その12
「ねえ、桜子様ってもしかして生活に困ってるんじゃないかしら」
その日の教室が終わって外に出た途端、美江が小声で私たちに言った。
「お部屋も思ったより貧弱だし、今日のお話も、自分が地味な服を着ていることへの言い訳みたいじゃない。お教室も生活費を稼ぐためだったりして」
いつもなら自分も日常的にしているような下世話な詮索を、私は少し不快に思った。多少の罪悪感も手伝ったのかもしれない。
「さあ、どうなのかしら」
私は曖昧に返事をした。
美江とは反対に、私は桜子を好意的に思うようになった。
やたら高価な服や宝石を身に着けたりせず、私たちにもそれを勧めなかったからだ。
もしかしたら桜子も、他の場所ではライバルの女性たちと美装を競ったり駆け引きをしているかもしれない。私たちを同等とみなしていないからのかもしれない。それでも私たちのレベルに合わせた話をするのは、彼女が貴族の妄想の世界だけで生きているのではない大人である証ではないだろうか。
少女時代の「桜子」は、貴族の上っ面だけを真似している少女だった。もし桜子が私の知っている「桜子」だとしたら、「桜子」はあれから何十年も貴族ごっこを続け真の貴族の心を成長させてきたのだろう。
私はいつの間にか教室の時間が楽しみになっていた。何より講義後のお茶会が好きだった。
菊池や朱鷺男の話は面白かった。貴族や王族の話だったり、私の知らない世界の話だったり、少女時代に幻想的な物語を読んでウットリした、長いこと忘れていたあの感覚を思い出させるのだ。
桜子が直美かもしれないことなど、いつの間にか忘れていた。安っぽい部屋も気にならなくなった。
私たちは、まるで貴族のサロンにいるように、言葉遣いも所作も上流階級の婦人になりきって時間を過ごす。その時間だけは、自分がどこの誰かなど関係ない。現実は遥か宇宙の彼方にある。
教室の外へ出ると私は覚める。
帰りがけに寄ったスーパーマーケットで特売品をカゴに入れ、晩ご飯のおかずを考える。それが私の現実である。
思えば、私はこんな風に自分の自由な時間を持つことが少なくなっていた。いつから本を読まなくなっただろう。いつから夢見ることを忘れただろう。
結婚するまでは、時間を自分の思うように使っていた。空いた時間を自分の趣味のために費やし、その時間は、現実社会の束縛から解き放たれ、心を自由に遊ばせられた。
結婚してからは、それらの時間は家事や育児に割りふられ、自分のための時間は少なくなっていった。子供が小学校に入り、ようやく時間と気持ちに余裕ができるようになったとはいえ、家族優先の生活は変わらない。
マナー教室の話を夫にする時、私は菊池や朱鷺男の話をしなかった。
特に深い考えがあったわけではないが、他の男性と楽しく団らんしていると邪推されるのを避けていたのかもしれない。
娘にはお辞儀の仕方などを遊び半分に教えた。大人っぽいことに憧れる年頃の娘には、うってつけの遊びだった。




