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「時が動き出す。いや、動きたがっている」


 大理石の床を硬い靴底が叩く音が薄闇の中に響いていた。

 月明かりが入る広い部屋の中、全身を鎧で包んだ人物が歩いていた。その先には、豪華な装飾が施された大きな背もたれの椅子に体を崩して座る黒衣の人物が居る。

 脇に置かれた燭台の灯りに、その口元が歪むのが見えた。

 鎧は、黒衣の前に来ると、片膝をつき視線を下げた。揺れる燭台の灯りに鎧は静かに青く光った。

 黒衣の男は、肘掛けに寄りかかり右手の甲に顎を乗せたまま鎧を見ていた。見ていたが、口元よりも上はフードの陰となり窺う事はできない。しかし、その前に立てば誰しもがそのフードの奥からの視線を感じる事だろう。それどころか、発しようとする言葉の奥まで見られ、口を閉ざさるを得ず、深淵を覗かれ、覗く恐怖に震える事だろう。

 だが、鎧はただ静かにそこに居た。

 黒衣は、つまらなそうに歪んだ口元を戻した。


「器はどうだ」


 黒衣が尋ねると、鎧は少し頭を上げた。


「変わらず」


 と、鎧は兜の下でくぐもった声で答えた。


「昨年の秋に起こった魔力震。調べはついたか?」


「強い『闇』の力の発動である事は明らかだが、理由や目的は不明のまま」


「リゾン湖、湖底と推測される魔力震。器。…面白い」


 黒衣の口元が再び歪み、舌がその唇を濡らした。


「奴らの動きは?」


「目立った動きは無い。だが、レーナルス(隣りの大陸)から、メッサに向けてロンドラードの王族船が出航した。パンスティークからも船が向かっている」


「なるほど」


 黒衣は、小さく頷いた。


「よい、下がれ」


 黒衣に言われ鎧は、それ以上何も言わずに立ち上がると振り返り出口に向かった。


「おい、少し『刃』を動かせてみろ。多少の血は流して良い」


 黒衣が静かに言うと、鎧は立ち止まりしかし、何も言わないまままた歩き出した。


「だが、器は壊すなよ」


 鎧は、その言葉を背中に部屋を出て行った。


「時が動き出す。いや、動きたがっている」


 黒衣は、立ち上がり、月光の差す天窓を仰いだ。


「この動きが、この大陸に深淵という浄化をもたらす。世界は真の王を求めている。王は、再び世界を求めて居られる」


 黒衣は、静かに笑った。






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