大使館にて
正面出入口の受付で、身分証と書類を見せると建物の中へ案内された。
案内された部屋で二人を待ち構えていたのは、背が低く恰幅のよい体格で少し赤ら顔をした男だった。諜報局所属の職員というよりも、一世代昔の貴族軍人で鼻持ちならない参謀、といった雰囲気を漂わせていた。
男はデスクについたまま、立ち上がりもせず「君らが、フィエル・ウルバノ大尉と、新人だというカジナ・ザカリアかね?」と、やや憮然とした口調で言い放った。
「ああ、そうだ。よくご存じだことだ」
「事前に少し調べさせてもらった。いろいろと噂の多い人のようだからね」
「ご丁寧にどうも。俺は、あんたの名前も知らないってのに」
「トゥンナンと呼んでくれ」
「それは、本名なのか?」
「呼ぶのには、都合が悪い訳じゃないだろう?」
「まあ、そうだな、トゥンナンさん。こっちは与えられている仕事をこなして、無事に帰れれば越したことはないんで」
「それならさっそく、本題に入ろう」
それからトゥンナンは立ち上がり、壁にある棚の一つへ向かうと、書類ケースの一つを取り出した。
「ここに、目的の船があると思われる敷地の概略図がある」
「なるほどね」
トゥンナンはテーブルの上に概略図が描かれた大判の紙を広げた。
「ずいぶん立派なもんだぜ」大尉は用紙をじっくり見つめながら言った。「にしても、どうやって手に入れたんだ」
「現地人を買収したまでのことだよ」
「へえ、愛国心のない者もいるらしいな」
「なにも、トーワ帝国だって一枚岩ではない。さまざまな派閥が争っている。それに、この国はどこと比べても陸軍と海軍の中が悪いようだからね」
「そいつは、面白い話だな」
「ともかく。帝国は、思っている以上に軍拡を進めている。海軍力の増強は明白で、最近も大型戦艦が一隻完成したらしく、盛んにニュースで話題にしていた」
「ラレイユ大陸列強に、追いつけ追い越せというところか?」
「そう言うことだろう。オワム大陸が発見されたときはまだ、工業レベルでは敵う相手ではなかったのに、大陸東部の植民地化に手間取ってるうちに立派な独立国になったものだよ」
「こりゃ、西大洋諸島の資源争いに首を突っこむかもな」
「すでに領有権をめぐる争いは始まっている。いまのところ水面下で、表沙汰になっていないだけだ」
「本当か?」
「だからこそ、君がこうして任務を与えられてやって来たのではないか?」
「まあ、それもそうかもな」
大尉は再び概略図に視線を戻した。
広げられた軍港の見取り図には、いくつかの印や状況を示すコメントの書き込みもいくつかあった。
「この、印のあるのが、目的の船渠というわけか?」
「おそらく。候補がいくつかあるが、具体的な場所がはっきり分かっていない。なんせここ最近は、警備も厳重になっているからね」
「それと、周辺の詳細が分かる地図は、あるのか?」
「もちろん、あるとも」
トゥンナンは地図をテーブルの引き出しから取りだし、大尉に手渡した。
「それにラレイユ諸国と比べると、背恰好がこうも違うんじゃ、トーワ人になりすまして潜入するのも、無理があるってもんだ」
「どのみち、昼間に忍び込むのは無理だろう。よく考えた方がいいぞ」
「だろうな」大尉は肩をすくめた。「だいたい、図面の入手をできるなら、いっそのこと」
そこでトゥンナンは大尉の言葉を遮った。
「現地人をさらに買収して、こちら側に取り込むことは、もちろん考えた。だが、リスクが多すぎる。なにぶん、我がパラムレブ連邦とトーワ帝国とは、非常に友好的とは言わないでも貿易相手だ。もしもの時に、外交問題に発展するのは避けなければならん」
「まあ、それもごもっともかな。ただ……いざというときには、エテク共和国の仕業に見せかけて、全部なすりつける、って手段もあるぜ」
「君も、なかなか大胆狡猾な考えを口にする」
だが、大尉は肩をすくめてみせるだけだった。
「あと、こちらの概略図は持ち出し厳禁だ」
「なんだって」
「地図の方は、持って行っても構わん」
「機密保持の重要性は分かるが……少し、大げさすぎやしないか?」
「信用していないわけではないが、君がその見取り図を、外部で紛失しないとも限らんだろう」
「そんなへまはしないさ」大尉は苦笑した。
「だが、それで致命的な失敗をした仲間や部下をみてきた」
「分かった分かった。ご忠告をどうも」
そうして最後に、ウルバノ大尉とザカリアが部屋を出ようとするとトゥンナンが言った。
「言っておくが、君らがここを出た後は、こちらは一切関知しない。のっぴきならない事態でも起きれば別だが、」
「了解したよ」
「健闘を祈るぞ」
「あい、どうも」