ブリーフィング
「さて、まずは護衛任務についてから」
会議室へ入ると、大尉はさっそくテーブルの上に資料のいくつかを並べてみせた。
「護衛の相手は、このレスアム・クラッツ博士だ」そう言って書類にある顔写真を示した。
「彼はエスペランザ研究所で化学研究をしていて、今回トーワ帝国で開かれる学会発表というのか会議というべきか、ともかくこれらに参加することになっている。それで俺たちは護衛がてらについて行くというわけだ。研究内容についての詳細は聞かされてないんだが、どうも政府としては彼の研究を重要視しているみたいだ。まあでも、この護衛については研究所側から打診があったとか。正直なところ、そこら辺の詳しい事情まで俺も聞かされてないんでね。とにかく、不測の事態に備えて護衛に付くという次第なわけだ。もちろん、国外の同業者が博士の研究を盗もうとしている可能性もあるかもしれない。しっかりと気構えが必要だ」
大尉はそこで言葉を区切った。
「さて、ついでに言っておくと、博士は俺の学生時代の友人だ」
「そうなんですか?」
ザカリアは少々驚いた。意外と世の中狭いものだというようにも思った。彼女の先だっての軍事訓練の時にも、同じ女性新兵の中に同じ地方の出身者がいたことを思い起こした。もちろん、知り合いというわけではなかったが。
「ああ、ほんとだとも。向こうは、まだそのことを知らないかもしれないが。俺だってまさか、レスアムが研究博士になっているとは思いもしなかったぜ」
それから大尉は、真剣そうな表情に戻って話をつづけた。
「よし、もう一つの任務について。現在トーワ帝国では海洋進出が顕著になりつつあること、公然と軍艦の建造が進んでいるのは関係者の間では周知のことだ」
ザカリアは口を挟まむことなく大尉の話を聞いた。
「そして現地の大使館にいる職員から入った情報によると、航空機搭載可能な大型潜水艦の建造が計画、もしくはすでに開始されている様子であると。それらに関する情報や、用途を知り得ようというのが今回のもう一つの任務なわけだ」
ザカリアは話を聞いていて、もちろん内容の意味はそれとなく理解できたが、それがどういうものか実感はできなかった。何より大陸中部出身の彼女は海を見たことはあったものの、船には乗ったことがなかったうえ、潜水艦というものがどういうものであるか想像は難しかった。
「その、情報を得るっていうのは、具体的にはどういうことなんですか?」彼女はおそるおそる質問した。
「ああ、図面を入手することだったり、あるいは関連資料といったものを得ることだな。もし建造されているなら、その工場に潜入して写真フィルムに収めるとかというのも手だ」
ザカリアはそれを聞いてなんとなく想像した。そして、まさしく小説や映画のスパイそのものだと思った。
「まあ、言うは易く行うは難しってやつだ。一度現地職員とも打ち合わせの必要がある」
「あの、」
「どうした?」
「潜水艦とはどういうものですか?」
ザカリアは単刀直入に聞いた。
「ん?ああ、」そう聞いた大尉は苦笑した。「そうか、君は中部の出身だったな。だが、船は分かるだろう? 乗ったことはあるか?」
「見たことはあります。それと、乗ったことがあるのは手漕ぎボートだけです」
「まあ、なかなか客船なんかも乗る機会は少ないからな。まあ気にすることはない」
大尉は広げていた書類を片付けながら続けた。「潜水艦ってのは、一言でいえば、海中に潜れる船だ」
「へぇ」ザカリアは少し考えてから言った。「クジラみたいですね」
「なるほど、面白い例えをするじゃないか。まあ、あながち間違いじゃないかもな。もちろん鉄でできていて、人間が動かす代物だが」
大尉はすっかり書類をまとめてケースにしまった。
「潜水艦については、資料室に海軍の艦船図鑑がある。図面や写真も載っているから、出発するまでに一度見ておくといいぞ」




