通りすがりの蚤の市で
ホテルへと戻る道へ向かいながら、大尉がぼやくように言った。
「あともう一つ、準備しておきたいことがあるんだよな」
「どんなものですか?」
「例の軍港までの移動手段だ。この市街地からしてもホテルからにしても、いくらか距離があるもんだからなぁ。ちょっとばかし手軽で手っ取り早い移動手段がほしいもんだぜ。夜中に路面電車は走ってないだろうし、タクシーを手配するってのものなぁ」
「車でも盗みますか?」
「おいおい、流石にそりゃやり過ぎだろうぜ」
「ですよね……」
その時、ザカリアはなにか閃いたような表情になった。
「あ、あとはバイクとか自転車とか、どうですか?」
「お! 冴えてるな。その手があった。自転車はイケてるな。安くて静かに動けるってのはおあつらえ向きだ」
さらに街中を進んでいると、広場のような開けた場所で大勢の人たちの姿が見えた。
「ありゃ賑やかだな。祭りでもやってんのか?」
「なんだか蚤の市っぽいですよ」
「うむ……そうだ。ちょっとばかし寄って見てみようじゃないか」
「いいんですか? 寄り道なんて」
「まあまあ、目の保養だ」
そうして二人は雑踏の中へと向かってみた。
露天商が並んでいる中を進んでいると、唐突に声をかけられた。
「そこの、お二人さん」
たどたどしい感じだが聞き取れるラレイユ大陸の言葉だった。
二人が目をやると、いかにも行商人といった雰囲気を出している小男だった。
「へえ、あんたラレイユの言葉話せるのかい?」
「ええ、まあこうして外国人相手に商売をすることも多いもんでね」
雑多な骨董品に混ざって絵画と思しきものもあった。
「この絵も売り物なんですか?」
「お嬢さん、絵画に興味がおありかね?」
「私も絵を描くんですよ。そんなに多くはないですけど」
「ほうほう」
「これ、なんだか印象派みたいな絵ですね」
「お嬢さん、お目が高いですぞ。わしの知人、といってもまだ無名な画家なんだが、将来は高値がつくと踏んでおる」
ウルバノは絵をまじまじと見ながらつぶやく。「こんな、中途半端な感じの絵が売れるのかい?」
「ちょっと先輩! 失礼ですよ、そんな言い方」
「はっはっは。いつの時代も、目新しいものというのは敬遠されるものだよ」
「ともかくとしてザカリア、絵画には興味あるんだろ? いくつか買っといてもいいぞ」
「いいんですか?」
「まあな、ちょっと考えがあるんだ。使えそうなものは買っておこうじゃないか。幾らかは帰ってから経費で精算できるだろうよ」
「ほんとうに、いいんですか?」
「事務方から悪口は言われるかもしれんがな」
「えー、そんなのは嫌ですよ」
「大丈夫だ。俺が指示したことにする。責任は持ってやるぜ」
「まあそれなら」
「それとだ、俺はちょいと自転車を手に入れられるか探してくる。ザカリアはこの辺を適当に歩いてみててくれ」
「え、いいんですか?」
「ああ、なにか役立ちそうなもんがあったら買っといてくれよ」
「そういうことなら、了解しました」
そして大尉は足早にその場を離れ、ザカリアは蚤の市をゆっくりと見てまわることにした。
***
小一時間もしないうちに、大尉がザカリアのところまで戻ってきた。
「よう、ザカリア。戻ったぜ」
「あ、先輩。お疲れ様です」
「またなんか買ったか?」
「あ、はい。いろいろと」
「骨董品か?
「絵を入れる額ですよ」
「ふーん。使いもんになるのか」
「なりますよ。それに自分が良いと思うものは自分にとって良いものですし。あとそれと……」
「それと何だ?」
「無名画家の絵なら、出国の審査であれこれと細かく調べられることもないかな? なんて思いますけど」
「まあ、それもそれで一理あるかもな」
「それで先輩、額縁なんかも一緒に、経費でこんなに買ってよかったんですか?」
「なあに、首尾よく図面を盗み出したら、それを隠すものが必要ってわけだ。額に入った絵画の中にでも仕込めば、誰も気づくまい」
「でもそれって、ほんとうに上手くいくんですか?」
「その時は上手くやるしかないさ」
「ところで先輩、自転車はどうなったんですか?」
「こいつがなんとまあ、俺としたことがしくじったみたいだ」
「どういうことですか?」
「自転車屋を見つけたのは良かったんだが、店主はラレイユ大陸系の言葉に疎いらしくてな、あの行商人よりも酷かったぜ。ほんでもってこれまた俺の語彙の乏しいトーワの言葉と身振り手振りで、やっとこさ一台買えるかと思いきや、」
「一台だけ?」
「だがそれもおじゃんだ」
「なにかあったんですか?」
「あの店主、法外な値段を言ったかと思えば、外国人には売れないだの。後はなんて言ってるか、トーワの言葉は訳が分からんかった」
「それじゃあ、どうするんですか? どこか別のところで借りるとか?」
「まあいいさ。勝手の分からん連中だ。諦めも肝心。行きは途中までタクシーでも使うとしよう」
「結局タクシー……しかも夜にですよね?」
「ああ、それっぽい言い訳は準備するさ」
そうして二人はホテルへ続く道へ戻ると、また進みはじめた。




