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「だったら、わたしを手伝って!」


 シーマロドロで馬車を探していたメルリたちだったが、馬車を所有する者は見つからなかった。この町に立ち寄る商人の乗る馬車は所々に見当たるが、商人の馬車では、メルリたちの事が情報として広がる可能性が高く発見されるリスクが高まる事が予想された。できる事なら素性がバレにくい貸馬車が有ればと思ったが、この町の人は基本的に船で移動するので無い様だった。

 途方に暮れていると、ここまで船で連れて来てくれたマバハと言う漁師の友人と名乗る漁師が、この町の西にある村に馬車があるはずだと教えてくれた。なんでも、湿地で育つ芋の畑を多く持つ村で、この港に何台もの馬車の荷台に乗せて運び込み、ナッサヘルクの市場に運んでいると言う。今は収穫の時期では無いから、貸してくれる可能性があるだろうと教えてくれた。

 その村は、シーマロドロから歩いて半日の場所に有り、今から行けば夜には着く筈だと漁師は言った。


「少し遠回りだけど、立ち止まっているよりは良いわね」


 確実では無い情報ではあったが、一行はそれに希望を託す事にした。

 港町への捜索の手はすぐに伸びてくる事だろうから、離れた方が賢明だと判断した結果でもあった。

 メルリたちは、街道に出る為に北側の湖岸沿いに西へと進んで行った。シーマロドロの町があるのは、リゾン湖の西の中程で突き出た様にある大きな岬である。岬と言っても、町が一つ入るほどの大きさがあり、横断するだけでも五グヘン(約5キロメートル)はある。

 湖岸沿いに進んでいくとしばらくして、街道が目に入った。この街道に従いしばらく進んだ先に、教えて貰った村に続く道に入ることのできる別れ道がある様だ。

 街道をさらに進んでから休憩をしていると、こちらに向かって来る馬車が見えた。


「馬車だわ」


 通常の馬車の速度よりもスピードを出しているのが、後ろの荷台が石畳のギャップに跳ね上がっている様子から遠目でも分かった。

 最初は、メルリも何気なくそれを見ていたのだが、近付いて来るその勢いが暴走している様にも見て取れて、こちらに突っ込んできそうなその勢いに身構えて様子を伺った。

 メルリたちは、街道の端に居るのであちらがこちらに気付いてさえいれば避けるのは容易いはずだった。しかし、御している誰かが、何らかのトラブルによって不本意にスピードを出しているのだとしたら、動きの予測がつきずらい。ここは、大きく避けてやり過ごすべきだろう。


「様子がおかしいよ」


 サナエは、迫り来る馬車の御者台が目に入りそう口にした。

 今まさに目の前に来ようとしているその馬車の御者台に座っているはずのその人は、手綱を掴んでは居なかった。それどころか、御者台に横たわっていた。馬もパニックを起こしているのか口元には唾液が泡の様になって吹き出ていた。


「止めなきゃ」


 サナエは、事態を深刻だと判断して、意識を集中した。


「風よ集まって、馬車を止めて」


 サナエは、風で押し戻す様に馬車の速度を落とすイメージを頭に描いて願った。

 馬車の正面から風が吹き押し戻そうと風が集中していったが、馬の脚が鈍りはしたがその勢いは止まらなかった。馬や人を傷付けまいと思うサナエの気持ちが、風の勢いを鈍らせたのだった。

 ドドドドと蹄と荷台の車輪が石畳を叩く轟音と共に馬車がメルリたちの横を通り抜けた。


彼の者を受け止めよ(ネスレヲシティフ)十の水(バトゥフウォナル)の緞帳(フドレーエル)

 

 メルリは、サナエに少し遅れて詠唱をしていた。

 馬車の目の前に幾つもの青く光魔法陣が発現し、それを通過する直前にそこに水の厚い膜が顕現した。馬車はその水のクッションに突っ込む形となり、幾つかのその衝撃と抵抗によって馬は冷静さを取り戻し、速度が落ち止まった。

 馬も馬車も乗っていた人も水に濡れてびちゃびちゃになっている。しかし、この先で待っていたカーブに差し掛かる前に止まる事ができ、事故は免れた。

 すかさずにマルスが馬車に飛び乗り、手綱を取り馬をなだめた。

 メルリの水が気付けになったのか、御者台の人物もゆっくりと起き上がった。


「あ、あれ?」


 自分の状況に理解が届かず、きょときょとと辺りを見回したり、自分の濡れた服を触っていた。


「馬車が暴走していたのよ。貴女は気を失っていたし、強引に魔法で止めさせてもらったわ」


 馬車の脇に行ったメルリが少し見上げる形で御者台の人物に向かって言った。

 御者台に乗っていたのは、十代前半に見える女性だった。丸顔で目が細く、水に濡れた髪は濃い茶色で耳が出る程短くカットされている。肌の色は、白人系だが健康的に日に焼けている。

 

「何日も寝てなくて、それから慌てて馬車に乗ったから、気を失ってしまったのね」


 少女は、思い出す様にぶつぶつと口にして自分の状況を確認してしていた。


「急いでいたのかも知れないけど、気を付けなさいね」


 メルリは、少女に肩をすぼめながら言うと、サナエたちの方へ戻って行った。

 

「ま、魔法ですか…」


 サナエたちの横でドレストとミーニアは、驚いて目を丸くしていた。

 サナエの風の残りでメルリの水が飛んで来たのか、ドレストは眼鏡を外して拭きながら起こった現象に戸惑っていた。


「少し使えまして…」


 サナエは、しまったと思いながら、上手い言い逃れも思いつかなかった。魔法の事がバレてしまうと、自分たちの素性も気が付かれてしまうかも知れない事を考えずに思わず使ってしまった。エルシエッタもメルリの事を偽名では無く、そのまま愛称で呼んでしまっているし、気付かれただろうと二人の事を見る事ができなかった。


「凄い、ですね」


 ミーニアは、サナエの思っていた反応とは違って、感心した様に手の平を胸の前で合わせて目を輝かせた。


「初めて見ました」


「あは、はは」


 サナエは、余計に言葉が出てこなかった。メイドの先輩であるリリーナの様におっとりとしていて、純真なその表情に何だか申し訳なかった。


「いや、これは凄い」


 それは、ドレストも同じ様だった。植物の研究をしているとサナエは聞いていたから、観察力や洞察力が鋭いのかと少し警戒していたのだが、好奇心旺盛で純粋な人柄なのだとサナエは印象を改めた。


「この辺りに住んでるとたまに使える人も居るのよ」


 二人が魔法を見て感激しているのを見て、メルリはしれっとそう言った。

 

「そうなのですか」


「本人も気が付いて無い事があるの」


 ドレストは、質問したそうな顔だったがメルリは視線をそらして質問は受け付けないと態度で示した。


「ねぇ、貴女、西の村から来たの?」


 メルリは、思い出した様に少女に振り返って尋ねた。


「えぇ。西のネネデ村から来たの」


「そこで、馬車は借りられるかしら」


 ここで聞いておけば、無駄足にならずに済むと考えての質問だった。


「貴女、魔法が使えるのね!そう言ったよね」


 少女は、質問に答えずに馬車を降りて、そう尋ねてきた。


「ええ。使えるわ」


 メルリは、少し戸惑いながら答えた。


「だったら、わたしを手伝って!そしたら、馬車でもなんでも貸してあげるわ」


 少女は、メルリの手を取ってメルリの至極色の目を見つめた。その目は、羨望では無く懇願の色に近かった。

 

「分かった。約束よ」


 メルリは、その少女の目に興味を持った。馬車が必要という事情もあったが、その先に待ち受けるものが何か知りたかった。


「わたしは、ササナ。ネネデ村の村長の娘よ」


「わたしはメリッサよ」


 メルリは念の為、ここでも偽名を名乗った。




 シーマロドロの街の前の馬車の中で、仮面の男は黒く光る手鏡の様な物を見ていた。鏡面は無く、紫黒色である。その表面の一部に淡く緑と水色に光の点を浮かび上がっていた。

 それは、魔具で魔法の発動や濃い魔素を感知する事ができる魔座の黒鏡と呼ばれる物だった。

 仮面の男は、その青い点を見て口元を歪めた。魔素は、はっきりと特定はできないが、魔法や魔術が発動した痕跡はその黒面に浮かび上がらせる事ができるのだ。つまり、その浮かび上がった点は、サナエと、メルリの魔法の発動に反応していた。


「そう、そこにいるのね」


 仮面の男は、くくくと首元を引き攣らせる様に笑った。

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