カジナ・ザカリア、首都へ越す
カジナ・ザカリアは、首都アファルソエソルへ越してきたばかりだった。
彼女は連邦中部クステグ地方の出身で、地元では事務職に就いていたが、きっぱりと辞めると、僅かな荷物をまとめて首都へ出てきた。
理由は単純なところが大きく、都会の華やかな生活に対する憧れを捨てきれないというものだった。それに画家としての活動を始めたいとも考えていた。少なからず母親の反対もあったが、彼女は意に介さなかった。一度決めると行動せずにいられないのは、彼女の父親譲りの性格であったのだろう。
見つけたアパートは少し古く、外観はレンガ造り。部屋はキッチン、風呂、家具付きだった。ただし、駅から遠くて大通りからも離れているのと、少し日当たりがよくないということもあって、かなり安い物件だった。大家は気さくな中年夫婦で、とりて不満を感じることはなかった。近くにはお洒落なカフェがあり、近くの通りでは定期的に市場が開かれるようだった。
ザカリアは、この日のために多少の貯えをしていたが、引っ越しが終わると早々に事探しをすることに決めた。
翌朝、机の上に新聞と求人雑誌を取り出して並べた。まずは新聞の求人広告から手をつけることにした。
「できれば、絵を描く仕事なんかあるといいけど、とりあず事務職が早いわね」
彼女はつぶやきながら広告を一つ一つ見ていく。
小型の安物だが、自分のタイプライターも持っていて、速記にもそこそこの自信も持っていた。
そんな中、小さい広告の文字に目がとまった。
“政府職員、臨時募集中”
「公務員ねぇ」彼女は悩ましそうにつぶやいた。
しかし、その下に記載されている月額給与をみて驚いた。彼女が思っている相場の四倍近い金額が描かれていた。確かに、都市部の物価は高いとはいえ、それでもその金額はかなりのものだった。
「ちょっと気になるけど。まあ、応募するのはタダよね」
そうつぶやくと彼女は、ハサミを使って丁寧にその広告を切り抜いた。広告に電話番号の記載は無く、住所だけが書いてあった。
「まずは書類を送る? それとも直接行かないとダメなのかしら?」と彼女は思いながら、ひとまず支度と履歴書を用意して出向いてみることにした。
しかし、広告に記載された住所の近くまで来たものの、それらしい建物は見つからなかった。
「どういうことなよ、まったく」
彼女は辺りをなんども行き来したが、どうにも見当たらなかった。
いろいろと迷った挙句、彼女は近くの郵便局へ向かった。郵便局なら住所に詳しいはずだし、何かわかるかもしれないと考えたのだった。
窓口に行くと、さっそく広告の切り抜きの住所について訊いた。
「この住所は、どうにも間違ってるような気がしますけどねえ」
切り抜きを見ながら局員はそう言った。
「少々お持ちください」そう言って職員は奥の方へ姿を消した。しばらくして先ほどの職員ともう一人別の職員もやってきた。
「お待たせしました。おそらく、この住所は誤植ですよ」
「我々が言うのもなんですけど、お役所仕事ですね。あるいは、印刷会社が間違えたんでしょう」
自嘲気味に笑いながら職員は、メモが書かれた紙切れと、先ほどの広告の切り抜きをザカリアの手元に返した。
「おそらくはその紙切れに書いた住所のどれかかが正しいと思うから行って確認してみるといい」
「あ、ありがとうございました」
紙切れには三カ所の住所が書かれていた。
ザカリアはさっそくメモされた順番に行ってみた。が、一カ所目と二カ所目はたしかに公共施設だったが、求人を出してはいなかった。
そもそもこの求人広告はなにかの間違いではないのだろうか? 彼女はふとそんな風に思った。
「まったくもう。これでダメなら、この求人はあきらめましょう」自分に言い聞かせるようにつぶやくと
、最後の住所の場所へ早速向かった。
それは灰色をしたビルで、壁面にはツタがはっているとこもあるような外観だった。
「ここかしら? まあ、これまで見たなかではそれらしい感じはあるけど、すごく地味な感じ……」
ザカリアはぼやくように言いながら、臆することなく正面入り口から中へ入った。
入ってすぐの場所はホールのようになっていて、上階へ続く階段があった。入り口すぐ横の窓口には、受付担当というより警備員という感じの二人組が構えていた。
「貴女、どちら様ですか?」
一人が、厳しい視線を彼女に向けたまま尋ねた。
「あの、この求人について応募に来ました」
ザカリアは緊張しつつも、新聞広告の切り抜きを差し出した。
「うん? なんだ、これは」受け取った人は呟いた。
すると、もう一人がその切り抜きを覗き込んだ。「ああ、それか」
「しばらく、お待ちを」
それから彼は、傍にあった受話器を手に取った。それから担当者にでも繋ぐのか、小声でやり取りをしていた。
ザカリアは、あたりに目をやりながら思った。ここはどういった施設なのだろう? 職員たちが働いているのだろうざわめきや、タイプライターの音も聞こえていた。役所というよりはどこか省庁の支部か何かだろうかと、彼女は思った。
それから数分もしないうちに、どこからか女性の職員が現れると、ザカリアに声をかけた。
「お待たせしました。ご案内します」
それから二階へ向かうと、会議室らしい部屋に案内された。
「経歴書か何かはお持ちですか?」女性職員は尋ねた。
「ええ」
答えながらザカリアは書類を取り出して渡した。
職員は手早く目を通すと、「それでは、しばらくお待ちください」とだけ言って部屋を後にした。
手持ち無沙汰になった彼女は部屋を見渡した。正面には小さい黒板と巻き上げ式のスクリーンがあった。窓のところはカーテンでなくブラインドで、全部降ろしてあった。が、光が多少入るようにしてあった。
そして、なにより奇妙に思ったのは部屋の後ろにある鏡だった。大きな横長の長方形で、あたかも部屋の広さが倍あるかのように感じた。
それから窓の方に近寄ると少し外の様子をうかがった。どうやらこの部屋は正面の通りに面しているようだった。
なかなか待たされそうな予感がした彼女は、今度は鏡に近づいて自分の身なりを今一度整えた。