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「なんでマルスが仕切るのよ」


 メルリとサナエは、再び森の前に立っていた。

 前回から、ニ週間経っていた。

 サナエは、確認するかの様に腰に下げた短剣の柄を触った。


「じゃ、行くか」


 そう言って、二人の前に少年が歩み出た。


「ちょっと、なんでマルスが仕切るのよ」


 メルリが、少年に向かって文句を言った。


「だって二人とも入ろうとしないからさ」


「これは、演出よ、これからの冒険を盛り上げる為の」


 メルリは、明らかな不満の表情で言い返した。しかし、森に入る事に尻込みしたのは確かだった。


「じゃ、行こうぜ。早く行ってすぐ帰って貰わないと、俺が怒られるからな」


 マルスは、面倒くさそうに二人を振り返りながら言った。

 サナエは、マルスの態度に少し苛立ちを覚えていた。メルリは、この国の王女で敬うべき対象なのに言葉遣いも態度も乱暴で気遣いもない。

 しかし、そのマルスの敬意の無い態度に関してはメルリは気にする素振りも見せ無かった。ただ、仕切られる事に不快感はある様だったが。

 と、言うのも、王であるジアスとマルスの父マーキス・レイナルドは、剣の師を同じくする朋友で二つ上のマーキスをジアスは兄の様に慕っていた。病で兄を二人失っているジアスにとってマーキスは支えとなっていた。

 ジアスが従軍貴族のマーキスの妹のヘレッタを周囲の反対を押し切ってまで妻にしたのは、彼女と恋仲てあったこともあるが、マーキスとより強い繋がりが欲しかった気持ちからとも言えた。

 ジアスとマーキスが懇意にする事で、お互いの子供たちとの交流もあり、マーキスの四人の息子の一番下のマルスとメルリは、幼い頃からの顔馴染みであった。

 

 それは、分かったけど、だからと言って…


 サナエは、納得できなかった。自分も二人きりやローナといる時は、友だちとして接している事を棚に上げて、マルスへの苛立ちを感じた。

 サナエのその気持ちとは別に冷静な自分が、マルスに自分の特権的な立場を脅かされて不安になっていると分析していた。とは言え、感情的に認められる訳でもなかった。

 サナエ自身は、また森に来る事に抵抗と不安はあったが、マルスが現れて、メルりと二人の時間を邪魔されている事の方に重みが増していた。



 その日の朝、朝食を済ませるとメルリは、嫌がるサナエを強引に引っ張って城を抜け出して、再び水路から小舟を漕ぎ、貴族地区を抜けて職人街へと向かった。

 そこで、マルスに見つかってしまった。

 正確には、城を出る前から気付かれていた。水路を出るまでは後を付けられていたのだ。しかし、小舟は一艘しか無く、マルスは慌てて城を表から出て追ってきたのだ。足が速いとは言えない二人であったが、追い付けたマルスの足の速さはかなりのものである。


「どこに行くつもりだ」


 目の前に立ちはだかったマルスが二人に問い詰めた。


「何でここに居るのよ」


 メルリは、マルスに言った。

 サナエは、何が起こっているのかその瞬間は、分からなかったが、その後少年が森で助けてくれた男の子だと気が付いた。そして、これで連れ戻されれば行かなくて済むと少し安心した。


「俺は師匠からお前たちを監視する様に言われてたんだ」


「ラナックが?むむ〜ぅ」


「また森に行くのか?だめだ、また危ない目に遭うぞ」


 サナエは、どちらに付けば良いのか悩んだが、しばらく様子を見るしか無いと考えた。


「いや!絶対行くんだから!」


「相変わらずの我儘だなぁ」


 マルスが呆れたように言った言葉に、サナエはカチンと来た。確かにメルリは、強引で我儘な所はあるが、何で貴方に言われなきゃならないのだと。

 サナエの目が鋭くマルスを見た。その視線にマルスは戸惑った。


「な、なんだよ…」


 サナエの視線にマルスは、ドキリとした。

 大きめの革袋を下げた髪の長いメイドの様な服を来た女の子が、きっと普段は優しげな目元を今は目一杯吊り上げて見ている。マルスは顔を背けながらも、横目でサナエを見ていた。今は横に結ばれた唇が動くところを見たいと思った自分にマルスは慌てた。


「お、お前たちが危ない目に遭ったら俺が怒られるだろ」


 動揺と赤くなった顔を見られたく無くて、マルスは視線を逸らしながらそう言った。


「ふぅん。つまり、護衛をしてくれるのね」


「ち、違う!監視だ」


「だったら、私たちは森に行くから、監視していれば良いわ」


 メルリは、ピシャリとそう言った。


「いや、行かせない為の監視だよ」


 流石にマルスもメルリの理屈に突っ込んだ。


「仕方ないわ。マルス、貴方の同行も認めてあげるわ。付いてきなさい」


「だから、話を聞けよ。行かせるわけには行かないんだ」


 マルスは、強引に話を進めるメルリの手を掴んだ。

 その手をすぐさまサナエが掴んで離させた。あ、となっているマルスを、サナエは手を持ったまま、


「乱暴な事はしないで」


 と叱った。

 マルスは、サナエに手を掴まれた事に動揺して顔を赤くしてその手を振り払った。

 それを見ていたメルリは、悪い顔でふぅんと頷いた。


「いい?これから私たちが行こうとしている所は、魔獣の巣窟(ダンジョ)よ」


「だったら尚更だめだ」


「それも、かなりの間人の立ち入って無いであろう魔獣の巣窟(ダンジョン)よ。それが何を意味するか分かるでしょ」


「余計危険だろ」


「これは、調査よ。本当に危なくなったら引き返すわ。でも、長い間人が入っていないのならば、歴史的にも貴重なものがあるかも知れないし、隠す為に閉じられたのかも知れないわ。そんな浪漫をマルスは放って置けって言うの?冒険が目の前にあるのに目を瞑るというの?マルスはそんなカッコ悪い男なの?」


「なっ」


 マルスは、揺れた。師匠のラナックの言いつけでメルリが外に出ないか監視をしていたが、まさか二人が森にそんな目的があるとは思っていなかった。メルリの言う通り、それはとても興味を惹かれる事案である。だからと言って、師匠の言いつけを守らないのは問題だとマルスは悩んだ。


「もし、危険な場所だと分かったら放って置くのは良く無いわ。かと言って、人任せにして発見に立ち会えないのは癪じゃ無くて?」


「確かに、確認だけでも…いや、でも…」


 マルスの目が泳ぐのを見てメルリは、ニヤリとした。


「場所は分かっているから、すぐ行って入り口だけでも確認してみたいの。お願い。見間違いだったら報告しても迷惑掛けるだけだし、マルスが護衛として付いてきてくれたらわたしもサナエも助かるの」


 メルリは、口調を変えて懇願する様に言った。

 隣でサナエは、メルリの話を聞きながらその袖を掴んだ。


「しょうがないから連れて行くわよ」


 とメルリは、サナエにそっと囁いた。

 サナエは、森に行くのは気が進まないが、メルリのしたいようにしてあげようと考える事にした。

 サナエは、深く息を吐いてマルスを見た。単発の茶色い髪をかきながら、どうしたら良いのか分からなくなっている少年は、悪人には見えなかった。助けて貰った恩もある。が、メルリが森に行きたいのだ。


「わたしも、来て貰えると助かる、かな」


 と、サナエは少し引き攣った笑顔を作った。


「っしょ、しょうがないから、少しだけ付き合ってやる。でも、少しだけだぞ。覗いたら帰ってくるんだからな」


 マルスは照れたような表情でチラチラとサナエを見ていた。そのマルスの姿にメルリは、気付かれないようにプククと笑った。




「ここよ」


 崩れている瓦礫を目の前にメルリが言った。

 それは、二週間前に森に来た時に見つけたあの魔獣の巣窟(ダンジョン)の入り口と思われるものだった。瓦礫の中に暗く深く穴が見えた。奥までは見通す事ができそうも無い。

 サナエもマルスも、その暗き穴を遠巻きに覗いて唾を飲み込んだ。


「もしかして、あの時のゲリグルはここから来たのか?」


 マルスの言うゲリグルとは、メルリとサナエを襲ったあの獣の事らしい。

 サナエは、あの時の事を思い出して身震いした。もし、同じ様な獣がこの穴の中に潜んでいるとしたら、そう考えると正直入りたくは無かった。


「可能性は十分にあるわ。スフレを追って出て来たのかも知れないと思うの」


 そう言いながらメルリは、入り口の瓦礫をどかした。


「スフレ?」


 マルスもメルリを手伝いながら聞いた。


「ネッグールって言う魔獣(モンスター)の子供よ。サナエが名付けたの」


「聞いた事ないな。でも、そうだとしたら気をつけなくちゃな。危険度が分からない」


 そう言いながらも、二人は手を止める事なく人が通れる程まで入り口を広げた。


「やっぱり、やめた方が…」


 サナエは、不安になってメルリの服を掴んだ。

 しかし、メルリとマルスは、サナエを振り返り、何で?と言う顔をした。

 森に行く事を止めようとしていたマルスまでも行く気の顔をしている事にサナエは戸惑った。二人に置いてけぼりにされた気持ちになったサナエは肩を落とした。

 二人が無茶しない様に気を付けなくてはと、サナエは自分に言い聞かせた。



 


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