五章二話 『姫様は悪女』
「なので、私はこれからルーク様とお出かけします!」
「ん? いやまて、なにが『なので』なのか全然分からねぇぞ。おいルーク、どういう事だ」
「俺に聞くんじゃねぇよ。おっさんよりか俺が一番知りてぇよ」
という訳で、わがまま姫様につられてやって来たのは王の間である。半ば強引、というよりも強制的に引きずられ、事情を全く知らぬままつれて来られたルーク。
バシレも首を傾げて頭の上にはてなを浮かべているが、ルークはその数倍状況を理解していない。
「これからルーク様とご一緒に町へ出たいのです」
「そういう事か。ダメだ、危険過ぎる」
「なぜですか! 私だって自分の目で世界を見てみたいのです」
「まだ魔元帥が居るかもしれねぇからだ。ルークの言ってた黒いマントの男、ソイツの行方が全く掴めてねぇんだよ」
ここ数日、あの黒マントを探すべく騎士団が総力を上げて捜索していた。が、その労力を嘲笑うかのように、黒マントの目撃談はおろか影さえ掴む事が出来ずにいた。
そもそも特徴がおおざっぱ過ぎるので無理はあるが、騎士団の力でも見つけ出せないとなると、それだけ相手が身を隠す事に長けているのだろう。
そんな懸念もあり、バシレはどうあってもエリミアスを外へは出したくないようだ。
ポリポリと頬をかき、不満そうに唇を尖らせるエリミアスを見て、
「またお前が狙われないとも限らない。だからルークをあまり外へ出歩かせないようにしてたんだ」
「え、そうなの?」
「あぁ、お前を殺されるのが俺達にとっちゃ一番大きな損害になる。確実とは言えねぇが、外に居るよりも城の中に居た方が安全だろ」
「マジかよ、初耳だぞそれ」
ルークのニート生活にもそれなりの理由があったらしい。
初めての情報に驚いていると、横に立つエリミアスが声を上げた。
「その方がまだ王都に居るのだとしても、町中で襲っては来ないと思います」
「かもしれないな。だが、襲って来る可能性だってある。可能性がある以上、危険な行動は避けるべきだ」
「で、ですが! 黒いマントの方は逃げたのですよね? でしたら、目的は果たした筈です」
「前は逃げた。が、それは今は無理だと判断したからだろ。もう準備が整ってるかもしれねぇ」
どこまでもバシレは冷静だった。的確に言葉を選び、娘であるエリミアスに容赦なく言葉をぶつける。娘だからこそなのかもしれないが、段々とエリミアスの表情は落ち込みを見せる。
しかし、これで諦めるのなら脱走なんてアホな事はしない。
「危険でなければ良いのですか?」
「……まぁ、そうだな。安全が確保出来て、お前の無事が確実になればな」
「それならば大丈夫です!」
「いや大丈夫って……なにが大丈夫なんだよ」
ルークとバシレが同時に首を傾げる中、一人だけ場違いなテンションで両の拳を握るエリミアス。その顔がルークの方を向き、可愛らしい笑顔を浮かべたかと思いきや、腕を掴んで無理矢理引き寄せ、
「ルーク様が居るからです! ルーク様は勇者様ですから、たとえ魔元帥に襲われたとしても私を守ってくださります」
「いや、話聞いてた? ソイツも狙われてんの」
「いや、話聞いてた? 俺も狙われてんの」
「お父様はルーク様の力を信用していないのですかっ!」
バシレ、ルークともにスルー。
彼女の懇談は多少分かって来たが、恐らくなにかを言わずともバシレがやってくれるだろう。と勝手に決めつけ、ルークは口を出す事を止めた。
どーせ話したとしても無視させるのだから。
「そういう訳じゃねぇが、もしもの事を考えれば外に出すのは無理だ」
「今、町では騎士団の方々が見回りをしているのですよね? でしたら、危なくなったら助けを呼びます!」
「間に合わなかったらどうする?」
「間に合います。必ず、皆さんは私を助けてくださります」
「う……間に合ったとして、関係ない一般人を人質にとられたらどうするつもりだ」
「助けます。私とルーク様と騎士団の皆さんなら、きっと助け出せます。魔元帥にも勝てたのですから」
娘の必死な訴えに、若干の動揺が見られるバシレ。前の朝食の時に思ったが、この父親は娘に甘いようである。父親のさがというやつだろう。
しかし、その甘さゆえに譲れないものがあるようで、
「それはお前の希望と願望だ。必ずしもそうなるとは限らねぇ」
「なります。だって、騎士団の皆さんはお強いですから。それはお父様が誰よりも分かっていらっしゃいますよね? それとも、お父様は信用出来ない方々を自分の護衛にしているのですか?」
「そ、そういう訳じゃねぇよ。ただ、もしもの事を考えた時、一番リスクの少ない方法をとるべきだろ」
「お父様は信用してないのですね……。騎士団の皆さんも、私も、ルーク様も……。残念です……私……」
「え、あ、いや、泣くなっての」
現在、エリミアスはうつ向いているので、前髪が邪魔をしてバシレからではその顔が見えない。バシレは声が震えているので泣いていると思っているようだが、横に立つルークはエリミアスの悪い笑みがよーく見えている。
(コイツ性格わりぃ)
心の中で小さく呟くが、ルークの顔は微笑んでいる。なぜなら、聖人のような真面目ちゃんよりも、ルークはどちらかと言えばひてくれている人間の方が好きなのである。
女の涙、そして娘という特権をこれでもかというくらいに行使し、なおかつ信用という単語を挟んで惑わしている。
とんでもない悪女である。
「私、お父様の事が大好きなのです。なのに、お父様は私の事を信用していらっしゃらない。私だけならまだしも、他の方々も……」
「いやだから、そこまで言ってないだろ」
「お父様の事が……嫌いになってしまいそうです」
「な、なにぃ!!」
とどめの言葉、『パパなんて大嫌い!』が発動。効果は抜群だ。
ひじ掛けに置かれた手が目にも止まらぬ速さで震え、歯をガチガチと鳴らし、本当の絶望という表情を浮かべるバシレ。
ルークには分からないが、父親にとってもっとも言われたくない言葉なのだろう。
「お父様はいつも優しくて、私のために欲しい物をなんでも与えてくださりました。けれど、けれど……」
「ま、まてまて、俺はお前の事を心配しているから言ってるんだぞッ」
「お父様は、私の事がお嫌いなのですね……」
「バカ言え! 大好きに決まってんだろ、愛してるよ、ちょー愛してる。目に入れても全然痛くない! ほら、来いよ!」
とんでもなく動揺しているらしく、目に飛び込む事を強要するバシレ。死ぬかもしれない状況に立たされても冷静だった筈の男が、こうして慌てふためく光景はルークの大好物である。
ケタケタと怪しい笑みを浮かべるルークの横で、エリミアスはうつむきながら追撃。
「その愛は本物ですか?」
「当たり前だ! 俺はお前さえ居ればあとはどうなろうが良い!」
王の言葉として、これ以上不適切なものがあるだろうか。国を投げ出してでも、エリミアスのご機嫌をとるのに必死である。
「でしたら、その証拠をください」
「証拠? おう、なんだってあげちゃうぞ」
「外に出る許可をください」
「い、いや、流石にそれは……」
「だいっきらーー」
「分かった! よーし行って来い! パパお前の事大好きだからね!」
王、撃沈。
どうしても聞きたくない『大ッ嫌い』という言葉を己の叫びで消し飛ばし、勢いで立ち上がって歯を光らせながらサムズアップ。
待ってましたと言わんばかりに顔を上げ、とどめの上目遣いを発動するエリミアス。
「ありがとうございます! お父様大好きです!」
「そうかそうか、俺の事が大好きか。そうだよな、大好きだよな!」
「はい、世界で一番愛しています!」
「俺も愛しているぞ、エリミアス!」
(いや、なにこの茶番。俺の意思は?)
面白くて見守っていたが、どうやらお出かけが決定してしまったらしい。壮大な親子愛の物語?を見届けたというのにも関わらず、一切込み上げるものがない。
そういう感性が欠けているという事もあるが。
「うっし、ルーク、お前に王直々の命令だ。必ずエリミアスを守れ、お前の命に変えてもだ」
「やだよ、俺が行く必要ねぇじゃん。他の奴にやらせろよ」
「私はルーク様とご一緒したいです!」
「そういう事だ、断ったら死刑な」
「死刑ですよ!」
「黙れクソ親子」
勇者に対して死刑を行使しようとする辺り、この親子は中々頭のおかしい感じである。さりとて、ここで逃げ出す事も出来る訳でもないし、ルークとしても思う事がある。
ルークがまだ小さい頃の話だが、エリミアスと同じように村から出る事を村長が許可しなかったのだ。
『これルーク! 勝手に出てはいかんと言ってるじゃろ!』
『うっせぇババア! どこに行こうと俺の自由だろ!』
『誰がババアじゃ! わしはまだピッチピッチのムッチムチじゃぞ!』
『しわしわのよれよれの間違いだろ!』
なんてやり取りを繰り広げ、村長は頑なにルークを村の外へは出したがらなかった。
うざさ全快のルークはさておき、エリミアスの姿に昔の自分をほんの少しだけ重ねて見ていた。同情、というやつだろうか。
ルークは肩を落として、
「わーったよ、今回だけだかんな。今後一切やらねぇかんな」
「本当ですかっ? ありがとうございます、ルーク様!」
ピョンピョンと飛び跳ね、嬉しさを全身で表すエリミアス。さきほどまでの悪女モードとは大違いである。
デートが決定し、早速部屋を出ようとするが、そこでバシレがわざとらしく咳をした。
「町に出るのは構わねぇが、いくつか約束をしてもらうぞ」
「はい、勿論なのです」
「まず一つ、昼までには絶対に帰って来る事。二つ目は、騒ぎを起こさずに静かにする事。そんで三つ目は、なにかあったら必ず助けを呼ぶ。分かったな?」
「はい、必ず守ります。安心して待っていてください」
そもそも姫様が町に出る時点で騒ぎになりそうだが、そこら辺は変装で誤魔化すのだろう。そして、この姫様に静かにしろというのが一番難しいと思われる。
ルークは待ち受ける厄介に大きなため息をこぼし、部屋を出ようとするが、
「あと一つ、これはルークに対しての約束だ」
「俺? 別になんもしねーけど」
「娘に手ェ出したら殺すかんな、覚えとけよ」
「りょ、了解っす」
基本的に、この男は王である前に一人の父親としての方が強いようだ。
殺意と狂気、その他諸々の悪感情の詰まった顔面に頬をひきつらせ、ルークは逃げるようにして王の間をあとにした。