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「こんにちは!わたしの世界にようこそ!」


 その意識は、闇の中を彷徨っていた。

 何処に辿り着くのか。

 何処を目指しているのか。

 そんな事はどうでも良いように思えた。

 このままで良い。

 このまま消えていくのだから。

 この先にこれ以上の苦しみなど無いのだから。

 それで良いんだ。

 薄れゆく意識を引き伸ばさないように委ねたかった。

 苦しみなどもう要らない。

 十分に苦しんだ。

 どうして生まれたのか。

 どうして消えてゆくのか。

 苦しみの中で生まれて来た疑問だ。

 今となってはどうでも良い疑問だ。

 このまま委ねるのが良いのだ。

 ………


 その意識は、闇の中に溶けようとしていた。


『あなたが必要なの。来て』


 その溶けかけた意識に呼びかける意思があった。

 その音の無い声は、暖かく柔らかかった。しかし、力強く強引でもあった。

 その意識は、声の方に引き寄せられた。

 必要。

 そんな言葉を掛けてくる意思など、今まで無かった気がする。

 いや、世界がそれを否定しているのだと感じていた。

 だから、消えても良いと思った。

 『でも』とその意識は、呼び声に向いた。

 闇に一条の光が差した。

 そこに伸びる見えない手にその意識は強さを取り戻し、淡い光を纏い、光の中に吸い込まれていった。




 目を覚ますと暗い部屋に居た。


 覚ます?部屋?夢を見ていた?…夢?


 ハッキリしない感覚と思考が彼女の目の前をウロウロとしていた。

 彼女。

 その暗い部屋は、紫黒の石壁に囲まれた広い部屋であり、目を覚ました当人は、円筒形の大きなガラスの中に居た。その中で、何かの液体にその身を全て浸していた。その姿は、シルエットから女性の姿であると分かる。


「目を覚ましたみたいね。言葉は分かるかしら?」


 そのガラスの容器の前に立つ、肩までの長さの癖のある金髪で至極色の瞳の少女、メルリは、にこりと笑った。彼女はいま、闇色のローブを纏い魔法使いの様な出立ちである。

 容器の中の彼女は、目をぱちぱちとしてその言葉に反応していた。


「そうね、まだ()()聞いていないから、難しいわね」


 メルリは、そう理解した。そして、一つ咳払いをした。


「こんにちは!()()()()世界にようこそ!」

 

 メルリは、ガラスに近付いてウインクして見せた。

 ガラスの中の彼女は、首を傾げて少し笑った。




「さて!これから貴方には、言葉の聞き取り、発声の習得、歩行練習、礼儀作法などなど覚えて貰わなくてはならないわ」


 メルリは、容器から彼女を出すと、床に横たわる彼女にそう言った。

 彼女の体は液体から出され液体の代わりに空気が肺に入った事でパニクっていた。肺に入っていた液体を吐くと同時に空気が入って来て、酷く咳き込んでいる。

 それでも彼女は、何とか顔を動かして、目の前に立つ女の子を恨めしそうに見た。


「大丈夫よ、きっと。すぐに肺は、空気に慣れるわ。筋力も最低限あるはずだから起き上がってみて」


 不安な表情の彼女にメルリは、しょうがないなという顔で、彼女の肩に手を添えて上半身を起こしてあげた。


「まだ、わたしが何を話しているのかハッキリ分からないでしょうけど、貴方の頭の中にはこの世界の言語を学習させてあるから直ぐに分かるようになるわ」


 にこりと笑うメルリの笑顔に彼女は少し安心した顔をした。


「じゃあ、ゆっくり立ってみて。わたしが手を貸してあげるから」


 メルリは、そう言って両手を出した。しかし、彼女はその手に手を伸ばすどころか、両腕で自分の体を抱いて縮こまった。


「ほっらっ!」


 メルリは、彼女の両腕を取って引っ張り上げようとした。が、彼女はそれを拒否してメルリの手を振り払った。その拍子にメルリは、尻餅をついてしまい、その恥ずかしさに顔を赤くした。


「もー何よー!」


 メリルは、不満そうに手足をバタつかせてから立ち上がると、彼女を強い視線で見た。そのメルリに彼女は、涙目で恥ずかしそうに身体を隠しながら、


「…や…ふ…く…」


 と呟いた。


「?何よ?」


「…服…」


「あ、喋った!?ちゃんと言語が学習されてる!わたしってやっぱ天才!」


 うう〜んと拳を握りしめて喜ぶメルリのスカートの裾を彼女は掴んで引っ張った。


「服!」


 彼女は真っ赤な顔で目をウルウルさせながら強く訴えた。





 一週間が経っていた。

 彼女は、メルリの部屋着を借りて着ていた。パステルな水色のゆったりとしたワンピースでメルリよりも少し背が高い彼女でも問題無く着られている。

 あの時液体に濡れていた髪も、今はフワリと柔らかく風に乗り、ワンピースの上で遊んでいる。少し茶色がかった黒髪で肩甲骨あたりまでの長さが有る。

 歩くことにも慣れ、小走りで走ることも出来た。ただ、部屋の広さもあり、目一杯走る事はまだ試せてはいない。

 言葉は、メルリと会話する事でまるで思い出すように理解して話す事が出来ていた。メルリが言うには、彼女が元々話していた言葉と違うので、少し時間が掛かるようだ。


「でも、大丈夫よ!貴方の身体が出来るまでにわたしが、貴方の魂に言語を書き込んでおいたから、まるで元から使っていた様に使える様になるわ!ただ、元々の記憶と言語に差異が生じているから、思い出すのに時間かかっちゃうかも」


 彼女は、何も分からずメルリの言葉にもピンと来なかった。


「え…どう言う…事…」


「そうね。ちゃんと言っとかないとね。いい!貴方は、わたしが異世界から召喚したの!」


「ショウカン?」


「貴方は、この世界の人では無いの。ま、それは、おいおい思い出して貰うとして」


「おいおいって…」


「貴方は、これからわたしと魔王を倒す冒険に出るの!そして、貴方は勇者として魔王を討ち滅ぼすのよ!」


 メルリは、人差し指を彼女の鼻先にビシリッと出してそう言って、その指を天に向けた。

 彼女は、その指にビクッと警戒した後、その言葉の意味を考えて、サァッと青ざめた。魔王と言えば、文字の勉強の為に読んだ本の物語に出てきた凄く強くて恐ろしい存在だ。


「え…えぇぇぇ!……無理、ムリムリ、そんなの出来ないよ!だって、魔王って言ったら、凄く悪い人で凄く強いんでしょ!絶対ムリだよ!わたし!勇者なんてできません!」


 彼女は、涙目で両手を前に突き出して拒否をした。


「大丈夫よ!わたしが強いから!わたしが弱らせたところで、ズバッとやってくれれば」


「ズバッとって!そんなの無理!…帰らせて…元いた場所にわたしを帰して」


 彼女は、顔を手で覆って泣き出してしまった。

 メルリは、まさかそんな反応をされるなど想定外だった。喜んで、メルリの提案に乗って来ると考えていた。これから楽しい冒険の旅が始まるのだと疑っていなかった。だから、泣いてしまったこの娘をどうして良いのか分からなかった。自分の提案をこんなにも否定されたのも初めてだった。

 メルリは、指をワナワナとさせながらアワアワと視線が定まらなかった。


「で、でも、も、もう無理かも…貴方の肉体と魂が離れて半年以上経っているし…」


「え…わたし、帰れないの?」


「…た、ぶん…」


 彼女は、余計泣き出してしまい、メルリは泣きたい気持ちになった。

 でも、諦めたくなかった。


「でも、大丈夫よ!魔王を倒したら、きっと大いなる力が手に入るわ!魔王の力と言えば、闇のマナととても相性が良いはずよ!」


 そうよ!この子を帰らせる方法は有る!


「貴方が勇者として、伝説の剣を使いこなす事が出来れば、光と闇の力で、時空を越えられるはずよ!」


「何言っているのか分からないよ!」


 彼女は、泣いたまま体を振った。


「わたしは、貴方をこの世界に召喚したわ。でも、わたしの力だけでは、魂の通り道を作ることしかできなかったの。強引に引っ張ってくる事も出来なかったの。だから、わたしの呼び掛けに応えてくれた貴方の魂をこちらに呼んだの」


 彼女には、メルリの言っている意味は分からなかったが、何かに呼び掛けられた事は朧げに覚えていた。


「貴方は、わたしに応えてくれた。それはつまり……」


 メルリは、言いにくそうに視線を床に向けた。

 メルリは、スカートの裾をギュッと握った。


「その時、貴方の魂と肉体の繋がりが無くなっていたって事なの」


「…どう言う事…?」


 彼女は、血の気の引いた頬を自分で触った。


 魂が肉体から…?わたしは、死んだって事?


 彼女には記憶も実感もなかった。だから、信じられる訳はなかった。それに、帰りたいと思ったが、その場所が何処かも分からない。ただ、不安が深まるばかりだった。

 

「でも、わたしに任せて!理論は完璧だし、貴方と言う実績もあるわ!」


 そうよ!

 と、メルリは、気を持ち直してしっかりと彼女を見つめた。

 

「わたしがいつか貴方を元の世界に戻してあげる!だから、今はわたしを信じて!」


 彼女は、メルリを見た。至極色の綺麗な瞳は、もう迷いなく決意と自信に満ちていた。

 彼女は、自分が記憶が無く名前も思い出せず状況も理解できない。それでも、目の前の少女は、自分を必要としてくれて、それに応えたのはきっと自分なのだ。このままうずくまっていても何も始まらない。読んだ本の中の主人公も幾多の困難を乗り越えて何度も立ち上がって挑んで行ったではないか。それに今は、目の前の少女だけが向き合える現実なのだ。


 だったら。


 彼女は、震える手でメルリの手を取った。

 メルリの力を借りて、何とか立ち上がった。


「わたし、少し頑張ってみる」


「そうこなくっちゃ」


 メルリは、破顔して彼女を抱きしめた。


「一緒に魔王を倒そうね♡」


「でも!それは無理だよ!」


 彼女は、メルリに抱き締められながら涙目で首を振った。


 

 

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