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「迎え撃つわ」


 西の村ネネデ村のササナと名乗った少女の話を聞く為、メルリたちはその馬車に乗り込み、シーマロドロの町に戻る事になった。


「で、具体的には、何をするの」


 メルリは、座席も無い荷台に座って揺れる景色を見ながら尋ねた。

 

「シーマロドロのすぐ近くの島に一緒に行ってもらうわ」


「島?」


「人も住んで無い小さな島よ。そこに用があるの」


 ササナは、言いながら視界が揺れるのを感じた。水で意識を取り戻したとは言え、気を失う程疲弊している事に変わりは無かった。その手綱を握る手が緩むのを見て、マルスが荷台から隣に座ると、ササナの手から手綱を取り上げた。


「後ろで休んでな」


 マルスのぶっきらぼうな行動と物言いにササナは言葉を返そうとしたが、意識がふらついて言葉が出なかった。その上、そのままもたれるようにマルスの肩に頭をつけた。体を支える力が抜けてしまったササナは、うまく起き上がれない様だった。


「ごめんな…さい…」


 マルスは、体を硬直させながらも、平静を保とうとしていた。が、その動きがぎこちなくかちこちしていた。

 サナエは、その反応に何だかムカムカして、少し腰を浮かせて、マルスの背中を拳でぐっと押した。


「な、なんだよ」


 マルスは、少し振り返りその手の主がサナエだと知ると、余計に気まずい顔をした。

 その瞬間、荷馬車の車輪が石を踏んだのか、ガタリと揺れて腰が浮いていたサナエはバランスを崩してしまった。


「きゃっ」


 と、前に体が浮いて、目の前にあったマルスの背中に抱きつく形にしがみついていた。


「っ!!」


 突然背中に押し付けられたサナエの体の柔らかさと温かさに、マルスは肺の中の息が全部吹き出すほど驚いた。


「きゃあっ」


 サナエもびっくりしてしまい、すぐにマルスの背中を離れてその勢いで手の平で思い切り叩いてしまった。


「ぐぅっ」


 マルスは、背中の感触の急激な変化に体が縮まりうめいた。


「ご、ごめんね」


 思わず叩いてしまった事にサナエは謝罪した。


 だ、だ、だ、抱きついちゃった…

 

 サナエは、事故とは言えしてしまった事に顔を真っ赤にして顔を覆った。赤面しながらも、その指の間からマルスの反応を伺った。

 マルスは、前を向いたままだったがその耳が赤くなっているのが見えて、サナエは余計に恥ずかしくなってマルスの後ろでちっちゃくなった。

 

「こっちおいで」


 馬車が止まった為、エルシエッタは、ササナを荷台の方へ肩を貸して移動させた。

 ササナの呼吸は、浅く辛そうだった。

 取り敢えず、町に入って休ませなければと、ササナを横に寝かせて馬車を進めた。

 その時だった。


 ダタタ!


 突然に馬車の荷台に三本の矢が突き刺さった。


「!!」


 矢は荷台の板を貫きはしたが誰も傷つけることはなかった。だが、往来の少ないこの街道で明らかにこの馬車を狙っている。マルスは、馬車を引く二頭の馬に鞭を入れた。


「はっ」


 町に入れば振り切れるかも知れない。


「マルス!湖岸側に行って!」


 メルリは、マルスの判断とは別の指示を出した。

 

「街中の方がいい!」


 マルスは、相手が物取りだろうと判断していた。こちらが女性が多い事で奪い易いと考えているはずだ。

 だが、メルリは違った。物取りならば、女と子どもなど行手を塞いで脅せば良いのだ。これは明らかに別の目的があると。


 それが何かは分からない。もしかして、この女の子?ミーニアとドレスト?それともわたしたち?


 可能性的には、後者二つが有力だが、女の子のしようとしている事が絡んでいるかも知れないとメルリは考えた。どちらにせよ、メルリには逃げの一手は無かった。


「迎え撃つわ」


 マルスは、血の気の多い王女の言葉にため息をついた。


「で、でも、どこにいるか見えないわ」


 サナエは荷台で体を低くしながら少しだけ顔を上げて見回したが、矢を放った人物は見当たらない。


「こっちにはよく聞く鼻があるわ。エルシエッタ!」


「ロング!」


 エルシエッタは、頷くと馬車と並走しているロングに指示を出した。ロングは、すぐに馬車から離れて駆けた。


「町よりも開けた場所の方がいいわ」


 相手がこちらを警戒して距離を取りたいのならば、その方が戦い易いとマルスも納得した。射程から出るか相手と離れればその分狙いづらくなる。

 マルスは、手綱で捌いて街道を外れた。道など無いが草はそれ程長く無く、地面もゆるく無い。ただ、石畳以上の揺れと操作しにくさがある。だが、上品な馬車では無く、農地から作物を運ぶために使っている馬車だ。その頑丈さをマルスは信じた。

 

「ぐあぁっ」


 街道の脇に植えられている木の影から男のうめき声が聞こえてきた。

 ロングが襲いかかって押し倒した様だったが、その姿はサナエには、よく見えなかった。


「見えにくい布を被ってる」


 遠ざかりながらも、エルシエッタの目にロングの倒した相手が灰色のローブを着ているのが見えていた。


「見覚えがある」


 エルシエッタは、メッサの街道沿いで同じ姿の者たちを見ていた。

 

「エルシエッタ、殺させないで。目的を知りたいわ」


 エルシエッタの言葉を激しい振動の中で聞き取ったメルリは、嫌な予感に毛が逆立った。

 マルスとエルシエッタが対峙した者たちと同じ組織だとしたら話が変わる。メッサの王女リーシアと従者を襲った集団の目的も正体も未だ分かっていない。あの不可解なメッサ襲撃事件との繋がりもあるかも知れない。捕らえれば手掛かりとなるだろう。

 

 でも、同じ組織の手の者だとしたら、一体何が目的なの?

 リーシア王女とここにいる人との共通点…いや、まさか…


 咄嗟の思考に浮かび上がった言葉をメルリは否定した。


 そうじゃない。その先にある何かだ。


 メルリは、揺れる馬車から振り落とされない様にしがみついて耐えながらそれを考えた。

 

 ドウッ!!…ズガガッ!!


 突然メルリたちの乗る荷台が跳ね上がり、浮き上がった勢いでバランスを崩して、横倒しに倒れた。その所為で荷台を引く二頭の馬も一緒に倒れてしまった。馬の駆ける速度と傾斜した地面で加速した所へ、草で見えない岩に片側の車輪がぶつかって飛び上がってしまったのだ。

 その衝撃で皆荷台から放り出されて、草の上に転がった。幸い大きな石はなく、草で皮膚を擦った程度でそれぞれ怪我は無い様だった。


「ててて…」


 メルリは、腕に滲んだ血と付いた草の緑を見ながら顔を歪めた。


「何やってんのよ!」


 メルリは、放り出されて草の上に突っ伏しているマルスの背中に文句を言った。


「来る」


 上手く受け身を取って既に体勢を整えていたエルシエッタが緊迫した声を出した。その手には大振りなナイフが握られている。

 ミーニアは、ドレストの様子を見ながら、ササナを庇う様にした。


 ザザザザザ…


 草を何かが走る音が微かに聞こえるが、サナエにはその姿を捉える事ができなかった。それでも立ち上がり、サナエは、剣を抜いた。


「サナエ!」


 エルシエッタがサナエを押すようにして退けながら、ナイフを出した。


 ギィンッ!


 サナエの頭があった位置で、エルシエッタのナイフが火の粉を上げた。

 サナエの後頭部を死角から狙って振り下ろされた半月鎌をエルシエッタがナイフで受け止めていた。

 その半月鎌は、エルシエッタのナイフを滑る様にサナエを狙った。


「くっ」


 その動きに気付いたエルシエッタは、手首を返して灰色の影にナイフを振り下ろしたが、そのローブを切り裂いただけだった。

 灰色の影の持つ半月鎌が体勢を崩しているサナエを襲い、その首に刃を向けた。

 だが、その刃は僅かにサナエの柔らかな髪を切っただけだった。突然吹き荒れた風が灰色の影を吹き飛ばしたのだ。高く飛ばされて腰から落ちた灰色の影の目の前に、白に僅かにエメラルドグリーンの毛の混じった小さな綿毛が立ちはだかっていた。

 スフレは、毛を逆立てて怒っていた。

 

土の盾(ドロスフシナーレ)


 メルリが咄嗟に魔法を使った。

 エルシエッタの背後に土の塊ができ、彼女の背後から襲って来た別の灰色の影の半月鎌を弾いた。


「くがぁ!」


 魔法で攻撃を防がれた灰色の影の武器を持つ腕をロングに噛み砕かれて倒れた。ロングは、そのまま首の力で噛み付いた灰色の影を放り投げた。

 一方、風で吹き飛ばされた方は立ち上がった所をスフレの魔法の無数の風の刃で切り裂かれ、立ち上がれなくなった。

 少し離れた草むらの中では、ランティの水の魔法で呼吸を奪われて気を失って倒れている者がいた。

 マルスは、その魔獣(モンスター)たちの活躍を見回して、自分の出番が無かった事を悟って頬を指でかいた。

 

「この人たちを拘束するわ」


 そう言ってメルリは、荷台にあったロープを手にしたが、灰色の影の四人は、縛るまでも無く死んでいた。それぞれの受けた傷が致命傷になったのでは無く、何らかの薬物を飲んだのか、全員が口から血を吐いて死んでいた。


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