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「時間が惜しい」


「では、行ってまいります。必ずメルリルーク様を連れ戻してまいります」


 既に日はだいぶ傾き、空は赤みを帯びていた。その中イクノは、ラナックにそう告げると馬に跨がり、シャルロとともにナッサヘルクの城門をくぐった。


 サナエとマルスは、いっぱい説教されるだろうな。


 その背中をラナックは、心配そうにその背中を見送った。

 メッサでの戦いでラナックは、腹に大きな傷と手足に火傷を負ったが、奇跡的に一命を取り留めていた。そのダメージは大きく、数ヶ月の療養期間を過ごし冬にようやく出歩ける様になった。今は、若手指導という名のリハビリをしながら失った筋力と体力を取り戻しつつあったが、元通りの身体のキレは程遠いと本人は自覚していた。

 メルリたちの捜索にラナック自身も出たかったのだが、騎士団長のグレッグに止められ断念した。

 メルリの捜索には、少人数であたる事になった。人数が多ければ発見はしやすいだろうが、メルリがパンスティークに向かっているとしたらパンスティーク側に緊張を与えかねないと考えた。メルリがパンスティークに向かっている可能性があると言う憶測に基づく捜索である為、無用な軋轢は避けなければならない。

 幼い頃からメルリを知っているラナックは、その行動パターンを理解している為、捜索に向かいたかったがそれは叶わず、代わりにイクノを指名した。

 シャルロは、剣の弟子であり妹になったサナエが側付きとして、メルリの行動を止められなかった事に姉として責任を感じていた。その上、騎士見習いのマルスも同行している可能性が高い。近衛騎士団の責任を問われかねない事態だという事を彼に自覚させなければならないとシャルロは怒っていた。

 一方、ラッドレイスの第四王子のドミークの捜索も始まっていた。そちらには、ナッサヘルクの第一王子のカジェスと第三王子のイーナスがラッドレイス側の捜索隊のお目付役として同行していた。

 それとは別にマッコスとトクナも数人を引き連れて、東側のヘカテローク街道沿いやリゾン湖周辺の捜索にあたっていた。この二つの隊は、メルリの捜索も兼ねている。

 メルリがパンスティークに向かったとすれば、東周りの山岳地帯を進む方法とリゾン湖から南の川を進み海に出てから東に回る方法とがある。時間と危険性を考慮すれば明らかに水上を進む方が合理的である。

 ほとんどの人間は、南の航路を選ぶだろうが、メルリの冒険好きが東を選ぶか、知識から合理的に南を選ぶかラナックでも判断がしきれなかった。


 イクノとシャルロは、メルリが選ぶなら航路だと判断した。目的が友人に会いに行く事と、見合いからの逃亡である事から、冒険よりも速度を求めると判断したのだ。旅なれた冒険者でも苦労する山岳地帯は流石に選ばないと考えた。そちらは、マッコスかトクナが行く事になっているので任せる事にした。

 二人は、アーナス街道を馬で直走り、ノレマト港に深夜に到着した。二人は、ノレマトにあるナッサヘルク軍の施設に向かった。馬の休憩と情報収集の為でもあった。

 この町の様に他国との交流が多く、物や人が常に動いている場所には、こうして軍から派遣された者たちがいる。こうした場所では犯罪やトラブルが多く、監視する必要がある。リゾン湖周辺の港町は、水軍がそれを担当している。

 ナッサヘルク周辺の水域程ではないが、航行する船の監視が主な仕事である。

 現在所長を務めているアレギスは、二人の到着を聞き、ベッドから飛び起きて対応した。

 二人は若い女性ではあるが、一方は近衛騎士団副団長を任される程の実力と家柄である。役職付きの男性は、若い女性と言うだけで軽視する者もいるが彼は違っていた。四十過ぎたばかりの彼だが、相手を正確に評価し取るべき態度をわきまえていた。

 とは言え、事前の連絡も無くこの様な深夜に訪れる事は、あまりに非常識ではある。その辺りは、シャルロもイクノも対応してくれた人たちにそれぞれ詫びた。

 アレギスは、すぐに軽食の準備と休む部屋の確保を指示して、ほとんど待たせる事なく対応し、二人を驚かせた。


「こんな時間に申し訳ない」


 シャルロも対応の速さに驚き、アレギスに謝罪と礼を伝えると、今回の要件を伝えた。

 メルリの事は、本来伏せておきたかったが、アレギスの対応に感心して、信頼の置ける人物と評価して少し触れて話した。


「つまり、メルリルーク王女が、行き先を告げずにお出かけになられてしまったのですね。お二人はそれを追って来られたと」


 アレギスもメルリの噂は聞いている。彼自身は口に出した事はないが、周りの人々から自由奔放な我儘王女だと。魔素に恵まれ、魔女とも噂されている。ナッサヘルク国内にも、魔法に関して快く思っていない人たちは存在している。多くの人は、王族の力として尊敬の目で見ているが、必ずしもそれだけではないのだ。特に他国の人間の出入りするこの様な場所では、その声は大きめに聞こえて来る。


「遠くに行かれる可能性を考えると、港を抑えるべきだと考えてここに立ち寄りました」


「分かりました。すぐに今後出港する船の監視を強化する様に伝えます」


 アレギスは、質問もする事もなくそう申し出た。


「助かる。王女たちの事はなるべく外部に漏れぬ様に配慮していただきたい」


「かしこまりました。リナース!」


 アレギスは、立ち上がると、部屋の外に待機させていた部下を呼び入れた。

 部屋に入ってきた部下のリナースは、緊張した面持ちで直立し、アレギスの言葉を待っていた。


「お二人は、人を探しておられる。それは若い女性だ。今より後、出港する船に女性が乗っていた場合、その特徴と年齢を報告する事。その船がどこへ向かった船なのかもだ。一船たりとも漏れのない様に。以上」


「はっ」


 指示を受け取ったリナースは、引き締まった顔で部屋を出て行った。


「では、メルリルーク王女の詳しい特徴をお聞かせいただけますか。恥ずかしながら、遠目からしかお目にかかった事がありませんのです」


 アレギスは、席に戻ると恥じた様子で二人にそう言った。

 メルリ自身も儀式的な場は苦手で、人前に長く顔を出す事は無かった。十五才を迎え、正式に王族としてのお披露目をするまでは、民衆の前に立つ機会は少ないのだ。

 シャルロは、メルリの特徴を淡々と伝えると、席から立ち上がった。


「その特徴に該当する人物がいたら、足止めし近衛騎士団のラナック殿に報告して確認してもらってくれ。私たちは、先に向かう」


「もう発たれるのですか?」


「時間が惜しい」


「でしたら、夜明けとともにリジルまで船を出させます。先回りになりますでしょうし、そこで船は必ず停泊して検問を受ける事になっておりますので、捜索し易いはずです」


 シャルロは、少し考えてから、「なるほど」と、頷いた。

 イクノは、すぐに出発しようとしたシャルロに驚いたが、アレギスの提案に何度も頷いて見せた。船なら一日掛からないだろうが、このまま馬で走り出したら、リジルに着くまでに二日は走りっぱなしになる。


「分かった。そうさせて貰おう」


 シャルロは、アレギスの提案に納得して受け入れた。


「では、すぐに準備をさせますので、用意したお部屋で整うまでお休みください」


 二人の体調も心配していたアレギスは、ホッとした表情で二人を部屋まで案内した。少し休んで欲しいが、あまりに遅いと、シャルロは馬に跨って走り出してしまうかもしれない。なるべく早く船の手配をしなければならないと、アレギスは、考えていた。

 部屋で二人は、シャルロの提案で交代で仮眠を取る事にした。二人とも寝てしまっては、あのアレギスと言う男は、気を遣ってしばらく起こさないかもしれないとシャルロが懸念したのだ。

 何とか説得して先に仮眠を取って貰ったシャルロの横で、早くメルリが見つかってくれないと身体が持ちそうにないと、イクノはシャルロを起こさない様にため息をついた。






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