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スケッチブック

 ふたりは大使館を出て、市街のほうへむかって歩き出した。


 さほど進まないうちに、ザカリアはスケッチブックをカバンから取り出して、歩きながら手慣れた感じで、なにやらスケッチブックのページ上にペンを走らせて描きはじめた。


「おい、そりゃ、なにしてんだ?」


「ちょっとしたスケッチですよ」


 ザカリアは、スケッチブックに向かったまま、どこか得意げに答えた。

 そして、しまいには、道端で立ち止まってイラストを描きあげた。


「先輩、これでどうです?」


「ん、なにがだ?」


 大尉がスケッチブックを覗き込むと、そこには先ほどの軍港の見取り図の概要が、ざっくりとした出来ではあるが描かれてた。


「へぇ、なかなかやるじゃないか。記憶力がいい」


「そうはいっても、絵とか図形だけですよ。文章とかだったらダメですね」


「まあ、いずれにしても、局長の人を見る目が確かなのは、相変わらずというわけだ」


 大尉はスケッチブックを受け取ると、じっくりと観察した。それから、描かれたイラストがあるページを、ためらいもなくきれいに破り取った。


「ちょっ、先輩! なにするんですか! 勝手に破らないでくださいよ」


「これは俺が預かっておくことにする」


「なんでですか? もう……このスケッチブックは私物なんですからね」


「分かった分かった。すまなかった。そう不機嫌になるなよ」


 それから、そのページを丁寧に折りたたんで上着の内ポケットに仕舞った。


「この仕事じゃあな、情報の扱いが重要だ。記録よりは記憶だけでやってくのがいい」


「でも、記憶違いとか、もしも忘れたりした時はどうするんですか?」


 そのザカリアの素早いツッコミに、大尉は少し言葉につまった。


「あ? まあ、そりゃあれだ。状況によりけり、ってやつだぜ。特にだ。こうして諸外国にいるときは、メモや記録とか写真には細心の注意を払う。お前さんよ、冷静に考えてみ。国外から来た観光客が軍基地の見取り図なんて持っているのが分かったら、どうみても怪しいだろ」


「それなら、こんな会話をしながら街中を歩いてるのも、なかなか怪しいと思いますよ」


「ま、それもそうだが……んじゃ、話題を変えるとでもするか」


「じゃあ、食事とか近くの名所のこととか」


 するとカバンから今度はガイドブックを取り出して見せた。「いろいろとついでに見ていきましょうよ」

「おいおい、そもそも遊びや観光に来てるんじゃねぇぞ。レスアム博士殿のことも忘れないようにしないとな」

「あ、それもそうですね」


 とりあえず、二人は市街のほうへ向かって歩みを進めた。


「にしても大使館のあいつは、典型的な責任回避型上司って感じだ」


 大尉は苦笑混じりに続けた。「事務仕事はそつなくこなすが、“面倒事は持ち込むな!”みたいなタイプ。こちらで何年勤めてるか知らんが、きっと俺たちのことを快く思ってないとみた」


「あんまり、いい感じはしませんでしたね」


「まあ、ザカリア、だからといってこのことを他所で言いふらすなよ。叩いた陰口はどこから本人の耳に入るか、分かったもんじゃないからな」


「はい。了解です」


 それから彼女は、またスケッチブックを取り出すと、小さいイラストを描いて見せた。それを見た大尉は声に出して笑った。


「そいつは傑作だな!」


 描かれたていたのは、風刺画調にデフォルメされたトゥンナンの似顔絵だった。


「あれだ、新聞記事なんかの風刺画みたいだな」


「カリカチュアってやつですよ」


「へぇ、そういう方面での仕事に就くもいいんじゃないか?」


「今の仕事を辞めるときはそうします」


「まあ、とにかく。報告書に添付するのは止めといたほうがいいな」


 雑談をしつつ港のある市街地まで戻ってきた。


「まだ、時間に余裕がある。港のほうにでも行ってみようじゃないか」


 軍港の一部は、部外者でもその景色を眺めることができた。まるで威厳をひけらかすかのように、塗装されたばかりの軍艦が数隻並んでいた。ただし、各国の軍艦に関する最新の知識を持つ人が見れば、それらが改修されているとはいえ、旧式のものであることが分かったであろう。

 トーワ帝国はもちろん間抜けではなかった。最新の艦艇は、民間人から見えないような場所へ係留していた。


「まあ、観光客向けの展示物といったところか」


 そして、港と海沿いの広場には観光客らしき人の姿も多かった。

 彼らの視線の先には、サモ公国の軍艦が一隻、停泊していた。


「へえ、物見遊山ってわけだ」


「いかにも観光地、って感じですね」


「おあつらえ向きのセッティングってわけだ」


 大尉はカメラを取り出し、シャッターを切った。


「とりあえず、記念に一枚」


 だが、フィルムの無駄使いができるほど、余裕があるわけでもなかった。任務の規模や状況によっては、それから、現像のための薬品や器具といったものも、状況によっては持ち込むことがあったが、今回は出来ない相談だった。おあつらえ向きの写真が撮れているかどうか、本国に戻ってからのお楽しみというわけだった。


「あの小高い山の向こう側だな」大尉はぼそりと呟く。


「なにがですか?」


「今回の目標……」


「つまり、」ザカリアは小声で訊き返す。「トーワ帝国海軍の工廠ってことですか?」


「そういうこと」

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