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「お腹いっぱいで動けない」


 ノレマト港。ナッサヘルクの南、リゾン湖沿いのアーナス街道を徒歩で一日、馬車で半日の比較的近い距離にある湖港。リゾン湖周辺の六つの湖港のひとつで、最もナッサヘルクに近い場所である。ナッサヘルク周辺は、航路の規制が激しく、厳しい審査の上で許可された船だけが通る事を許される為、観光や庶民向けの物流は、六つの湖港やリゾン湖の北のレイナ川河口の港、ヘマテ港に集まる。特に王都に近いヘマテとノレマトは、多くの人や物が集まって来る場所である。その為、王都と比べればそれ程ではないとは言え、ノレマトの町は、大きな町に発展していた。

 物の動きも激しく、様々な国から来ている為、人種も多様である。商売は共通語で行われるが、仲間内ではそれぞれの国や地方の言葉で話す為、町の喧騒は不思議な厚みを感じる。繁華街の酒場やレストランは、尚更それが色濃い。

 この町では、少しくらい目立つ人物でも、埋もれてしまう色彩の強さがあった。

 

「すっかり暗くなったわ。こんな時間に宿あるかしら」


 メルリ一行が町の入り口に着いた頃には、既に日は沈んでいた。それでも、メインの通りは灯がともり、人通りも多い。


「私が探して来ますね」


 と、ミーニアが申し出た。


「マルス、護衛お願い」


 メルリは、マルスを振り向いた。


「え、俺?」


「だって、ドレスト疲れ切って動けそうに無いし。ま、それでなくても頼りなさそうだけど」


 ドレストは、途中で拾った木の枝を杖代わりに何とか立っていた。だが、呼吸は荒く、顔も上げられないほどグロッキーになっていた。

 マルスは、見回す様に一同を見てから小さく頷いた。


「ま、大丈夫か」


「わたしたちは、その辺で食事をするわ」


 二人が宿を探しに行くと、残った四人は大通りを曲がり、レストランが立ち並ぶ通りに入って行った。

 商業の拠点の一つである事は、このノレマトの街に立ち並ぶ酒場やレストランの様子を見ても分かる様だった。

 同じ港町ではあるが、西のシェッツヌとは少し雰囲気が違う様に思えた。それが、海の男たちと湖や川を行く男たちの違いなのだろうかと、サナエは不思議に感じた。同じ様に見かける男性は屈強な体付きをしているが、このノレマトで見かける人の方が穏やかな顔つきに見えた。

 このノレマトの町は、湖で獲れる淡水魚の料理が多いが、東側に酪農をしている地域も有り、食事の種類は豊富だった。

 

「ううーん!良い匂いするぅ!」


 エルシエッタが顔を緩めてキョロキョロと辺りを見回した。その目がキラキラと輝いている。

 

「エルシィが食べたいところで良いわよ」


 メルリが言うと、エルシエッタは、「あそこと、あそことあそこ!」と、複数指さした。


「さすがにはしごはできないから、エルシィの選んだお店で、一番安そうな所にしよう」


 サナエは、メルリから預かっているお金を気にしていた。結構な額はあるが、今後どれだけ必要になるか全く分からないため、出費は抑えておきたいと考えていた。


「えぇ?良いじゃない!美味しそうな所片っ端から行きましょ」


 と、メルリとエルシエッタは、不満そうな顔をした。


「メルリは、どうせすぐお腹いっぱいになるでしょ。だから、一軒で大丈夫よ。エルシィの良く聞く鼻で選んだお店なら美味しいだろうし。ねっ」


 サナエは、二人をなだめて、エルシエッタが指さした街の中程にある食堂に入った。

 店の中は、客が多くそれぞれが話す声で賑やかだった。

 四人は、丁度客が帰ったテーブル席に案内されて座る事ができた。

 注文を取りに来たドンボルド人の男性のウェイターは、三人の少女と灰の様に疲れている男性の四人組に少し違和感を表情に見せたが、店内が忙しく手早く注文を取って戻って行った。


「ミーニアたちは、宿が見つかったかしら?」


 別行動を始めてそれ程経ってはいないが、メルリは、二人の心配をした。


「大丈夫でしょ。ミーニアさんしっかりしてそうだし、マルスもいるし」


 サナエは、色々と押し付けられているマルスに少し同情していた。

 ドレストは、疲れて淀んだ顔で、持ってきて貰った水をちびちびと飲んでいる。それで少しだけ落ち着いた様に見えた。しかし、三人の少女と食事の席を同じくしている事に落ち着かない上、周りの目を気にしている様だった。


「サナエは、マルスを信頼しているんだね」


 エルシエッタがニンマリとサナエを見た。サナエはその目に何かを期待している様な輝きを感じた。


「ま、まあ、文句言うわりにちゃんとやってくれてるし…でも、別に、マルスだからって、そういうのとは…」


 サナエは、どう答えて良いものか上手く言えなかった。


「まあ、良い奴だけど、態度は悪いわ」


 メルリは、顔をほのかに赤らめるサナエに面白く無さそうに頬杖を突いた。

 食事がテーブルに並べられると、サナエは、それをそれぞれの皿に取り分けていった。

 注文したのは、サラステという淡白な川魚の煮込み料理と、羊肉の薄切り肉の炒め物、ベッジュという小魚の姿あげの柑橘づけ、根菜サラダ、ボッコルという大型ネズミのパン粉あげ、それとパン。それぞれが大皿に盛られている。

 エルシエッタは、サナエが取り分けるとすぐに平らげてしまい、サナエは、すぐに次を取り分けてエルシエッタに差し出した。そのやり取りが絶え間なく続き、ほとんどの料理が無くなってからサナエは自分がほとんど食べていない事に気がついた。

 サナエが皿に残った料理をかき集めて少しずつ食べていると、ドレストがほとんど手をつけていない料理をサナエに差し出して来た。


「どうぞ」


「それは、ドレストさんが食べてください。食べないと元気になれませんよ」


 サナエは、そう言いながら自分がこの世界に来る以前に、ベッドの上でそんな風に言われた事をふと思い出した。両親が来なくなって、病状も悪くなり気落ちして食べ物が喉を通らなかったあの時に言われた言葉を今度は自分が言っている事に少し笑ってしまった。あの時は、気持ちを分かってくれないとか、食べても元気になんてなれないとか、無責任でお節介な言葉に聞こえていたが、そこに心配する気持ちはちゃんとあるのだと分かった気がした。


「すみません。川魚は、少し苦手でして…」


 申し訳無さそうに言うドレストにサナエは、微笑んた。


「そうなんですね。無理はしないで良いですよ。エルシィ、半分食べる?」


「貰う」


 少しずつ自分の皿に貰って、サナエは残りをエルシエッタに渡した。自分の前の料理を食べながら、食事を美味しく食べられる事の幸せを噛み締めた。

 食事をほとんど終えてお腹も落着いた頃、どこかのテーブルから声が聞こえて来た。


「何でも、ラッドレイスの兵士がそれぞれの港に出入りしているらしい」


「なんでも、ラッドレイスから逃げ出した犯罪者が船で逃げたって話だぜ」


「人質を連れているらしい」


「メッサ王を殺害した奴か?」


「何人も殺した凶悪な犯罪者だそうだ」


「何だってラッドレイスの兵士がこんな所まで」


「メッサが戦争の準備をしているらしい」


「ナッサヘルク城でも不穏な動きがあるみたいだ」


「パンスティークが送った刺客かも知れない」


「人質は、王族だって話だ」


「ナッサヘルクの騎士も動いてるらしい」


 聞こえてくる声にサナエは動揺した。

 自分たちの事が間違って広がってその噂になっている様にも思えた。ドレストも聴こえて来る声に動揺を見せている様子だ。その噂に自分たちに直結する様な内容はなかったが、ラッドレイスとナッサヘルクの兵士や騎士が動いているとなれば、その内見つかってしまうだろう。連れ戻されれば、メルリは、パンスティークにサレアナに会いに行けないし、お見合いをする事になる。サナエもサレアナに会いたい。メルリのお見合いも、メルリが乗り気で無いのならば、させたくは無い。

 当のメルリは、聞こえて来る噂など気にしていない様子でデザートのプリンをつついている。メルリに取って目的以外の事など些事でしかないのだろう。


「サナエ」


 メルリがプリン越しに視線を送って来た。


「どうしたの?」


「お腹いっぱいで動けない」


 どうやら、別腹もパンパンらしく、プリンを食べていた匙が進まない様子だった。


「だから、言ったじゃない」


 サナエは、笑った。

 メルリとこのまま旅を続けたいとサナエは思った。

 

 


 

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