1 プロローグ
命を犠牲にどんな願いも叶う
...だが、どんな命でもいいわけではない
願いを望む本人の命であること
そしてその本人が”青春を破棄”していること
この条件がそろえばどんな願いでも叶う。
これは桜森高校で密かに囁かれている噂だ。
「噂は噂でしかないんじゃないか?」
「そうなんだよね」と小さく頷き、それでも納得のいかない如月チヨは話を続ける。
「でも火の無い所には煙は立たない。何かしらの信憑性があって校内で噂として広まった。そうは思わない?」
教室の隣の席の如月は昼休憩の屈託を埋めるように語る。昼休憩の教室は騒がしく落ち着かない。
「シオンは叶えたい願いや願望はないの?可愛い隣の席の子と仲良くなりたいとかさ」
「今は特に願望なんてないよ、特に後者」
「青春の今に願いがないか、特に後者」
「今の僕たちが叶えたい願いなんて憧れなんだ」
「その憧れを現実的にするのが今の私たちの願いってこと?」
まっすぐこちらを見据える目には力がある。
「その願いを叶えるのは間違ってるの?」
僕と彼女の空間だけ切り取られたかのように、ここだけ異様な緊張感が漂っていた。
「憧れは憧れのままの方が美しいから。憧れなんて観測者の一方的な感情で盛り上がってるだけなんだ」
彼女は数分の沈黙を置き答えた。
「見ているだけの憧れは確かにとてもきれい。憧れを実現させるには並大抵の努力と才能がいる。そして誰もが叶えれるわけではない。それにはきっと挫折や失望を味わう」
「それはとても正しい推論だと思うよ」
「でも・・・でも今のはただの推論」
如月はゆっくりと息を吸い、間を図り最適な状況と言葉を選ぶ。
「シオンは誰かが憧れを追い挫折したらその人を助けるよ。だから悲観になる必要はない」
僕は少し困惑してしまった。頭がクエスチョンマークでいっぱいになるぐらい。
「僕はただの高校生だよ。そんなこと出来っこない」
「うーん。その人が難大に入ることに憧れていたら一緒に勉強して合格させるとか。その人が恋愛で悩んでいたら相談に乗って間を持ったり。私にはできないことをするの」
「それぐらいなら誰でもできそうだけど」
「うーん。とにかく凄いことをするの!」
僕はあり大抵の返事をした。よく分からない時はいつもこの言葉にしてる。
「気が向いたらそうするよ」
如月は、はにかんだ笑顔で誇らしげに語る。
「それでこそシオン」
「よく分からないけど良かったよ」
「うん?何が良かったの?」
「もう少しで君が暇にしていた昼休憩が終わるよ」
「そういうことか。じゃあ昼休憩が終わる前に!」
僕に出来るのは如月が暇にしていた昼休憩をお話しで埋めることぐらいだ。
それでも如月は僕に何故か期待してるようだった。
「お願い、私が困り果ててる時に気が向いたら助けてね」
僕に助けれるか分からないけど、気が向いたら幸せな方向にお手伝いをしよう。
そう心から思ってしまった。
※
管理棟二階にある職員室に向かった。
先生に依頼の確認をするために。
こんな事をしていて意味があるのか分からない。
時間の無駄を繰り返しているだけかもしれない。
どれだけ繰り返しても自己満足なりえることなのだから。
―――僕は既に人を傷つけてるのだから。
毎週木曜日には必ず職員室に行く。
誰かからの願いを解消するために。
僕が噂の煙を立てたのだ。
この桜森高校に密かに囁かれている願いが叶う噂の火を。
誰もが大なり小なり願いはある。人間なのだから。
だが精神的に不安定になりやすい思春期は壁が大きく立ちはだかる。
越えられない壁があると人間は逃げてしまう。だが逃げることはいいことだ。
『Tomorrow is another day』
スカーレット・オハラの最後のセリフだ。
これを存知して前を向いて生きている。
それが出来るのはいいことだ。
でもできない人もいる。どうしようもなくてその結果を受け止めきれず挫折する人もいる。
そんな人達に少しでも前を向いてもらえるよう手を貸すのが僕と先生が考えた結論だ。
職員室左奥にある担任の白野先生を訪ねた。
先生は顔を見るなり背を向け歩き出す。ついてこいということだろう。
職員室隣の進路室へ。部屋を変えるその重みは取り急ぎの依頼がある、その合図だ。
進路室は名前だけの倉庫に過ぎない部屋だった。そこを白野先生が整頓し、ソファを置き、珈琲メーカーを置き私物化して使用している。
なので中に入ると珈琲の香りが漂う。
進路室に入ったら一人の青年がソファーに腰かけていた。
その青年は生きているとは思えない放心の表情でこちらを伺っている。
「こいつは叶えたい願いがあるそうだ」
先生は青年の向かいのソファーに深く腰をかけながら言った。
僕もそれに合わせソファーに腰かける。
だがソファーに腰かけ安堵するも青年の言葉が空気を重苦しく一変した。
「僕は――――――。」
たどたどしいその口調とは裏腹に酷烈な言葉が発せれらた。
※
その次の日の三限目の十分休憩。ちょうどお腹がすき始め、昼休憩までのラスト授業の四限の準備時間。
机の上に授業に必要な教科書類を準備していく。
「また面倒ごとに首を突っ込んでるんだ」
如月も授業の準備をしながら目線をこちらに向けず話しかけてくる。
「今日の放課後教室に残って話を聞かせて」
僕と如月は部活に所属していない。暇を見越してだろう。
「今日は彼女と放課後にデー・・・」
「あー、面白い冗談」
渾身の自虐ネタだったが途中で遮られた。お気に召さなかったようだ。
「もしかしたら僕は今日の放課後依頼を放棄して遊んでいるかもしれない」
「そうしても私は別にいいと思う。人の命は重たいから」
「でもそのifは確実にない。僕は出来ることをする」
「彼女のifを否定しない意地は流石だね」
冗談を言ってくる如月は平常運転のようだ。
「ifではなくingにするさ」
如月は間を空けて、真顔で告げた。
「告白する時は時と場所を選んでね」
少しの間と憐みが僕にすれ違いを気づかせる。とてつもない勘違いが起こっている。
「今のは如月にアプローチしたんじゃなく決意表明だよ」
「あら、そう」
如月が力ない声をかける。表情も少し硬い。
「ごめん、別に如月が可愛くないわけじゃなくて・・・」
今更何を言っても変わらないが機嫌を損ねると非常にマズイ。如月はかなり根に持つ。
「何を言ってるの?」
「慎んだ態度になったから怒ったのかと思って」
フッ、と軽い笑みを浮かべ自身に満ちているようだ。
「私が慎んだのはもう授業が始まるから」
授業開始のチャイムがなり僕の敗北が決した。




