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「本日のケーキは、木苺のカスタードタルトでございます」


 メルリとサナエとローナの三人は、メルリの私室に移動した。

 菓子作りの話をした事で、メルリが甘い物が欲しくなってしまったからだ。それにローナもサナエも賛同した。


「で、でも、わたしも同席するのは…」


 と、サナエは、使用人の立場を思い出して遠慮しようとした。


「お勉強会の時は良いのよ。ね、ローナもそう思うでしょ」


「そうよ。今は、メルリ先生の生徒なのですから、ここは先生の意向に従うべきですわ」


 と、ローナも乗り気で、サナエを席に促した。


「リリーナ。サナエの分もティーセット用意してね」


 メルリが楽しそうにリリーナにそう指示すると、リリーナも嬉しそうに笑顔で応えた。


「リリーナさん。わたしが用意します」


 サナエは、慌ててリリーナを追ったが、リリーナはサナエを止めて、サナエの服装を丁寧に整えてその手を取った。


「メルリルーク様がこんなにも楽しそうにしているのが、わたしはとても嬉しいの。だから、気にせずお二人と楽しい時間を過ごして。マルナさんには、気付かれないように上手くしておくから。ねっ」


 リリーナは、本当に幸せそうにサナエの手を包んでそう言った。

 席に着いたサナエは、ソワソワしながらもメルリとローナと一緒にお茶を飲める事が嬉しかった。

 リリーナとレリアは、手慣れた手つきで茶と切り分けたケーキをそれぞれに配膳していった。レリアが、サナエがメルリとローナと同席している事に戸惑いを見せたが、リリーナがそっとメルリの意向である事を伝えておさめた。

 サナエは、申し訳ない顔でレリアを見た。


「気にせず楽しんでね」


 と、レリアはサナエの耳元でそう囁き伝えて優しく笑った。サナエは、その優しい対応に感激して涙が出てきた。


「本日のケーキは、木苺のカスタードタルトでございます」


 レリアが恭しくそう伝えた。

 席に座る三人は、目の前に皿を置かれた瞬間から目を輝かせていた。

 タルト生地の上にふわりとカスタードが乗り、その上に赤く輝く木苺の実が所狭しと並べられており、その上からシロップとジャムがかけられている。


「とても綺麗で美味しそうですね」


 ローナは、感激して大きな目がより大きくしてそう言った。


「レリアのケーキは、この国の一番の誇りと言っても過言では無いわ」


 メルリは、鼻息を荒く胸を張って言った。

 隣でサナエも何度も頷いていた。


「わたしもとても好きです」


 興奮気味にメルリに続いてサナエも言った。

 それを聞いていたレリアは、真っ赤になって、


「メルリルーク様、それは過剰評価でございます」


 と、嬉し涙を浮かべた。

 二人に勧められて一口食べたローナは、その酸味と甘さの程よいまとまりに顔がとろける程緩ませた。


「本当に美味しいですわ。幸せが形を持って現れたみたい」


「でしょ」


 メルリは、得意満面の笑みで上機嫌で言うと、ケーキを口に運んだ。そして、体を縮こまらせてその美味しさを噛み締めた。サナエもケーキを食べてニコニコで二人と顔を合わせて頷き合った。


「では、続きを始めるわね」


 三人で茶とケーキを一頻り楽しんだ所で、メルリが切り出した。


「魔法の発動の説明を軽くしたけれど、今度は、どう発動させるかの話をするわよ」


 サナエは、今日の魔法の勉強はもう終わったものと思っていた。ローナも同じだったらしく、少し笑顔を引き攣らせた。

 メルリは、二人の表情はお構いなしに話を続けた。


「ケーキを作るにあたって、どんなケーキにするかは、素材が大事よね。どの素材を選ぶかによって、出来上がるケーキは全く違うわ。そして使い方によっても、タルトにするのかシフォンケーキにするのかまたは、焼き菓子にするのか」


「似た材料でも、分量や組み合わせ方、仕上げ方でも違いますね」


「そうよ。魔法もどのマナをどう組み合わせるのか、が結果につながるの。イメージをしっかり持つ事も大事だけど、その特性も知った上で行う事が理想的な結果につながるの」


 そう言って、メルリは、紙に『火』『水』『風』『土』と書いていった。


「『火』『水』『風』『土』。これは、基本的な属性と言われているわ」


「他には、『光』『闇』とかもありますよね」


 と、ローナが付け加えた。


「確かに、『光』と『闇』も並べて考えられているわ。でも、その二つは、前者とは全く違う物なの。それは後で説明するわ。前者の四つは、いわゆる精霊属性とも言われているわ。でも、ここで大事なのは、『火』『水』『風』『土』は、触媒として意識し易いから広まった考え方なの。お祖父様の研究書では、『熱』『水分』『気体』『魔素』と記されているわ」


「土が魔素?」


「そう、お祖父様の研究書では、人の体内の魔素は流体魔素。鉱物に含まれるマナを固体魔素と分類していたわ。魔鉱石は結晶魔素と呼んでるわ。この事から、人を含む生物に宿る魔素は大地の魔素を代々取り込んだ結果と言う仮説も成り立つらしいの」


 サナエは、目の前の茶を見ながら、熱、水分、気体、魔素。と巡らせていた。


「水分が茶葉の色と香りを出して、熱で気体になって、茶葉の香りを届けてくれる?」


「そうなの。土で育った茶葉を魔素と考えると良いわ。魔法と言うのは、このお茶の様にマナが混ざった状態を作る事なの。その事で現象を起こすの」


 メルリは、楽しそうに言った。

 サナエは、メルリが魔法がとても好きなのだとその表情に感じていた。だから、好きなものを好きになって貰いたくて饒舌になるのは当然だなと改めて思った。


「では、火を起こす為には、どうするか?」


「燃える物質に熱を加える」


 サナエは、考えながら言った。


「それと、忘れがちなのは気体。空気が無いと火が起きないの。燃える物質は、気体にもあるけど魔素を含むものは燃え易いと言われるわ。魔素と熱は相性が良いらしいわ。体の中の魔素を熱として感じるのもそのせいみたい。魔素が暴走して、人体発火して死んでしまったって話もあるの」


 ローナとサナエは、想像してしまい青くなって固まった。


「この間、サナエがゴブレットに水を生成したのを覚えている?」


「はい、あの時サナエは、魔法陣に手をかざしただけで水が出てきましたわ」


「あの魔法陣には、大気中の水分を集めてくるだけの簡単な内容を書いてあったの。だから、サナエにもできたの。勿論、魔法陣に複雑な内容が書いてあっても、ある程度の結果が出たとは思うわ。水でできた馬を走らせるとか。でも、内容を把握した上で行わないと、失敗する可能性があるの。レシピがあっても、人によってでき上がる料理にある程度の差が出るのと同じね」


「魔法も勉強や練習が欠かせないって事ですね」


 ローナは、納得した顔で自分のこれからやる事を思い描いていた。

 魔素量に恵まれていると言われてはいるが、ローナ自身は魔法に触れた事が無い。感情が昂った時に不思議な現象を引き起こしてしまった事があり、魔法には恐怖の様なものを感じていたが、こうして向き合うことができてそれが晴れるのが分かった。

 イーナスの元に嫁ぐにあたって、自分の持つ力の使い方を知る事は自信にもつながる上に、何かの力添えになれるかも知れないと考えていた。イーナスと寄り添って生きていく姿を想像して、ローナの頬が緩んだ。


「実は、特に『水』の魔法を使う際に重要なのが、『光』と『闇』なの」


 サナエは、陽光と影を思い浮かべて、水とつながらず眉間に皺を寄せた。

 メルリは、リリーナに茶のお代わりを要求した。


「『光』と『闇』って言うと、明るい暗いって思ってしまうわ。これは間違いでは無いけど少し違うの。最初はつながらない様に思うけど、これよ」


 と、スプーンの先で茶を指した。

 そして、その先で茶の真ん中を突いた。


「『光』は、波紋。力点を中心とした力の広がりの事なの。外向的な力。そして、『闇』は」


 と、スプーンで茶を混ぜた。カップの中に少しのあいだ渦ができた。


「渦。渦と言っても、奥の一点。かな?引き込む力。内向的な力。それが『闇』。『光』は、強い力を発する程加速して行くの。その一方で『闇』は、力が掛かる程遅くなる。と言うのが特性ね」


「でもそれだと、『光』は明るくて『闇』は暗いとは違うみたい」


「わたしも理屈はよく分からないのだけど、お祖父様の研究書には、それぞれは一定以上の力が掛かると、つまり、加速と凝縮をしていくと『光』は明るく『闇』は暗くなって行くと言うの。『光』は、そんな事を意識するまでも無く光るのだけど、『闇』は、中々そこまで達しないの。わたしも一度だけほんの一瞬成功した事があるわ。直後に死んでしまいそうな目に遭ったけどね。それで一週間近く寝込んだわ。そもそも『闇』的な力は、そこまでしなくても十分効果を生むから必要無いの」


 サナエは、メルリの言うそれに自分が関わっている様な気がして青ざめた。サナエを帰す為に『闇』と『光』がどうとか言っていたのが過った。ならば、サナエを呼んだ時にもメルリが『闇』の力を使ったはずである。


「例えば、水の玉を空中に作ろうとした時に、水の中心に向かって引き寄せる『闇』の力が掛かっているの。『水』の魔法を使う人は、ほとんど無意識でやっている事だけどね。知っていた方が良いわ。より圧縮された水の玉ができると威力が上がるしね。あと、水の玉を飛ばすのに、『光』の外へ向かう加速力を加えているの。『気体』を一気に弾けさせる力ね。火球の場合も似た様なものね。『光』と『闇』は、常に現象に影響を与えているから、感覚的には無意識な事が多いけど、理解していると効率的に効果を発揮する事ができるの」


 サナエもローナも、冷めた茶を見つめた。こっそり二人で目を合わせて小さく苦く笑った。


「大丈夫、そこまで分からなくても魔法は使えるはずよ。専門的な事は、その後でも構わないわ。この辺の知識は、研究者の域だからね。それぞれがどんな役割を持って世界に存在しているかを知るのが大事なの。魔法は、そこに少し手を加えて現象を起こす方法の事だから。あとは、実践ね。今度集まった時に外で練習しましょう」


 今回の魔法の勉強会は、終了した。

 サナエは、ほとんど理解できてはいなかったが、魔法の使い方はちゃんとあると言う事は分かった。不思議な力だと思っていたが、メルリの話を聞いていると、ちゃんと研究されている学問であると思えた。

 ローナとも仲良くなれた事がサナエにとってとても嬉しい事だった。

 次にまた三人で会える日を楽しみにしている自分にサナエは、楽しくて布団に入っても中々眠れなかった。




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