

 サナエの体は、石の槍に貫かれた衝撃でビクリと動いたが、それ以上は動かなかった。

 役目を終えた石の槍が、消えると背中に穿たれた傷穴から血が流れた。既に心臓が止まり、血の流れは勢いを失っていたのだ。

 サナエの体に死が訪れた。


 人の形をしたものは、座したまま動かないサナエの体を見ていた。

 この場を守護し、奥へと進む資格のある者を待つのが彼の使命であり、資格の無いものを排除し殺害する事には何の疑問も無かった。が、目の前で倒れている少女との対峙は、数百年もの間ただ待つだけだった彼に存在の証明となってくれた。彼を構成する幾つかの部位が、経年による劣化によって機能を失っていた。後百年もしない内に朽ち崩れた事だろう。今は、目の前の少女によって受けた傷が彼の最後をもたらそうとしている。それは、感情を持ち合わせ無い彼にも自分の役目を果たした実感を持って朽ち果てられる事に意味を見出せていた。

 その名前を聞いて記録しておきたかったと、動かなくなった少女の姿を記録した。

 異変を感知したのはそのすぐ後だった。

 少女の全身の傷口に熱量が発生し、それは瞬く間に高出力の炎となった。

 炎は、少女の体の上だけでは止まらず、可燃物質の少ない床や壁までも広がり、その熱量を加速させていった。

 激しく燃える炎の中で、燃えて四肢を炭化させながら少女の身体は、部屋の中央に浮かび上がった。

 燃える炎は、少女の顔に付いた血を蒸発させ、熱量はそれに止まらず、頬の皮やその下の組織も沸騰させてエネルギーとして消費していった。

 少女の胸郭を残す様に炎は、少女を喰らい尽くしその勢いが臨界を迎えた。

 人の形をしたものは、熱エネルギーに当てられて、崩れた四肢と穿たれた胸の穴から炭化し砕けていった。その力に、資格無くとも抑えられぬものだと認識し、活動を停止した。

 少女をも焼き尽くした熱量は収縮を始めた。熱量を放出しながらも、ある一点を中心に凪の空間を一瞬作り上げた。その中心には、人の目には感知できぬほどの高質量の点が生まれていた。と、同時に全ての熱量はその点に瞬間も掛からず取り込まれた。そして、全てが逆転した。

 いや、逆転ではなく、必要外の余剰エネルギーの放出であった。点から再び放たれたエネルギーが、熱となってその部屋の隅々まで焼き尽くした。それでも有り余ったエネルギーは、この地に眠る魔鉱石に吸収されて、結晶となって部屋を覆い尽くした。



 メルリとマルスは、その揺れを階段を降り切ったところで感じていた。


「な、何なの?!」


 メルリは、その異常なまでの魔力の動きを感知していた。それがこの揺れの原因だと直ぐに繋げて考えた。


「出ない方がいい!」


 フロアに出ようとしたメルリをマルスが制した。

 マルスが懸念した通りに、今の振動で崩れて穴の空いた天井から、瓦礫がガラガラと落ちてきた。

 轟音が鳴り響き、砂煙が巻き起こった。


「サナエェェェ!」


 音の残響が耳に残る中、メルリはその名を叫んだ。

 もし、サナエが上から落ちたまま動けない状態で居たのならば、今の瓦礫の下敷きになっているかも知れないと、メルリは恐怖した。

 収まり始めた瓦礫の山にメルリは入っていった。

 なるべく瓦礫をどかして、その下を探りながら、サナエを探した。探しながら、見つけたい気持ちとここにはいて欲しく無い気持ちとないまぜになりながら、サナエの名前を呼び続けた。

 ガラリと、奥の方で音がした。

 僅かに光を放つ壁の奥で、何かが崩れたのが見えた。メルリは、それが奥に続く扉だと気が付いた。

 マルスがメルリに先んじて、その扉だった物の近くまで行った。

 マルスが警戒しながら覗くが、中は光が届かずよく見えなかった。


「メルリ、光を」


 遅れて近付いて来たメルリに光を要求した。

 メルリは、光の球を伴いマルスと一緒にその部屋を覗き込んだ。

 その部屋は、今居る部屋よりも狭い部屋だった。まず、二人の目に飛び込んで来たのは、部屋中を覆う魔鉱石の結晶だった。メルリの光球の光を照り返し、黒く輝いている。


「あ、あれは」


 マルスが声を上げた。

 部屋の中央に魔鉱石に囲まれて横たわる人影を見つけたのだった。

 マルスは、残った扉を乗り越えて、その人影に駆け寄ろうとした。


「ちょっと待って!」


 メルリは、マルスに声を掛けながら、扉を乗り越えて続いた。

 少し遅れて、マルスに追い付いたメルリは、人影の少し前で立ち止まって固まっている事に気付いた。


「バカァ!見るなぁぁぁ!」


 その原因に気が付いたメルリは、力一杯マルスを横から魔素を込めて増強した蹴りを喰らわせた。

 その横たわる人影は、サナエだった。

 何も着ていない裸のサナエが仰向けに倒れていたのだった。

 メルリは、マルスを蹴飛ばすと直ぐ様駆け寄り、サナエの状態を確認した。

 その胸の上下動から、息をしているのが分かった。


「マルスは、後ろ向いてこっち向かないで!」


 と、一応釘を刺しつつ、サナエの身体を確認したが、傷一つ見当たらなかった。念のため、抱き起こしてみるが、背中にも傷は見当たらなかった。サナエの鼓動と温もりが、しっかりと伝わってきて、メルリは安心して、ようやく声を上げて泣いた。


「サナエェ!サナエェ!…良かったよ…」


 メルリの泣き声に、サナエの体がピクリと反応した。

 ゆっくりと開かれた目に、メルリの柔らかな金髪が泳いでいた。


「メル…リ…?」


 サナエは、ぼやけた思考で、メルリに抱きしめられている事に気が付いた。が、記憶と繋がらずに困惑していた。視界に自分の手が見えていて痛みもない。死んだはずの自分が、メルリに抱かれている。とても暖かいメルリに。

 何故か理由が分からないが、今自分が生きている事にサナエは気付いた。

 サナエの目からも大粒の涙が溢れた。

 生きている事を喜べる暖かい涙が二人を濡らした。

 マルスも、背中に二人の生きている温もりを感じていた。

 その背中にサナエが気が付いた。そっとメルリから体を離して、マルスに近付くと、その手を取った。


「マルスもありがとう。助けに来てくれたんだね」


 サナエの涙に濡れた優しい感謝の笑顔に、マルスは真っ赤になって見惚れた。


「サナエ!だめ!何か着なきゃー!」


「え?」


 サナエはその時にようやく、自分が何も着ていない事に気が付いた。

 

「きゃぁぁぁぁ!」


 サナエは、腕で体を隠して悲鳴を上げた。その視界の隅に、顔を逸らしながらも目の端でサナエを見て、鼻を抑えたマルスに気が付いた。


「いやぁぁぁ!」


 サナエの平手とメルリの飛び蹴りが、マルスに襲い掛かってきて、マルスはしばらく意識を失った。


 

 マルスが目を覚ますと、マルスの着ていた肩の裂けたシャツをサナエが着て、メルリが持っていた布をスカート代わりに付けた。

 そして、奥の扉を開けた。

 そこは、光壁に囲まれた小さな部屋で、石造の祭壇の様なものが置かれていた。

 その祭壇には、棺としては小さめの石の箱が置かれていた。

 三人は、お互いに頷きその蓋を力を合わせて開いた。

 その中には、朽ちかけた布に包まれた幾つかの物が収められていた。

 それは、剣とネックレスと二つの指輪だった。

 メルリは、目を輝かせてその一つ一つを見て調べた。


「どれも凄いわ。古代文字で紋が描かれている。とても緻密で美しいわ。それに古い物なのにどれも保存状態が良いわ。剣も少しの手入れで使えそうだし。んーっ!これこそ、冒険の醍醐味だわ」


 メルリは高揚して声のトーンが高くなっている。

 サナエは、その姿に少し笑って、隣のマルスをを見た。マルスは、メルリの様子に少し呆れた表情をしつつも、サナエの視線に気付き、チラリとサナエを見た。その視線が重なった瞬間に、マルスは赤くなって気不味そうにそっぽを向いた。

 サナエは、裸を見られた事に恥ずかしさと気不味さはあったが、ちゃんとメルリを守って、サナエの事も助けに来てくれた事に感謝していた。今朝会った時の嫌な印象は無くなっていた。


「マルス、ありがとう」


 サナエは、心からの感謝をその横顔に伝えた。

 マルスは、その声にムズムズとする左頬を指先でかきながら、不貞腐れた様に小さく頷いた。

 サナエはクスリと笑って、マルスのその頬の赤さに自分自身も火照るのを感じた。

 その頬を柔らかな毛が撫でた。スフレの柔らかな毛を、一時は動かす事もできなかった右手で撫でて、柔らかさを感じられる事にサナエは安心した。

 何故自分が生きているのかは、サナエには分からなかった。あの時頭に響いた声が何なのか、それも分からないが今自分が生きている事の実感をまずは喜ぶ事にした。


「サナエには、この剣と指輪ね。わたしは、ネックレスと指輪を貰うわ。帰りに親方の所に寄って手入れして貰いましょ」


「な、俺は?剣は俺じゃね」


 と、マルスは、さっさと振り分けを決めてマルスには何も渡さないメルリに抗議した。


「残念ね、ここにある物は、全部魔具よ。魔素が扱えないと意味がない物よ」


「何だよそれ」


「そうね、マルスは、サナエの下着も裸も見た事だし、寧ろ貸しができたわね。だから、今後何かあったらこき使ってあげるわ」


 メルリは、ニヤリと悪い笑いを浮かべてマルスに言った。

 今後も巻き込まれる嫌な予感にマルスは顔をしかめ、その横でサナエは、思い出して火が出るほどの恥ずかしさに赤くなって下を向いた。


「さ、帰りましょ」


 かくして、三人と一匹のダンジョン探索は終わった。

 メルリたちは、当然の事ながらマルナに見つかって、こっ酷く叱られる事となった。

 寝る前にサナエは、窓から見える星空を見上げて、自分がメルリによってこの世界に呼ばれた事を実感していた。それは、ようやく自分が元の世界での事を実感を持って思い出し始めたからだった。

 怖い思いをこれからもするだろうが、サナエはメルリと出会えて良かったと思っていた。

 今は、心から生きたいと思えている自分の気持ちに従いたかった。




 

 

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