思案
大尉は船内を歩き回って喫煙室を見つけると中へ入った。ちょうど他には、誰もいなかった。
長居させないためであろうか、テーブルはあったが椅子はなく、灰皿はご丁寧にチェーンで繋がれていた。おそらく、部屋の外へ持ち出せないようにということらしかった。
「やれやれ、落ち着いて吸えたもんじゃないな」大尉はぼやくように言うと、タバコを取り出してマッチで火をつけた。
部屋に紫煙が漂った。
大尉はぼんやりと煙を眺めながら、考えを巡らした。
護衛をしながら諜報活動か。さて、どうしたものかな。護衛はザカリアに任せて、俺一人は単独行動というのもありかもしれないが。それでいて、レスアムの目は欺かないとならないときた。まったく面倒なやり方で仕事を押し付けてきたもんだ。
エテク共和国に潜入したときは、軍港でちょっとした騒ぎを起こしたもんだが、結果オーライというところだった。非公式の外交ルートで抗議が来るのではないかと内心不安に思っていたが、それもなかったようだ。もちろん、公のニュースになったとう情報もなかった。
エテク共和とて大国である。軍港に他国の潜水艦が侵入してまんまと逃げられたとなったら、そんなことを知られたらメンツ丸つぶれということになるだろう。それに軍港自体にはなにも被害はなかった。あるいは潜水艦が侵入したという確証も得られていなかったかもしれない。そうなれば事態はまったく把握されない内に収束したことになる。いずれにせよ、共和国の機密書類が増えたかもしれないが。ともかく表向きは何事もなかったということだ。上々の出来であった。
だが、今回はそんな騒ぎを起こすわけにもいかない。直接的支援もない。最悪は大使館に逃げ込むという手もあるが、それは避けたいところだった。いやはや、二つの仕事を同時にこなせというのは頭痛の種になりそうだった。
あるいは、レスアムにも協力を仰ぐというのはいかがなものか?ただ、業務上の重大な規則違反ではある。それにそんなことをすれば、何かの拍子に機密が漏洩するという事態になる可能性は大いにあった。ともすればレスアムも危険に巻き込むなんてことになりかねなかった。
博士の護衛をしつつ、気づかれないようにスパイ活動を行い、何事もなく出国して無事に戻る。言葉にすればたったこれだけのことだが、難しい注文だった。
そのとき、部屋に人が入ってきて思考は中断された。しかし、やってきたのは誰かと思えばカジナ・ザカリアだった。
「おやおや、君もタバコを吸うのかい?」
「まあ気が向いた時にだけ、ですけどね」そう言って彼女もタバコを取り出した。「それに仕事の話は人の目につかないところがいいかと思いまして」
「君は早くも、要領を分かってるじゃないか」
彼女はタバコに火をつけながら聞いた。
「大尉、質問いいですか?」
「ああ、この任務中はフィエルって呼んで構わんぞ。それに大尉なんて呼ばれちゃ、軍人だってバレるからな」
「あ、すいません」
「まあ、気にするな。それで、どうした?」
「どうして記者と画家なんです?」
「そのことか」大尉は苦笑した。「いや、記者と名乗ればカメラを堂々と持っていられる、画家ならスケッチの道具を持っていても怪しまれないって寸法だ」
「いわれてみれば、そうですね」
だがまだ疑問の面持ちだった。「それで、護衛をしながら、どうやって港へ行って、情報を手にしようという考えですか?」
「それを今考えていたところだ。護衛は君に任せて、その間に俺だけで行って帰ってくるという手も考えられるが、やり方としてはどうも微妙なところだよな」
「そうですかね?」
「まあ、まだしばらく時間がある。もうちょっと考えようじゃないか」