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その5

 そうして初日が終わった。

 桜子、進藤、菊池に玄関で見送られ、私たち生徒四人は部屋を後にした。

 大通りに出ると、美江が振り返った。

「私たちはメトロですけど」

「あ、私たちはJRですので、じゃあ、ここで」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 私たちは、習ったばかりの挨拶をして、右と左に分かれた。

 美江、真奈美の二人と別れて歩き出した後、留美がそっと後ろを確認してから言った。

「実はさ、言わなきゃならないことがあって」

「何」

「お教室に申し込んだ後、ネットで調べてみたんだけど、桜子様って詐欺師らしいのよ」

「えっ」

「詐欺師って言ってもそんなんじゃなくて、経歴詐称。華族の末裔ってのは嘘らしいって噂」

「じゃ、どこの誰なの」

 問いかけながら私は、桜子は直美に違いないと直感した。

「詳しいことはわからないんだけど、ただの普通の人かも。礼儀作法のお教室やるのに、華族の肩書きだとそれっぽく見えるじゃない。まあ、ありがちだよね。ただ、お金をだまし取られるとか高額商品を買わせられるとか、そういう系の変なことはないみたいだから、一応様子を見て、おかしなとこがあったら、貴方は華族じゃないでしょ、って言ってやろうかと思ってたんだけど。今のところ普通にちゃんとしたこと教えてるみたいだし。黙っててごめんね」

「ううん、全然。でも経歴詐称の他は何も無いんでしょ。だったら、月謝もそんなじゃないし、まあ」

「うん、私もそう思って。暴露するのは一通り作法を習ってからでもいいかなとか。一応、そんなとこだから、何か変なところがあったらいつでも追及しようね、と言う感じで、よろしくね」

「うん、オッケー、オッケー」

 私は逆に、桜子の経歴を疑っているのが自分だけでないことに気が楽になった。

「じゃあ、あの進藤さんや菊池さんはどうなのかしら」

「どうなのかしらねえ。グルなのかもしれないし、何も知らずに信じてるのかもしれないし」

「ま、いっか。どうせ三ヶ月の期間だし」

 そうだ、たった三ヶ月のことだ。桜子が直美であろうとそうでなかろうと、三ヶ月後にはまた関わりが切れるのだ。

 幼馴染の友人や実家の母に訊けば、直美のことはわかるかもしれない。直美の実家がまだ同じ場所でお店をやっている可能性もある。

 だが、確かめたところで何になる。桜子が直美だとわかったらマナー教室に行くのをやめるのかと言う話になるし、せっかく留美が見つけてきてくれたのに申しわけない。そこまでするほどの大事だとは思えない。

 とりあえずは三ヶ月、留美の言う通りに過ごしてみよう。


 帰宅した私は、初めての教室で緊張したのだろうか、少し疲れを感じていた。

「今日、例の礼儀作法のお教室だったの」

 夜、帰宅した夫に、夕食の皿をテーブルに並べながら言った。

「ふうん、どうだった」

「今日はね、挨拶のマナーだった。立ち方とか、お辞儀の仕方とか、言葉遣いとか」

「役に立ちそう?」

「まあまあね。次は冠婚葬祭のマナーもやるから」

 夫の関心が薄い気配を感じた私は、適当に話を終わらせた。

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