カジナ・ザカリア、面接
「どうも、お待たせしました」
部屋に入ってきた担当者らしい人物は、口髭に黒縁眼鏡、灰色のスーツ姿で、地味な感じの人だというのがザカリアの第一印象だった。
「ええと、カジナ・ザカリア君でよろしいね?」
その担当者は、慎重に確かめるような口調だった。
「はい、そうです。新聞の広告をみて来ました」
「そうかい。まあ、よく見当がついたものだね」
担当者は彼女と斜めに向かい合うかたちで席につき、書類をテーブルの上に並べた。
「求人を出しててもなかなか人が来なくてね」
「あの、一つよろしいですか?」
「どうしたのか?」
「実はこの広告の住所、間違いみたいなんです。私が探した時に、すぐに見つからなくて、郵便局で訊いたんです」
「そうなのか。どうして?」
「それは、住所に詳しいのは、郵便物を配達する郵便局と思ったので。それに、政府関係の建物なら尚更、見当がつけやすいかなと考えたので、それでです」
「なるほどね。シンプルだが、非常に理論的だ。それに正しい情報を得るのに手短にやってのけたのはすばらしい」
「あの、」
「まだなにかあるのかい?」
「求人の広告は、早急に訂正なさった方がいいと思います……」
カジナは努めて控えめな口調だったが、言わずにはいられなかった。
そして、それを聞いて担当者は笑い出した。
「それもそうだ。後で連絡を入れておこう」
ザカリアは、なんとなくこのやり取りに違和感を覚えたが、気にしなかった。
「さて、」担当者は今一度、書類に視線を落とした。「以前は事務職を?」
「はい」
「また、どうしてクステグ地方から、首都へ引っ越してきたんだね?」
「一言でいうと心機一転です。なにか新しいことに挑戦しようと思ったんです」
「ほう、なかなか冒険心旺盛なようだね。それと、この経歴書は自分でタイプしたのかい?」
「ええ、自分のタイプライターも持っています」
「なるほど、うちの職場では書類作成に欠かせないからね。わずかでもその技術は大いに役立つだろう」
「それでだ、ザカリア君」担当者は真剣な面持ちになった。「広告では臨時職員と書いているのだが、実を言うと単なる事務職員を募集しているわけではないのだ。エージェント候補を探しているのだ」
唐突なことに、ザカリアは少々ぽかんとした様子になった。
「え、エージェント? ですか」
「ここでの仕事は、ある意味で特殊な業務だ。そして、新聞の広告は、実は一種の試験みたいなものでね。それを通過したのは君が初めてだ。まさか女性が来るとは思いもしなかったが。ともかく、行動力と問題解決能力に関する第一段階を君はクリアしたというわけだ」
それから担当者は、一呼吸おいて続けた。
「ここは国防軍の施設なのだよ。分かりやすく言うと、情報分析をおこなうための場所だ。大々的には公に知られていないがね」
「それは、重要そうなところですね」
「そうだな、それどころかたいへんに重要だ。大きな声では言えないが国家機密もたくさん扱う。ちなみにだが、君がここで本気で働く気がないなら、これ以上詳しい話はできないし、君には帰ってもらう必要がある」
それを聞いて、彼女は緊張した。
「まあ、突然そんなことを行ってもなんだね」担当者は表情を緩めて、立ち上がった。
「少し考える時間も必要だろう。君はコーヒーと紅茶、どちらが好みかね? 少し休憩でもしてリラックスしようじゃないか」
それから担当者が戻ってくるまでの間に、ザカリアは決めていた。ここで働いてみようと。もちろん、採用となるかどうかは別問題だった。
それに採用されたとして、どんなことになるかは予想もできなかった。が、非常にスリリングな経験ができるのは間違いなさそうだと思った。