始まりの物語
「影武者の娘」シリーズです。
「影武者の娘」より、はるか昔の出来事です。
「そういえば、どうして双子は不吉だと言われているんだろうな」
『双子が不吉というのは迷信』と国王が発言したとの記事が新聞に掲載され、それを読んだ実家が酒屋を営んでいる彼が首を傾げる。
「私も理由を知らないわ、ただ不吉としか言われていなくて……。誰に尋ねても、昔から言われているとしか答えが返ってこないし」
「それにしても、まさかあの可哀想な女性も本当に姫様だったなんてなあ」
「でも私たちが知っている姫様も本当の姫様だった訳だし……。ややこしいわね」
私も双子という理由で実の両親に捨てられた。他国へ嫁がれる姫様は殺される所だった。そう、ただ『双子』という理由だけで片割れと大きく異なる人生を歩んできた。
それでも実の両親にスペア扱いされていた私も、影武者として生きていた姫様も、今では誰でもない『私』として生きている。
……一体なにがあって双子が不吉と言われるようになったのだろう……。そのせいで、どれだけの人が不幸に見舞われたのか……。答えを知る人は、もう誰もこの国にいないだろう……。
◇◇◇◇◇
一人の娘が遠い過去を想像する。
その答えは産婆の言葉に女が涙を流し、ぎゅっと震える手で布団を握ったことが始まりだった。
◇◇◇◇◇
女は双子を宿しており、今まさに出産の最中だった。
彼女の夫である年若い公爵は、同じ年頃の若い国王の海外視察に同行しているため不在である。こんな時こそ傍にいてほしかったが、立場もあり仕方ないことと女も分かっていた。
やっと一人目が産まれ女の子だと言われるが、泣き声が聞こえない。不安にかられるが、まだお腹にもう一人子がいるので、そちらに集中しろと言われる。
そして二人目の子を出産し、最初の子は亡くなったと言われ女は涙した。
「奥様もお辛いでしょう……。旦那様のお帰りは当分先のこと。後のことは私どもにお任せ下さい」
「それでも一目でいいから……。一度でいいから、最初に産まれた子を抱かせて……」
女中頭は頭を横に振る。
「冷たい躯を抱いても悲しみが増すだけです。お止しになられた方がよいでしょう。さあ、お体を休めて下さい。お疲れになられたでしょう?」
泣きながら眠りにつき、目覚めてやっと生きている二人目の娘を抱く。柔らかく温かい……。母となった女は微笑み、我が子を抱き締めた。
それからは出産の知らせを受け客人が入れ違いで祝いに訪れる日々が続き、いつの間にか亡くなった一人目は名をつける前に、使用人たちの手により埋葬された。
双子の妹は、やがて自分と年の変わらない第一王子の婚約者となった。
二人の結婚式が三日後に迫り慌ただしい中、みすぼらしい格好の二人の女が公爵家を訪れた。一人は中年の女で、もう一人は若い娘。中年の女の名はシーレといい、公爵夫人が双子を出産する直前まで女中として屋敷で働いていた女であった。
出産し子育てに専念するからと辞め、その夫である庭師ももっと給金の良い働き先を探すと公爵家を去ったのに、今さら何用だと皆、訝しんだ。
「入れ替えた⁉」
「はい」
驚く皆の前で平然とシーレは頷く。
「旦那様、覚えておいでですか? 当時私は妊娠しながらこの屋敷で働いておりました。こちらは公爵家でありながら賃金が安く、これでは娘を満足に育ててあげられないと悲観した私は、自分の娘と旦那様の娘を入れ替えたのです。あの時奥様は双子の出産で大変でしたし、先に産まれた子が亡くなり場は余計に混乱していたので、その隙を狙ったのでございます。実に簡単なことでした。その後夫とは別れ良いことはなく……。不幸な人生にございます」
恐ろしい話を淡々と話す女の横に立つ娘は、公爵夫人と同じピンクゴールドの髪。しかも少し癖があり、ふんわりと柔らかく広がっている点も同じだ。そして瞳の色は公爵と同じルビー色だった。
ピンクゴールドだがストレートの髪の毛、瞳はエメラルド色の結婚を控えているツオーネは息を呑んだ。なにしろシーレの瞳の色が自分と同じエメラルド色なのだから。
「幸い私は奥様と同じ髪の色をしておりましたから……。長い間、不自由なく大切に娘を育ててくれありがとうございます」
深々と頭を下げられても公爵家の動揺は拭えない。
「なぜ! 今さら‼ そんなことを言いに……‼」
「来週、娘が王子殿下と結婚するからです。母として一言祝いの言葉を述べたいと思いまして」
幸せを考えるなら、墓場まで秘密を抱えて持っていってくれれば良かった。そうツオーネは思う。
そして肩身が狭いよう身を縮まらせている公爵夫人に似ている娘は、恐る恐る公爵の様子を窺うように少し上目づかいに彼を見る。
その不安そうなおずおずとした様子が、若い頃の妻と似ていると公爵は思った。そのせいか意識せず、自然とその言葉は吐かれた。
「君の名は?」
「ルデルです……」
まるで鈴のように可愛らしい声で、娘はルデルと名乗った。ますます妻と初めて会った時を思い出し、これまで『娘』として育てていたツオーネへゆっくり目を向ける。
髪の色は妻と同じだが、夫婦どちらとも違う瞳の色。顔立ちもどちらに似ているのか分からず、もしもう一人が生きていれば同じ顔で安心していたかもしれないと思うほど、自分たちと似ていない。これではツオーネが自分の子どもだと自信が持てない。いや、ルデルという娘こそ我が娘に違いない。
その公爵の考えはツオーネに伝わり、彼女は不安そうに瞳を揺らす。これまで親子として幸せに過ごしていたものが、今まさに失われようとしているからだ。
「……参ったな」
呟くと公爵はまずいことになったと、ゆっくり両手で顔を拭う。
この国は血統を重んじていた。だからツオーネが公爵家の娘だからというだけで、次期国王である第一王子の婚約者に選ばれた。しかしツオーネの血統が実は貴族でなく平民だと知れたら……。
嘘をつき通したままツオーネを嫁がせ真実が明るみに出れば? 王家を欺いた罪で、間違いなく一族全員処刑されるだろう。それだけは避けねばならない。
ならば正直に、まず王家へ報告するべきだろう。自分たちも被害者だったと訴え正直に伝えることが賢明だ。
そう決心するとツオーネだけでなく、ルデルとそれまで彼女を育てていたシーレも連れ、急いで公爵は城へ向かった。
もちろんこの報告を受けた城でも大騒ぎとなった。国王も公爵夫人に似ているルデルこそ、彼の実の娘に違いないと思った。それほどルデルとツオーネを見比べれば、ルデルの方が夫妻の子と言われる顔立ちをしていた。
しかし結婚式は目前。式の客人とし外国の王家や名のある客人を多く呼んでいる。中にはすでに到着し、この国で過ごしている者もいる。そんな中で中止となれば恥をかくだけでなく笑い者となる。とても中止にはできない状況だった。
しかもここ数年、国を訪れた要人にツオーネが将来の王妃だとも紹介しているので、今さら相手の変更もできない。
今すぐツオーネを殺す訳にもいかない。今殺しては陰謀論が国中に……。下手すれば外国にも飛び火する。そうすれば国としてダメージを負う可能性も高く、それも避けたかった。
急遽夜中だというのに国の重鎮が集められ、早急に対応が議論された。
夜明け前、ツオーネに渡されたのは念書だった。
そこには王子と結婚式を挙げるが正式な妻ではないと認めること。これまで王妃教育を受けていたので、妃を職業として生涯を全うすること。さらに絶対に王子と子を成さないこと。これらを含めた幾つもの決め事を一つでも破れば処刑に応じると記されていた。
公爵夫婦や国王たち重鎮がルデルこそ夫妻の娘と信じたのはこの当時、この国では瞳の色は両親のどちらからか受け継ぐと考えられていたからである。
父親からラピスラズリの色を受け継いだ公爵夫人はエメラルド色を否定した。また公爵の瞳の色はルビー。どちらの瞳の色でもなく、シーレと同じ色をしたツオーネこそがシーレの娘だと、だから誰も疑わなかった。
稀に起きる突然変異だと思いこれまで親子だと信じ可愛がっていたが、実は他人の産んだ血の繋がらない娘。そう思うと急激に夫婦のツオーネへの愛情は冷め、彼女などどうでも良くなった。もともと他者に優しくない夫婦だからこそ、その態度は露骨だった。
「さあ、これに同意の署名をしろ」
『父』と呼んでいた公爵が高圧的に命じてくる。
震える手で署名しながらツオーネは思う。きっと今後ルデルが王子の隣に立っても問題ないと判断された時、自分は厄介払いされるだろうと。それは『死』を意味する。
しばらくの間王子の隣には自分が立つが、血統を重んじ子を成すのはルデル。
「内容を忘れるなよ」
一枚は神にも誓うという意味で教会へ内容を伏せたまま提出され、一枚は城で保管され、もう一枚は公爵家とツオーネ本人に渡された。
シーレは誘拐罪と王族、並び国家への詐称の罪に問われ、密かに処刑されることが即決された。
「最期になにか言うことはあるか?」
「ございません。……ああ、ですが願わくはもう少し生きとうございますかねえ」
それに誰も返事をせず処刑は執行された。
庶子と産まれ育っていたルデルが正式に公爵家へ迎え入れられる形を取り、ルデルは貴族の一員となった。そして血統を守るため、彼女は王子の側室となることも決まった。もちろん身分の高い血統を守るためだ。
結婚式が直前なので、全て深く議論されることなく決まっていく。
ルデルはこれまでの生活から、もちろん貴族としての礼儀作法など身についていない。外国語も喋れない上、母国語さえ訛りが酷くとても王子の結婚相手として短期間でどうにかなる問題ではなかった。
だからその問題が解決されるまで、ツオーネは生かされることも決まった。
「はあ……。まさか平民の子とは……。学力が悪くなかったので騙されたわ」
これまで可愛がってくれていた王妃はツオーネ本人の前で嘆く。
「お主も被害者ではあるが、本当にこれまで一度も聞かされていなかったのか? 実の母から接触を受け、事実を知っていながら黙っていたのではないか? もしそうだとすれば、王家を欺いていたことになり重罪だぞ?」
王からは何度も同じ質問をされたが、誓ってシーレとは会ったことがない。訪問を受けるまで知らなかったと、毎回否定した。
「ツオーネ……。いや、ルデルか……? 君は一体、誰なのだろうな」
これまで愛を囁いてくれていた王子はどう対応すれば良いのか分からず困惑している様子だったが、すでにツオーネからルデルへ心変わりしていると彼女には分かった。彼もまた、血統に縛られそれを重んじる性格であったからだ。
「これまで赤の他人の子を育てていたとは……」
念書には公爵家と縁を切ることも記され、もう親子とは呼べない冷めた関係となった。
結婚式を迎えるまでツオーネは夫妻から無視された。夫妻はこれまでの時間を埋めるかのよう、ルデルばかり相手にした。そんな中で使用人たちの態度が変わらなかったことだけが救いであった。特に古参の使用人ほどツオーネに親身となってくれた。
結婚式では各国の貴賓客から祝辞を述べられても、ツオーネは喜べなかった。
結婚式を終えれば、自分が殺されるカウントダウンが始まるから。ツオーネはいつ爆破するか分からない爆弾を抱える日々を送ることになる。いや、ルデルとシーレが公爵家を訪れた時から爆弾を寄越されたのだ。
知らなかったとはいえ王家を騙していたのは事実。だからこそ大人しくツオーネは大人たちに従い念書に署名したが、家族と信じていた人たちですら向けていた温もりある情が消え……。
緘口令は敷かれたが、城に仕える使用人たちに話は出回り冷たい目を向けられながら、ひそひそ囁かれ……。これまでの王妃教育のおかげでなんとか精神を保ち立っていられるが、ゆっくりと着実に心は削られていた。
結婚式後、職業が妃なので城で暮らすことは許されたが、与えられた部屋は質素なもの……。もとい、ただの使用人部屋だった。本来は複数人で一部屋を使用するが、皆ツオーネとの同室を拒んだ。だから一人で使うには広く、寂しい部屋である。
食事も自分で用意しろと念書には書かれていた。
ぽたり……。
包丁を握り俯くとついに堪え切れず、涙が落ちた。一応簡単に料理を習ったことはあるが、食材を分けてほしいとお願いしても無視される。
誰も助けてくれない。誰にも助けを求められない。どうしていいのか分からなかった。
「…………うっ……………」
「仕方ねえな。ほらよ、これを使えよ」
頭をかきながら一人の若い料理人が近づいてくると、痛み始めた食材を渡す。
「おい、そいつは国王に目をつけられている女だ。係わらない方がいいぞ」
「料理人ってのは人に料理を提供し、生かす職業だろ? それを見殺しにしちゃあ、料理を提供しないも同然だ。そんな奴は料理人と言えねえよ。それにこんなやり方で平民は餓死させても平気な国王に仕える気なんて、俺にはねえ。俺もお前も平民だ。いつか俺たちもこうやって国王たちから切り捨てられるかもな」
そう言われた料理人仲間は黙った。
口は悪いが、コルテゼという名の料理人はこれ以来、ツオーネを助けてくれるようになった。ツオーネの知らない調理法なども教えてくれ、彼女の料理の腕は上がっていく。
一方でルデルはこれまで勉学と縁がなかったので、教養がなかなか身につかず苦戦していた。しかし閨は順調で、すぐに子を宿した。
その間もツオーネは必死に自分で身の回りのことを行いながら公務に励んでいた。ドレスへの着替えなどは嫌々ながらも使用人が手伝ってくれるが、入浴などは自力で用意する。手は荒れていき、公務では手袋を外せなくなった。とてもこんな荒れた手を人前に晒す訳にはならなかった。
「まだ終わっていないの? はあ……。もっと出来ると思ったのに」
身の回りのことを行いつつ公務に励んでも、誰も褒めない。それどころか遅い。のろま。これだから平民は。なにをやっても駄目。無能だと罵られるばかり。
ツオーネの心はますます削られ、いつしか表情を失っていた。それに真っ先に気がついたのはコルテゼだった。
「美味くないのか?」
使用人用の食堂で、ツオーネは首を横に振る。
「よく分からなくて……」
「どれ」
コルテゼは勝手にツオーネの料理に手を伸ばし、口にする。
「上達しているじゃないか、最初の頃と大違いだ。たまには換えっこしようぜ。お前が俺の作ったのを食べて、俺がお前の作ったやつを食う」
そう勝手に決めると、コルテゼは皿を換える。
ツオーネと会話するのはコルテゼだけ。そのせいで自分も陰口を叩かれ仲間たちから距離を置かれていると知りながらコルテゼは、頑張って立ち続けるツオーネを見捨てることはできなかった。
たまにツオーネは家族と信じていた者たちと城ですれ違うが、互いになにも思うことはない。一応公爵家はツオーネへ礼をするが、無言で去る。
ルデルとツオーネのことは緘口令が敷かれ、使用人たちも万が一漏らせば命で償うと脅された。その為、ごく僅かの者にしか事実は知られなかったが、なにかがおかしいと気がつく者は続出した。
家族もだが王子と睦まじかったのに結婚するなり距離を置き始めた。さらにツオーネは表情を無くしていき、側室ばかり子を産む。異常だった。そのせいで幾つもの噂話が社交界で囁かれるようになった。
その中には正解に近いものもあれば、ただの妄言もあった。
◇◇◇◇◇
「俺、来週城を出ることになったんだ。故郷の母親が病気で倒れて長くないって連絡が届いてさ……。親父も死んでいるし最期くらいは見舞いたいからよ……」
ある日、コルテゼが言い辛そうに食堂でツオーネへ告げた。
「そう……。寂しくなるけれど、それが一番よ……。お母様を大切にして……」
ツオーネはそう言いながら、ぐるぐるとスプーンでスープをかき混ぜる。
今では唯一の味方。彼と過ごす時間だけが安らぎ。そんな人がいなくなれば、自分はどうなるのだろう……。ひびの入った床がついに割れ落下し、生き続けられないかもしれない……。依存か愛情か分からぬ思いを今やツオーネはコルテゼに抱いていた。
コルテゼも似たような感情を抱いており、だからこそ自分が去った後のツオーネを心配していた。一人ぼっちとなり、彼女は無事に生きていけるだろうか。だから最後の日、こっそりとメモを渡し伝えた。
「本当に困った時、これを読め」
コルテゼが去り、心の支えを失ったツオーネはすぐに限界を迎え倒れた。想像以上に彼の存在は大きく、心を占め守られていたのだと気がつき泣く。いくら王妃教育で心を強く持つよう鍛えられていても、蓄積された悲しみ、削られた心の穴はとても埋められるものではなかった。
ツオーネが病人となった知らせは国王の耳にもすぐに届いた。
その頃にはルデルもやっと教養を身につけ、表に立っても問題はないだろうと言われ始め、丁度都合がいいではないか。このままツオーネを捨て置けと命じられた中、シーレの離婚した相手であり、現在は城で庭師として働いている男が国王と公爵に謁見を申しこんできた。
「本日は何用か」
「我らを脅し、金の無心でもするつもりか?」
「いえ、真実を伝えに」
なにを言っているのかと国王は片眉を上げた。
男は不敵な笑みを浮かべ、目を吊り上げたまま真実を語る。
「ツオーネ様こそが公爵夫妻の娘ですよ! 忘れたのですか? あの頃シーレは奥様と同じ妊婦だった! それなのに二人ともシーレをこき働かせ、ついに子を流す羽目となった! 私たちの子を殺しておきながら双子⁉ 二人も子を抱く⁉ 許せなかった……! だからあの日私たちはお前らを苦しませるために、最初に産まれた子を盗んだ‼ だけど体の弱い子でね……。誘拐した直後に亡くなりましたよ。だからシーレと私は作戦を変更し、ピンクゴールドの髪を持ち、なおかつあんたと同じ瞳の色を持つ公爵夫人と似た子を養女として迎え、お前たちに差し出したのさ! シーレと離婚したのも二人同時に処刑されず、こうやってお前たちに絶望を与えるためだ! ははははははは‼」
慌てて当時から勤めている公爵家の使用人たちに確認すると、観念し誘拐を認めた。二人目の出産後に誘拐が発覚し、探している間に一度ツオーネの姿が消えたことも。大慌てする中ツオーネは別室で見つかり、咎められることを危惧した当時の使用人全員が結託し、泣き声が夫人の耳に届いていなかったことを良いことに最初の子を死産扱いとし、体裁を整えたと謝った。
ツオーネが別人の娘と信じられるよう、一度隠したのもシーレたちの計算だった。万が一、いつか使用人たちが事実を打ち明けた時のことを考え……。姿を一度隠せば、それだけで実子への疑いは生まれるはず。それを狙ったのだ。
急いで調べれば確かにシーレの周囲から、彼女は一度赤ん坊を流し離婚すると、孤児院から養女を引き取ったと証言を得られた。その養女こそルデルだった。
「で、では……。あのエメラルドの瞳は……」
ただの母方の亡き祖母からの隔世遺伝であった。
慌てて捨て置かれたツオーネのもとへ医師を向かわせる。コルテゼが去ってからろくに栄養を取っていない中で高熱が続いたせいか、一命を取り留めたがツオーネは片目の視力を失った。
ルデルが現れてからのことを皆から謝罪されてもツオーネの心には響かなかった。与えられた使用人の部屋で口を閉ざして耳を傾けるだけで、無表情を貫いた。返事を求められれば、サインした念書を持ち出し拒絶した。
「私は妃という職業の平民であり、公爵家とも無縁の女です」
「そんなことはない。お前は私の娘だ」
「………………」
すぐさま本来与えられるはずだった王子妃用の豪華な部屋へと移動させられたが、ツオーネは体調が万全ではないのに窓際に立ち続け、どんなにすすめられてもソファに座ったりと、家具を使おうとしなかった。職業上、上司となる自分より身分が高い国王たちの言葉になら従うが、それも一瞬のこと。
人目を盗んでは最初に与えられた部屋へ戻る。他人が使用していても無視し、部屋の片隅で床の上に寝転がる。そして自ら食事を作る。けして公の場以外では、他人の作った料理には手をつけようとしなかった。それも念書に書かれているからだ。
念書は神にも誓うものであり、覆せないとも記されていた。だから教会にも納められた。国王でも神には敵わない。なぜろくな調査をせず放置していたのか。見た目だけで判断した過ちを正したくとも、心を硬く閉ざしたツオーネにはなにを言っても通じなかった。
「ツオーネ……」
形式上の夫であった王子もツオーネと再び向き合おうとするが、妻は一向に彼を見ようとしなかった。真っ直ぐ自分を見ているのに、視線は遠くへ向けられ距離を感じた。それは拒絶以外の何者でもなかった。
手の平を返し捨てたのに、また手の平を返し近づく人物を信用することがツオーネにはできなかったのだ。
「ツオーネ、本当はお母様信じていましたのよ。だってお腹を産んだ子ですもの。間違える訳がないわ」
「……私の母はシーレという女性です。念書にはそれが記載され、公爵家もお認めになられ署名されております。公爵夫人、貴女は私の母ではありません」
そうやって公爵家にも念書を出し拒絶を繰り返すある晩、王子は一人使用人部屋で就寝しているツオーネのもとへ向かうと、無理やり契りを結ぼうとしてきた。
「王子! なにをなさるのです‼ お止め下さい‼」
「いいではないか、私たちは夫婦なのだから」
「私は貴方と交われば処刑されます! だからどうかお止め下さい‼」
「念書のことか? はっ、あんな紙切れ一枚がなんだという。教会には内容を伏せているし、今さら関係ないだろう。さあ私のものとなれ。そして私との子を産むんだ!」
その紙切れ一枚で自分を無視し苦しめておきながら、なんという言い草だろう。激しい嫌悪と怒りが湧く。
全力で抵抗し突き飛ばすと、王子は壁に頭をぶつけて気絶した。その隙にツオーネはコルテゼから渡されたメモに書かれていた秘密の隠し通路へ向かう。
この通路はいざという時の逃亡用として作られたので、普段は誰も使用していない。悪臭を放つ暗い通路を燭台片手に早足で抜ける。
それから朝になると持って逃げた幾つかの宝石を売り、向かったのはコルテゼの故郷だった。
「コルテゼさん……」
「お前……。その目はどうした⁉ あいつらに潰されたのか⁉」
病に伏せていた母を弔ったばかりのコルテゼは、ツオーネが姿を見せたことよりも眼帯をつけ、視力を失ったことに驚きを見せた。
「私、あんな所は嫌……。本当に愛してくれる人もいない場所で暮らすのは嫌……。誰も私を信じず……。都合よく扱い……。苦しませておきながら、今さら念書を紙切れがなんだと言って……」
「つまり逃げて来たってことか」
がしがしと頭を掻く。
「俺とお前が親しかったのは誰でも知っているから、追手はここへ来るだろうな。俺もこんな国には嫌気がさしてさ、隣国の知り合いの店で働くことに決めたんだ。お前も一緒に来るか?」
「はい!」
公爵家の血を引く娘は消え、残ったのは赤ん坊の時に捨てられた誰の子か分からぬ娘。そしてその娘との間に産まれた王家の血を引く子どもたち。
ルデルはなにも知らなかった。いきなり本当の親に会わせると言われ、公爵家へ連れて行かれたと語る。シーレの元夫も、ルデルの関与は否定した。彼女は本当になにも知らないと。
血統を重んじる重鎮たちは頭を抱えた。
なぜ調べなかったのか。裏を取るべきだった。きっとシーレたちは結婚直前のろくに調査する時間がないタイミングを狙ったに違いない。それに皆まんまとはまってしまった。
ルデルは公爵の庶子と表立って宣言され子も産んでいる。しかも子どもたちには王位継承権が与えられており、今さら親子共々追い出すことはできない。騙されていたとも発表できないので、公爵家を処分することもできない。結局彼らは嘘を吐き続けるしかなかった。
だがツオーネを取り戻し彼女と王子の間に子が産まれれば、問題は解決する。今やツオーネ以外、誰もが念書など捨て置く存在になっていた。彼らにとって念書も都合のいい駒の一つ。その駒は用無しになったので、無視をすることにした。
すぐにツオーネを連れ戻すようにと知らせが走った。コルテゼの予想通り、追手はコルテゼの故郷へも向かったが、すでに二人は行き先を誰にも告げず出発しており間に合わなかった。
「最初からお前と旅をするとは思わなかったな」
「一人旅は味気ないでしょう? 貴方が寂しくないよう、付き合ってあげるの」
「言うじゃねえか」
コルテゼが笑えばツオーネも笑う。
「それにしても酷いわ。メモにあなたの故郷も記されていたのに、私を置いて一人でこの国を去ろうとするなんて」
「さらうつもりだったさ」
「え?」
焚火の明かりに照らされながら、コルテゼは言う。
「向こうで生活の基盤が築けたら、さらうつもりだった。お前に教えた通路は老朽化され、もう通れないと言われていたんだ。だから使用人たちも知っていたんだよ、危ないから使うなってな」
「まあ酷いわ。そんな通路を私に教えるなんて」
「下見は済ませ、問題ないと判断したからメモに記したんだよ」
機嫌を取るようコルテゼはツオーネの手を握れば、彼女は微笑み応えた。
手を繋ぎ二人で旅をして……。
隣国の料理屋で働き始めたコルテゼはツオーネと結婚し、子宝にも恵まれた。そして二人は誰にも正体を知られることなく、その国で子や孫に見守られ生涯を終えた。
これをきっかけに双子でなければと言われるようになり、それが年月をかけ双子はよろしくない、不吉だと言われ始め、この国で忌み嫌われる存在になるとはこの当時、誰も想像しなかった。
お読み下さりありがとうございます。
これはネタを思いついてしばらくし、影武者シリーズでなぜ双子が不吉と言われるようになったのか、これを使えば書けるのでは?
そう思い、完成させました。
ただ流れから分かるよう、一人称では無理な話でして……。
慣れない三人称に苦戦し、やっと完成となりました。
そして毎回シリーズの誰かが登場しているので、無理やり最初に登場させるという……。
いろいろ大変でしたが、ああだこうだと考え……。
それだけに完成させることができ嬉しいです。
皆さまにも楽しんでもらえるとなお嬉しいのですが……。
こればかりは分からないので、ドキドキです。