五章五話 『意外なクソガキ』
とりあえず大雑把な話だけを聞き、ルーク達三人はミールに連れられて王の間を訪れていた。
中に入ると既にバシレを含めた三人が待っており、白髪の少女はルークを見て、
「どこへ行っていたんだバカ者」
身を屈め、床を蹴って一気にダッシュ。そのままの勢いで飛び上がると、揃えた両足をルークの胸へと叩きつけた。要するに、ドロップキックである。
突然の衝撃に『ブギャ!』となさけない断末魔を残し、ルークは後方へと吹っ飛んだ。
「一人で勝手に出歩くなと何度言えば分かるのだ。貴様にもしもの事があったらどうするつもりだ」
「今、そのもしもの事が起きてるんですけど……」
「私の言葉を無視した天罰だ。精霊直々の罰だぞ、ありがたくその身に受けろ」
「ありがたくねぇよクソが。いつか必ず百倍にして返してやるかんな」
綺麗に胸についた靴跡を手で払い、ルークとりあえずこの場でやり返す事はせず、自分の怒りを静める。立ち上がり、バシレの元まで行こうとしたが、ソラの他にもう一人の少女が居る事に気付いた。
その少女はルークを見るなり眉間にシワをよせ、
「なんでテメェがいんだよ、クソ勇者」
「あ? 口のきき方に気をつけろクソガキ。俺はルークさんだ」
「なんでアタシがテメェをさん付けで呼ばなきゃいけねぇんだよ」
「ガキのくせに仕付けがなってねぇな、お兄さんがこの場で叩き直してやるよ……!」
確か名前はリエル。なぜかルークに対して、好戦的な態度をとる少女と記憶力している。そして、今まさにそれが行われていた。
ソラの事もあり、ルークの怒りは限界値を突破。ポキポキと指の骨を鳴らしつつ迫るが、
「落ち着いてください。相手は年下ですよ、もう少し大人の対応をですね……」
「知るかんなもん。ガキの頃から仕付けをちゃんとしてねーからこうなるんだ。俺が大人として教え込んでやる」
「だからルークさんはそんな感じなんですね。とんでもないブーメランです」
「俺は良いんだよ。でも他の奴が生意気な態度とってるとムカつく」
「はいはい、やるとしても今度にしてください。今は王の話が先ですよ」
とんでもない暴論を吐くが適当にあしらわれ、なおかつ襟首をガッシリと掴まれて引きずられるルーク。ティアニーズに引きずられるがままに距離を離され、王の目の前まで移動。
すると、今度はリエルの頭にミールの拳が刺さった。
「ッてぇ……! いきなりなにすんだよ!」
「君の態度が悪かったからね、隊長としての仕付けだよ」
「アタシは悪くねーだろ! あのクソ勇者がわりぃんだよ」
「女の子なんだから言葉遣いも直さないとだね。文句はあとで聞くから、今は話が先だよ」
こちらもこちらで大変なようだ。ミールはリエルの耳を引っ張り、抵抗出来ないようにすると、そのまま引きずるようにして王の前まで移動。
ザマァみろ、的な視線を送るルークだったが、ティアニーズの肘が後頭部に直撃し、見事撃沈するのだった。
色々あったが全員揃い、バシレは空気を入れ替えるようわざとらしく喉を鳴らす。全員が姿勢を正し、静まったのを確認すると、
「ルーク、エリミアスはどうした?」
「先に部屋に戻るってよ。無傷でちゃんと連れ帰って来た」
「そうか、なら良い」
とりあえずは娘の安否確認。多分、ルークとリエルが騒いでいる間も、その事が気になって仕方なかったのだろう。
安堵するように息を吐き、今度こそ本題へと入った。
「ミールから聞いてると思うが、お前達五人にはサルマに行ってもらう。俺の命令だ、断る事は許さねぇぞ」
「すみません、一つ良いですか? この場には六人居るんですけど」
王の間にはバシレを除いて六人の人間が居る。ソラは精霊なので別だが、バシレはソラも人間としてカウントしている。
全員が首を傾げる中、トワイルの質問に答えるようにミールが手を上げた。
「僕は別件があって行けない。行くのはトワイル君、ティアニーズ、ルーク、ソラ、そしてリエルの五人だ」
「はァ!? なんでアタシがコイツらと一緒に行かなきゃなんねぇんだよ!」
「君の専門分野だからだよ。とりあえず、ルークはサルマについてどれくらい知っている?」
「南にあるでっかい都市」
「分かった、なにも知らないって事だね」
荒ぶるリエルを片手押し退け、ミールはルークへと質問を投げ掛ける。浅い知識を聞かされ、苦笑いするしかないようである。
ともあれ、ルークの知識はそんなもんなのだ。サルマでなくても、五大都市に関する知識はとりあえずでっかい都市。そのレベルだ。
「サルマ、別名水の都。南にある海上都市をサルマって言うんだ。町中に水路が張り巡らされていて、そこの水は綺麗で美味しい。僕も何度か言った事があるけど、その度に感動しているよ」
「私も一度だけ行った事があります。確か、水の精霊を奉るために作られた都市なんですよね?」
「あぁ、良く知っているね。サルマの下には水の精霊を奉る神殿が建てられているんだ。その加護を受けているからこそ、サルマの水は新鮮で美味しいとも言われてるね」
精霊、その単語を聞いた瞬間に、ソラの眉が少しだけ動いた。
それに気付いて視線を送るが、なにも知らないと言いたげに首を横に振るだけだった。ルークのせいで記憶がないので当然の事なのだが。
ルークは再びミールに視線を移し、
「そんで、そのサルマになにしに行けば良いんだ?」
「今、サルマでは呪いが流行っているんだ。ここ数ヶ月、原因不明の呪いに苦しみ、死んでしまった人も居る」
「呪い……あぁ、メレスがそんな事言ってたな」
サルマ、そして呪いという単語を聞き、ルークの中でパズルのピースがはまった。
ゴルゴンゾアでティアニーズが呪いで倒れていた時、メレスがそんな事を言っていたーーその程度の知識だが。あの時は色々と苛立っていたので、話半分でしか聞いてなかったのだ。
「一応、僕の部隊で対応していたんだけどね、どうやら状況があまり芳しくないらしい」
「治せねぇって事か?」
「いや、中には解呪出来ない人もいるけど、ほとんどの呪いは解けるよ。けど、それを上回る速度で増えているんだ、呪いにかけられた人間が」
「確か呪いを解く方法って、その元をぶっ壊すんだよな?」
「そう、今回君達にお願いしたいのはそれだよ」
待ってましたと言いたげに手を叩き、ミールはルークの顔を見て頷く。今のは完全たに誘導尋問だろう。一つ一つの情報を小出しにし、あたかも相手が自分で答えにたどり着いたように仕向ける。
絶讚されているようで悪い気はしないが、恐らくミールはそっちの方面に長けているのだろう。
ようやく本題に入り、全員の視線がバシレへと集中。が、思ったよりも要件を言われて拗ねているのか、頬杖をつきながらもう片方の手の指を二本立て、
「お前達にやってもらいたい事は二つ。呪いの原因の解明、そして解決だ」
「そういう事。僕達第四部隊は解呪が得意な人間が集められた部隊なんだ。その中でもリエルはかなり優秀な方。知識は僕の方が上だけど、腕は間違いなく彼女の方が優れているよ」
「ふーん、生意気なガキと思ったけど意外とすげーのな」
「誰が生意気なガキだ! 別に褒めてもなにもやらねぇかんな」
腕を組み、ふん!と鼻を鳴らしながら体の向きを変えるリエル。ルークの言う通り、やはりガキなのだろう。そして、褒められると弱いタイプでもあるらしい。
要件は理解した。しかし、ここで一つの疑問がわいてくる。
「断っても無理だろうから行くのは構わねぇが、俺がここ離れて平気なのか?」
「あぁ、黒マントの事か」
「正直言って、騎士団の奴らじゃ勝てねぇと思うぞ。俺もボコられてっけど、多分あのメウレスって奴でも負けると思う」
「メウレスが勝てない、か。そりゃ本格的にマズイな」
現在、黒マントの消息は不明だ。騎士団が色々と探し回っても見つからず、これと言った目撃談すらない。すなわち、あの圧倒的な強さの塊がこの王都に居る可能性があるという事だ。
向かいあったルークだからこそ分かるが、恐らくアレは隊長が束になっても敵わない。
しかし、バシレは言葉とは裏腹に危機感のない様子で語る。
「いつ来るかも分からない脅威と、今目の前で起きてる脅威。どっちを優先すべきかは明白だろ」
「王の言う通りだよ。サルマでは無視出来ないほどに被害が増加している。どうにかしたいのは山々だけど、どうやら僕達の力だけでは解決する事が出来ない。だから、勇者である君の出番だ」
「俺は俺の目的のために戦うだけだ。けどよ、俺呪い解くとか出来ねぇぞ?」
「それはリエルの役目だよ。トワイル君、ティアニーズ、ルーク、君達には呪いの元凶を突き止めてもらいたい。それが魔元帥なのか、普通の魔獣なのか、それとも人間のしわざなのか。それすらも分かっていないんだ」
「分かりました。俺達で原因の解明、解決ともに迅速に行います」
トワイルは頭を下げ、それに応じるようにミールが微笑んだ。
難しい話は分からないが、やる事は今までのなんら変わりないようだ。魔元帥が関わっているかもしれない以上、ルークもしても見過ごす事は出来ない。
全ては自分の平和な生活のために。
「こっちの警備を薄くする事は出来ねぇ、黒マントの事もあるしな。だから少数で事に当たってくれ、向こうに行けば第四部隊の連中も力を貸してくれると思うしな」
「既に話は通してあるよ。向こうの指揮はマズネトという男に任せてある、一応副隊長だから詳しい事情は彼から聞いてくれ」
「アタシが行く必要ねぇだろ。ここに居た方がつえぇ奴と戦えて面白そうだし」
「君の力が必要だから向かわせるんだ。リエル、期待しているよ」
「へいへい、隊長の指示に従いますよ」
ミールの言葉を受け、チラリとルークに視線を向けてから甘受するように頷くリエル。サルマに行く事、というよりもルークとともに行動する事が気に入らないらしい。ともあれ、ミールの口振りからして実力は本物なのだろう。
ルークとしては誰が一緒だろうとやる事は変わらないので、特に人選に対して不満の声を上げる事はしない。
話がある程度のまとまりを見せ、最後に締めるようにバシレが手を叩いた。
「ま、こっちの事は任せろ。騎士団の奴らは簡単に根を上げるような奴じゃねぇ、たとえ黒マントが攻めて来てもどうにかする」
「僕は行けないけど、あとの事は頼んだよ」
「この隊の指揮はトワイル、お前に全てを任せる。無理を言うようだが、誰一人死なせずに解決して戻って来い」
「はい、勿論そのつもりですよ。俺の前で仲間は誰一人死なせません」
「なら安心だな。出発は明後日、各自体を休めて備えるように。以上、解散」
最後に全員が頭を下げ、とりあえず見よう見まねでルークも同じように頭を下げる。当然、隣の精霊さんは逆にない胸をはっていた。
エリミアスに付き合わされ、ルークの疲労は既に限界を向かえている。一足先に広間から出ようと扉に手をかけるが、そこで異変に気付く。
閉めた筈の扉が、ほんの少しだけ開いていたのだ。
「どうかしましたか?」
「ティア、お前扉閉めたよな?」
「はい、基本的にこの部屋での話は外部に漏れてはいけませんから」
「……なら良いんだけどよ」
後ろで首を傾げるティアニーズを他所に、ルークの頭の中では嫌な予感がぐるぐると回る。しかし、そんな事はありえないと浮かんだ考えを隅に押しやると、ルークは王の間をあとにしたのだった。