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「大きさなんて、ただの個性よ」


「魚臭〜い」


 船を降りたその開放感にメルリは、両手を広げて体を伸ばした。


 旅客船や馬車を使う事で、捜索隊に見つかる危険が増す事を避け、移動速度も遅くては追いつかれてしまうと考えた。そこで、湖岸に居た漁師に対岸まで荷物と一緒に運んでもらえないかと頼み込んで何とか乗せてもらう事ができた。もちろん嫌な顔はされたが、ミーニアが金額の交渉をするとすぐに了承を得る事ができた。その提示した金額が大きかったのだろう。サナエが幾らか出そうと金額を尋ねたが、旅客船の特等室よりは安いから気にしないで欲しいと断られた。サナエは知らなかったが、特等室と言えば、この辺りの漁師の数ヶ月分の収入位の金額はするだろう。

 一行は、漁船に乗り込み魚の生臭い匂いの染み付いた床板に布を敷き、なるべく小さくなって身を隠しながらノレマトを出港した。

 日差し避けの幌の付いている中型の漁船で、ノレマトの漁師の中でも大きな船ではあったが、シーマロドロに運ぶ干した魚もあり、六人と一頭を隠し切る事は難しく、マルスはボロを頭に巻いて船長の助手として表で手伝っていた。

 途中、警戒中の軍船に出くわしたが、漁船の船長のマバハが顔を知られている漁師らしく、挨拶を交わしただけで怪しまれる事もなかった。

 こうして一行は、漁船に身を隠し一日掛けて、対岸の港町シーマロドロへと辿り着いたのだった。

 シーマロドロの湖岸で、サナエもまた伸びをした。籠った環境でしかも船に染み付いた匂いと干物の匂いに包まれて居た為、体も痛いが肺が爽やかな空気を欲した。

 そうして眺めた町は、ノレマトとはかなり雰囲気が違っていた。

 土壁の家々が立ち並び、緑も多く町全体が緑色と茶色で構成されていた。そこに居る人たちも、色味の少ない服を着ていて、色合いも雰囲気も統一感を感じた。ノレマトの様に色んな人種や職種が入り混じっていない事がその要因だろう。それに付け加えるのなら、朝の時間帯で活動しているのがほとんど漁師で男性ばかりである。この町に居るのはほとんどが漁師か農家をしている。商人はほとんどいない。

 船長のマバハは、知り合いに干物を渡すと直ぐに戻ると言うので一行は、礼を言って見送った。 

 

「さて、馬車を探すわよ」


 船が小さくなるのを見ながらメルリはみんなに言った。


「少し、休憩しませんか?ドレスト様が体調を崩されてますのでどこかで横になっていただきたいのですが」


 普段から顔色の優れないドレストが、ぐったりとしていた。慣れない匂いと狭い環境に調子を崩した上に船酔いをしていた。船旅をして来たとは言え、不調により体が対応しきれなかった様だ。ここに来るまでにも船から顔を出して吐いていた。

 メルリは、その様子に目的地が一緒では無いし、二人はここで置いて行っても問題は無いと思った。が、ミーニアをこの男と二人だけにするのは、負担が大き過ぎると心配し、それを口にはしなかった。


「しょうがないわね。少し休める場所を探しましょう。確かに、体のあちこちが痛いし臭うから体を洗いたいわ」


 先を急ぎたいメルリだったが、サナエが疲れた顔をしているのが見えて、休憩する事に同意した。

 城を出てから三日目ではあるが、疲れが出て来ていた。城を抜け出して来た後ろめたさが、サナエを精神的にも疲労させていた。

 マルスが休憩できる場所を探している間、エルシエッタとロングは、水辺で遊んでいた。それをサナエは、近くの倒木に腰を下ろしてスフレを膝に乗せて眺めていた。

 エルシエッタは、はしゃぐロングにのし掛かられる様に水の中に押し倒されて、全身ずぶ濡れになりながら、仕返しとばかりに、ロングの首にしがみついて水に押し込んだ。

 彼女たちの関係を知らずに見た人はきっと、少女が狼に襲われている様にしか見えないかも知れない。実際、何人かの漁師が遠巻きに見て、立ち止まっていた。しかし、エルシエッタが楽しそうに笑っている声が聞こえると自分の作業に戻っていった。

 この村の人たちは、余所者との無用な接触は好まない性質なのだろう。

 マルスが掛け合って食事と水浴びができる場所を見つけて来た頃には、サナエも待ちくたびれてウトウトしていた。

 ドレストは、木陰で完全に眠って居た。

 ぼーっとしながらも、元気なエルシエッタに手を引かれ、町の西側の川に連れて行かれた。

 川の脇には高い囲いがあり、周りから見えない様になっていた。女性四人で中に入ると、その囲いの中には、湧水が有りそれを岩などで囲い水が溜まるようにしてあった。四、五人入れる広さが有り、真ん中辺りは腰までの深さがありそうだった。

 そこは、町の人たちが共同で使っている水浴び場だった。この町の周辺では、幾つか湧水の湧く場所が有り、用途によって場所を決めているようだ。

 エルシエッタは、頭が回っていないサナエを手際良く脱がせて、水の中に放り込んだ。


「きゃあっ!」


 その湧水のあまりの冷たさにサナエは声を上げた。エルシエッタに勢いよく押された為、勢いが止まらずに頭まで水に浸かってしまった。

 その湧水の冷たさが一気にサナエの意識を覚醒させた。


「何すんのよー!」


 自分がエルシエッタに押された事、無様に水に放り込まれた事に恥ずかしくなり抗議したが、裸になっていた事に気が付き、両手で胸元を隠して冷たい水の中に隠れた。


「サナエは、成長してるなー」


 エルシエッタは、ニコニコと恥ずかしがって居るサナエに近付いて行った。

 エルシエッタは、その小ぶりな形の良い胸を隠そうともせずに居た。


「大きさなんて、ただの個性よ」


 タオルを体に巻いたメルリが大人しく足を水に入れた。その想像以上の冷たさに肩が縮こまった。


「メルリは、あまり変わって無いか」


「そんな事無いわよ!わたしだって…」


 尻つぼみにそう言いながらもメルリは、ゆっくりとしゃがんでエルシエッタに背中を向けた。


「ふへっへっ」


 嫌な笑いを浮かべながら、エルシエッタは、メルリの背中から抱きついた。


「や、やめなさいよ!」


 さすがのメルリも涙目になりながらそれに抵抗した。


「皆さん、仲が良いのですね」


 そこへ、おっとりとした様子でミーニアが入った来た。


「おおー」


 エルシエッタが思わずメルリを襲う手を止めてその姿に見惚れた。

 タオルで覆ってはいるが、その体のラインはメリハリがあり、滑らかな線を描いていた。

 隠している事が余計に大人の色気を感じるその姿に、三人は黙ってしまった。


「水、結構冷たいですね」


「ミーニアは、ドレストの事がやっぱり好きなの?」


 エルシエッタは、興味深い目で尋ねた。

 サナエは、恋愛話に興味は有るが口に出すのも恥ずかしく、聞けずにいた為、エルシエッタのその質問は好機だった。


「ずっとお側にお支えしたいと思っております。私の感情は関係のない事です」


 そう言うミーニアの目は、切なく寂しそうだった。


「そんなの、おかしいわ」


 メルリは、不満そうに腕を組んだ。


「私とドミ…ドレスト様は、主人と使用人。それ以上でも、それ以下でもありません。あってはならないのです」


「でも、逃げ出す時、ドレストさんは、一人では無くミーニアさんと逃げる事を選んだんですよね。それって、ドレストさんは、お見合い相手よりミーニアさんを選んだって事ですよね」


 サナエもミーニアが自分の気持ちを押し殺しているように見えて納得がいかなかった。


「ドレスト様は、お一人では不安だっただけだと思います。私なんかが…」


「でも、逃げ出す時に手を取って貰って嬉しかったでしょ」


 湧水の淵に腰掛けながらエルシエッタは、ニコリと笑いかけた。


「…はい…」


 ミーニアは、観念したように頬を染めて頷いた。


「いい!あの頼りない男は、逃げ出したのよ!全てを失うかも知れない状況で、貴女の手を取って!その時点で、あの男は、ただの男なの。身分も立ち位置も無くなった情け無いだけの男なの!身分だなんだって言ってもしょうがない状況なんだから、後はミーニア貴女の気持ちなんじゃないの?今後、連れ戻されるか、逃げ切って二人で暮らすかどうなるか分からないけど、今は素直になってあげた方が、あの男の絞り出した勇気に応える事じゃなくて?それが出来ないのなら、さっさと連れ帰った方が二人の為だわ」


 メルリは、フンッと鼻息荒く言い切ると、冷たい水を掬って顔を洗った。

 メルリの言葉を聞いたミーニアは、考え込むように波紋の立つ水面を見ていた。

 それを見てメルリは、掬った水をミーニアのその顔に掛けた。ミーニアは、突然の冷たい水にビックリして目を丸くした。そこに、エルシエッタが腕一杯に使って、さらにミーニアに水を浴びせた。


「ちょっと、わたしにも掛かるじゃない!」


 メルリは、文句を言いながらも笑いながらエルシエッタに応戦した。その掛け合いが激しくミーニアを巻き込んだ。


「よーし!」


 サナエは、その輪に加わろうと自分が身体にタオルを巻いていないことも忘れて立ち上がって、三人に水を掛けた。

 

「ちょっと息がしづらい!」


 二人の間にいたメルリは、二人から掛けられて怯んだ。


「サナエ!」


 エルシエッタがサナエに飛びかかり、抱きついてその胸を揉んだ。


「ちょっと!それはだめー!」


 サナエは、顔を真っ赤にして目に涙を浮かべて、逃げようとしたが、エルシエッタの力が強く振り解けなかった。

 ミーニアは、クスクスと笑いながらそれを見ていた。

 その顔に、メルリが指先で飛ばした水を掛けて、ニッと笑った。


「難しく考えてもつまらないわ。思った通りに生きるのも時には必要よ」


 ミーニアは、微笑んで小さく頷いた。

 


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