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学年首席はそう簡単に落とせない  作者: ばっどふぉーみぃ
1/3

『僕が彼女の名前を知った日』

初投稿です



春は嫌いだ。



首筋を撫でる暖かい風は不快だし、小鳥たちの合唱は喧しい。色とりどりの花は見ていて目が疲れてしまう。出会いの季節?その出会いが良いものだという保証はどこにあるのだろうか。一生後悔することになる出会いだってある筈だろう。だのに、世間はそれを隠して、出会いがとても素晴らしいものだと嘯く。だから、出会いの季節である春は美しいのだと。冗談は程々にして頂きたい。



そう、そして、僕はこの春、その最悪の出会いを果たしてしまったのである。



僕は一生、この出会いを後悔することになるだろう。



「ねぇねぇ、何読んでるの?」



不意に僕の右肩に手が置かれる。どうやらお出ましのようだ。忌々しげにそちらを向くと、()()の視線は僕の持つ本にじっと注がれていた。



「……これだよ」



芥川龍之介の『羅生門』。誰もが知る名作である。かく言う僕も知っているし、たぶんあそこの図書委員も知っている。幼子か世間知らず、あるいは相当の阿呆でもない限り、名前くらいは聞いたことがある筈だ。



「えーっと、茶川(ちゃがわ)竜之介の……なんて読むのこれ」



相当の阿呆がここに居た。



茶川(ちゃがわ)じゃない茶川(あくたがわ)だ。あと下の名前の方も多分違う気がする」



音じゃ分からない間違いをするな。



「もぅ、紛らわしいよ!茶川でいいじゃん!」



ご丁寧に指摘してやったにも関わらず、なんという言い草。芥川龍之介に謝れ。この際僕はいいから。



「よくないよ……後、ここ図書室だから。静かにしようよ」



さっきから周りの人に睨まれているし。誠に遺憾である。僕は悪くない、彼女が悪い。



「あ、そっか……それじゃ、出よっか」



そう呟くと、彼女は僕の手を掴んで立ち上がらせる。そのまま出入り口まで引き摺られていく僕。



いや、なんでだよ。



「ちょっと待て、どうして僕が君に付き合わなきゃいけないんだ」



「ほぇ?んー、私が付き合って欲しいから、かな」



「却下だ」



そう答えて彼女の手を振り払おうとするが、びくともしない。



「なんで離れないんだよ、君の手は万力か何かなのか」



「いや、イズモンが非力すぎるんだと思うよ……あと、女の子にそういう事言っちゃダメなんだからね」



「イズモンって言うな」



島根県にある神社のマスコットをやっていてもおかしくない。熊本県の某ゆるキャラのパクリだと叩かれるのが目に見える。



「えーっ、出雲(いずも)君だからイズモン、良いと思うんだけどな」



「君が良くても僕が良くない」



「皆も良いって言ってくれたよ?」



「皆が良くても僕が良くない」



そんな阿呆な渾名で呼ばれていると分かれば、きっと天国の母も泣き崩れるに違いない。絶対に阻止すべきである。



「全く、頑固なんだから……じゃあ、なんだったらいいの?」



「………普通に苗字で呼んでくれればいいよ」



「えーっ!やだやだ!何か距離感じるもん、それ!」



苗字ごときで大袈裟な。というか、君が僕に距離を感じて何か不都合があるのか?僕は無いけれど。



「って、こんな事言ってる場合じゃなかった!ほら行くよ」



「わっ」



彼女が歩き始めたせいで、またもやスーツケースみたいに引き摺られてしまう僕。両足に力を入れて抵抗を図るが、彼女の強大な力の前には無意味だった。恐ろしい女である。



「今失礼なこと考えてたでしょ」



「……まさか」



恐ろしい女である。












「……で、僕はどこに連れて行かれるわけ?あといい加減手を離せ」



時刻は既に十七時を回っている。あまり遅くなると、過保護な妹に怒られてしまうのだが。



「んー?ジュース買いに行くだけだよ。あと離さない」



「ふざけるな、僕を財布代わりにするつもりか」



「いや、そんなわけないじゃん……バカなの?」



前を歩く彼女の顔は見えないけれど、きっととても腹立つ顔をしていることだろう。



「バカとはなんだバカとは。僕は学年首席だぞ」



僕は俗に言う優等生である。今まで百点以外の点数を取ったことは無く、廊下に貼り出される優秀者ランキングは一年生の秋に見るのをやめた。どうせいつも一位だし。なおかつ二年生の今日まで皆勤賞というおまけ付きである。見たかこの優等生っぷり。優等生レベルにおいて、この学校で僕の右に出る者はいないだろう。



だが、そんな超絶優等生な僕を前に───いや後ろにして、彼女は大きなため息をついた。



「そういう事言ってるからだよ」



どういう事だよ。



彼女の言葉の意味を考える暇もなく、僕たちは昇降口裏にある自動販売機に着いてしまった。自動販売機前には三人の男がたむろしており、ジュース片手に頭の悪そうな会話をしている。



「あっ、伊澄(いずみ)さん」



「ん?マジじゃん!伊澄さんだ!」



「何してんのっ?」



長身の男が彼女に気付いたのを皮切りに、わっと彼女の周りに集まる彼ら。まるで夜の街灯に群がる虫のようだ。というか、彼女の苗字は伊澄と言ったのか。知らなかった。僕と一文字しか変わらないじゃないか。



四方八方に群がる虫ではなかった男たちにも動じず、彼女はリラックスした様子で片手を上げた。



「やぁやぁ皆。私はイズモンとジュースを買いに来たのだよ」



「イズモン?誰?」



そう言って顔を見合わせる面々。おい、『良い』って言われたんじゃなかったのか。



「もう、イズモンはイズモンじゃんっ」



怒ったように彼女が頬を膨らませるが、まるで通じていない。僕からすれば、「マジで誰だ?」「知らねぇ」「やべぇ、伊澄さんに嫌われちまう」と焦る彼らの方が気の毒に思う。浸透してもない渾名じゃなくて本名を言えよ。



「あ、ひょっとして後ろの奴?」



まるで今気付いたかのように、短髪の男が僕を指さす。



「あーっ………誰?」



「知らねぇ」



「分からん」



おい、本名すら浸透してないのかよ。



「……出雲(いずも)だよ、よろしくね」



見ていられなかったので自己紹介する。よろしくする気は全く無いけれど。



「あ、あぁ、よろしく……ん?」



「おい、出雲ってまさか」



「『首痛め(ペインネック)』の出雲弦一郎(げんいちろう)か?」



下の名前を知っている事には驚かない。学年首席という肩書きもあって、僕の名前はそれなりに有名だからだ。



でも。



「『首痛め(ペインネック)』って何なのさ」



「あぁいや、出雲クンっていつもテストの順位トップじゃん?」



「つまり、廊下に貼り出されるランキングで名前が一番上にあるわけよ」



「かなり上にあるから、見ようとすると首を痛める。だから『首痛め(ペインネック)』なんだ」



説明してくれたのは有難いけど、台詞を三人に分ける必要はあったのだろうか。



それにしても、『首痛め(ペインネック)』か……



「却下だな」



「うん、イズモンの方が可愛くていいよ」



「結論は同じみたいだけど過程が全く違う」



判断材料に『可愛い』はおかしいだろう。



「仲良いな、二人……デキてんのかな。ちくしょう」



「いや、まだわからん!諦めるな!」



「よし、俺が聞く。……なぁ出雲クン、ひょっとして付き合ってんの?その、伊澄さんと」



丸刈りの男が僕に身を寄せ、小声でそう聞いてくる。最後の方は消え入りそうな声だったのでよく聞こえなかったが、聞きたいことは分かった。



「うん、そうだよ」



「ぐっ!?」



「マジかよぉ!?」



「聞くんじゃなかったぁ……」



「なになに、何の話?」



……?どうして彼らは驚いているんだ?取り立てて騒ぐような話でもなかろうに。



「といっても、僕は勝手に付き合わされただけなんだけどね」



「なっ、伊澄さんから告白したってのか!?」



「こんな男のどこがいいんだ!?頭良いからか!?」



「ちくしょうエリートめ!」



「本当に何の話!?」



ん?彼ら、何か勘違いしてないか?ジュースを買うのに付き合わされたって話だぞ?



「あの、誤解のないように言っておくけれど───」



「黙れ黙れ!」



「俺達が邪魔者だって言いたいんだろ!?」



「言われなくてもそうしてやるよぉ!」



彼らはそうがなりたてると、地面に置かれた鞄を引っ掴み、校門目掛けて走り去って行った。手の中のジュースをそのままにして。



「……まずい事になっちゃったかもしれない」



彼らは恐らく、とんでもない勘違いをしている。願わくば、その勘違いが(いたずら)に広められませんように。



僕は校門から視線を外し、俯いている彼女に声をかけた。



「ごめん、今のは僕のミスだ。ひょっとしたら変な噂が流れて、君に迷惑を」



「変な噂って、どんな噂?」



俯いたままの彼女が僕の言葉を遮って、僕の喉が「んぐっ」と変な音を立てた。



「……その、僕と君が付き合ってるんじゃないかっていう」



「イズモンは、その噂が流れたら迷惑なの?」



「迷惑だね」



即答。



「そっ、か」



彼女の声は震えていた。



「それは、私じゃなく、別の女の子だったとしても?」



「そうだね」



恋愛なんてものに興味は無い。勝手にやってろ。やるのは自由だから。でも公共の場でイチャイチャするのはやめろ、妬み僻みじゃなく、単純に迷惑だから。



「そっか。そっか、そっかそっか……」



一言一言を噛み締めるような彼女の声は、もう震えていなかった。何か新しい芯を手に入れたかのような変わりようだが、今の会話のどこにそんな要素があったのか全く分からない。



「……よしっ」



彼女は頬をぱしんと叩くと、俯いていた顔を上げた。そこそこの力で叩いたらしく、頬が微かに赤く染っている。



彼女は軽く頷くと、咳払いをひとつ。そして、大きく息を吸って───吐いた。僕を見つめる大きな目は、僅かに潤んでいた。



「私、伊澄楼琉夏(るるか)はあなたの事が好きです。大好きです。愛しています」



「……いきなりすぎないかな」



……冗談だろ?



とは口が裂けても言えなかった。彼女の真剣極まる表情を見れば一目瞭然である。これで嘘や揶揄(からか)いだったりしたら、僕は一生女性不信になる自信がある。



だが、そうなると不思議なのは、『なぜ僕なのか』という点である。さっきの男たちじゃないけれど、僕の良いところなんて頭が良いくらいしかないぞ……



……うん、きっとこれは、僕が今考えても絶対に分からない類のものだ。ならば、別の事を考えるべきである。つまり、今日の夕食───ではなく、彼女の告白に対する答えだ。



これについては、すぐに結論が出せた。



「ごめんなさい」



僕は彼女の事を何も知らない。好きなものも嫌いなものも、何なら名前だってついさっき知ったくらいだ。伊澄(いずみ)楼琉夏(るるか)、書くのが大変そうだが良い名前だと思う。ともかく、彼女はもっと、自分の事を知ってくれている人と付き合うべきだ。僕なんかが付き合うのは失礼ですらある。



それに、僕には恋愛なんてする気は無いし───何よりも、たぶん出来ないと思うから。



「うん、まぁそうだよね」



苦笑する彼女。僕の答えが分かっていたみたいだ。物分りが良いのは嫌いじゃない。



「ねぇ、今日は五月十七日だよね」



「……?それがどうかしたのかい?」



首を傾げる僕を無視して、彼女は話を続ける。



「新学期まで、後四ヶ月弱はある」



「……何の話をしてるのさ」



支離滅裂な言葉は嫌いだ。苛立ちながら問うと、彼女は薄く笑みを浮かべて、僕をびしりと指さした。



「新学期。それまでに、あなたを落としてみせる」



堂々たる宣言に、僕は。



「………人を指さしちゃダメって教わらなかったのか」



そう答えるのが一杯だった。








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