ザカリア、着任
カジナ・ザカリアは局長の案内でウルバノ大尉のデスクへ向かった。
「ウルバノ君、前に話したカジナ・ザカリア君だ。前にも話した通り、今回は彼女と組んで任務の方は頼むよ」
局長はそれだけ言い、その場を後にした。
「ウルバノ大尉。どうも初めまして、カジナ・ザカリアです」緊張のためか、ザカリアの口調は少し硬かった。
「これからよろしくお願いします」
すると大尉も立ち上がって握手を求めた。
「まあ、こっちこそよろしく、俺がフィエル・ウルバノ大尉だ。とりあえず俺の前じゃ、そこまで真面目に口調になることもないさ」
それから大尉は隣のデスクの椅子を示した。「まあ、座りなって」
「あ、はい」
「うーん、」大尉は今一度、ザカリアの顔からつま先まで目をやった。
「でも、君の場合はそのままの方がいいかもな。真面目が似合ってそうだ。ま、いずれにせよ、俺の場合は時に人から疎まれるくらいのことだから、覚悟しておくのがいいかもな」
「はい」ザカリアは自分の想像と現実のギャップに少し戸惑った。
「それで、局長からは今回の任務について聞いたか?」
「ええ、簡単には。博士の護衛と軍港の偵察ですね」
「概要はそんなところだ」
「あの、」
「どうした?」
「詳細は、大尉から説明してもらうようにと、来るときに局長から言われました」
それを聞いた大尉は思わず鼻で笑った。
「相変わらず局長は忙しそうだな。まったく俺はブリーフィングが苦手だというのに」
それから大尉は机上の書類を整頓しながら続けた。「さて、その前にだ。装備は何か支給があったかい?」
「装備ですか?」ザカリアは不思議そうな顔をした。
「服とか身分証とか、銃とかそういうものだ」
ザカリアはそれを聞いて納得した様子で話した。
「ええ、このスーツは支給されたものです。それと身分証は事務部門から受け取りました。ただ、デスクはまだ準備ができていないそうです」
「そうか。拳銃はいつもの三十二口径か?」
「ええと……銃は。まだ受け取っていません」
「は?」大尉は聞き返した。「軍の教練は受けたんだよな? 射撃訓練も?」
「はい、銃の扱いも、拳銃と小銃と両方の射撃訓練も受けました」
「なんだぁ、新米だからって、まだ支給しないつもりだろうか、あるいは手違いか、」大尉はボソッと愚痴をこぼすようにつぶやいた。
「そうだ、俺に支給されてたのを貸しておこう」
大尉はそう言ってデスクの一番下の引き出しを漁り、ホルスターと拳銃をデスクの上に置いた。
諜報局の現場職員に支給される銃はいくつか種類があったが、軍や警察組織なども含めて所持の必要がある政府機関職員の各自に支給される標準的な代物であった。仕様としては、三十二口径で装弾数は八発、弾倉を取り換えると自動で弾を装填する仕組みを備える。装填した状態でも安全に携行できるセーフティを備え、ホルスターから抜きやすいよう直線と曲線をうまく組み合わせた形状をしていた。
それと諜報局では、状況に合わせて自身で選んだものを使用することも許可されていた。そのためウルバノ大尉は普段、支給された銃ではなく自身が陸軍兵時代から使っている銃を身に着けていた。
「使い方は大丈夫だろう?」
「はい。ですが、大尉はどうなさるのです?」
「俺は陸軍のときからのを使っている」大尉はそう言って背中の腰の方へ手をやると銃を取り出して見せた。
それは大型の自動拳銃で、やや古い型式の銃だった。現在主流のグリップ部分に弾倉を備えるものと違い、リボルバーのように引き金より前方に弾倉を備えるデザインだった。三十口径、装弾数は十発。大尉の持っているものは、弾倉の取り換えで二十発にもすることができるうえ、単発と連射を切換え可能なモデルだった。この形式の銃はまだ旧式とはされていなかったが、第一線からは退き、後方部隊や装備が不足時の予備として使われていた。
「こっちの方が使い慣れているもんでね」
大尉は得意げに言って見せたが、ザカリアは銃には関心がなさそうな様子だった。そして、彼女は受け取った拳銃の検分をした。弾倉は空だった。
「あの、弾は…」
「おっと、そうだな」大尉はまたデスクの引き出しを漁り始めた。
「管理部門のとこへ行ってもいいが。確か、予備が残ってたはずだ」
その間にザカリアはホルスターをベルトに着けて銃を下げてみた。訓練の際にも銃は持ち歩いたが、スーツ姿で拳銃を見つけるとずっしりとした銃の重みを直に感じる気がした。
「よし、一箱見つけた」大尉はそう言って弾薬一ダース入りの箱を見せると、ザカリアへ手渡した。
「ありがとうございます」
「まあ、どうってことないさ。それとデスクもしばらくは今君の座っているとこのやつをつかうといい。だれも使ってないしな」
「了解です」
ただ、デスクの半分以上の面積には書類の山ができていた。
最初の事務仕事は……書類整理かしらね、とザカリアは考えると、そっと笑みをかみ殺した。
「さて、任務についての打ち合わせといこうかい、」大尉は少し考えるそぶりを見せてから続けた。「小会議室でするとしよう。移動だ」
大尉は書類を抱え、二人はオフィスを後にした。