表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
四章 王の影
90/323

四章二十八話 『戦果』



 それから数分後、魂が体から抜けかけているルークを他所に、女子三人組は楽しそうに会話に花を咲かせていた。

 記すのも躊躇うほどの事態が起きたのだが、それをやった精霊様は全く気にしていないようである。


「姫様は何故ここに?」


「あの、ええと、ルークさんが心配で……部屋を抜け出して来てしまいました」


「まいけませんよ、また拐われたのではと王が心配してしまいます」


「すみません、どうしてもジっとしていられず。皆さんの部屋にも行ったのですが、一番重症だったのがルークさんだったので」


「大丈夫ですよ、この人は放っておいても勝手に治る人なので」


 放っておいても治っていないのだが、それを突っ込むのは野暮というやつだろう。

 エリミアスを姉のように優しく諭し、ティアニーズは優しい笑顔で口を開いていた。普段、ルークには滅多に見せないものである。

 これも女子トークならでは、というやつだろうか。


「とんだじゃじゃ馬だな。簡単に抜け出せてしまう警備もどうかと思うが」


「私、小さい頃からずっと部屋に閉じこもっていたので、部屋から抜け出すのは得意なのです」


「親が親なら子も子、というやつだな。騎士団が手を焼くのも理解出来る」


「ご迷惑をおかけしているという自覚はあるのですが、どうしても城の外が気になってしまい……」


 可愛らしく舌を出して答えるエリミアスだが、全く反省している気配はない。城の中をうろつく分には問題ないのだろうけど、今回のように外へ出られたら相当面倒な事になるのは実証された。


「んで、お前ら人の部屋でなにしてんだよ。用が済んだんならさっさと出ていけ」


「せっかくお見舞いに来てあげたというのに、なんでそう心無い発言が出来るんですか」


「わざわざ気遣う必要がないからだ。俺は二度寝してぇんだよ」


「まだ寝るつもりなんですか? 二日も寝てたのに」


「…………え? 今なんて?」


 いつの間にか復活を果たしたのもつかの間、ティアニーズの発言を聞いて頭の上に何個ものはてなが浮かぶルーク。

 女子三人は顔を見合せ、代表してティアニーズが口を開いた。


「あれからもう二日立ってますよ。つまり、ルークさんは丸二日も寝てたんです。そりゃもうぐっすりと」


「マジかよ、全然覚えてねーぞ。なんで誰も起こさねぇんだよ」


「傷に加えて一日で私の力を使いすぎだ。斬撃を三発、それだけで十分な疲労が溜まっていた筈だぞ。揺さぶっても起きなかった貴様が悪い」


 どうやら、ルークの気付かぬ内に二日も経過していたらしい。ルークからすれば、ぶっ倒れて目を覚ました直後なので、体感的にはほぼ一瞬である。

 そして新たに判明したが、この頭痛は空腹によるもののようだ。


 ティアニーズ達もウルスと戦っているのだから、それなりの傷は負っている筈。腹の包帯を見れば分かるが、魔法での治療では事足りぬという証拠だ。本来ならば歩ける方がおかしい。しかし、二日も立っているのなら納得である。


 つまり、無駄に二日寝込んだせいで、安心安全の生活が二日も遠退いたという事だ。

 肩を落とし、絶望にうちひしがれるルーク。


「まぁ、そのおかけで面倒な報告に付き合わされずに済んだんだ。私も巻き込まれて大きな迷惑だ」


「仕方ありませんよ。ルークさんが寝ていたので、黒マントについて知っているのはソラさんだけでしたから」


「知っている、というほどのものではないがな。一方的に殴られまくっただけだ、主にルークが」


「大変だったのですね。本当に生きていて良かったです」


 エリミアスの笑顔と一言で、部屋の中がなんとも言えない乙女ちっくな甘い雰囲気に包まれる。

 しかし、唯一の男であるルークにとっては居心地が悪い事この上ないので、苛立ちを顔に浮かべながら、


「いや待てや。今の話の流れでも、お前らがこの部屋にとどまる理由にはならねぇだろ」


「ここへ来たのにはちゃんと理由があるんです」


「抱き付いてる暇があんならそれを先に言え」


「だ、抱き付いてないですよ! 滑って転んでたまたまそこにルークさんが居ただけです!」


「はいはい、分かったから早く用件を言おうね」


 一々過剰に反応するせいで、ルークがわざとからかっている事に本人は気付いていないのだろうか。赤くなった顔をパタパタと手で扇ぎ、ティアニーズは自分を落ち着かせるように口を開く。


「王がルークさんにお話があるそうです。あの場に居た私達も含めて、ついでにご飯です」


「飯か。なぁ、食った瞬間に胃から食べ物が溢れるとかないよね?」


「大丈夫ですよ、内側は治療し終えているので。動き過ぎたら皮膚が裂けるかもですけどね」


「安心させたいのか不安にさせたいのかどっちなんだい」


 ルークにとって、腹がパックリと開くのは初体験である。それに加え、黒マントからの打撃の雨。これまでも怪我をした事はあったが、丸二日寝込むほどの重症は初めてなのである。

 良く分からない不安に顔をしかめ、されど腹は減っているので、


「ならとっとと行こうぜ」


「私も腹が減っている。しかしだ、ルーク、貴様自分で歩けるのか?」


「あ? んなの……多分歩けんじゃね?」


 何故か首を傾げて疑問文で返すルーク。

 今現在、主に目立つ痛みは頭と腹の二ヵ所だけである。腹に関しては無理な動きをしなければ痛まないので、こちらは大丈夫だろう。

 そう思い、おもむろにベッドから下りて立ち上がろうとするが、


「おっと」


 地に足をついて数秒固まり、一歩も踏み出す事が出来ずにベッドに腰を下ろしてしまった。

 予想通りと言いたげにため息をつくティアニーズとソラ。エリミアスは心配そうに顔を見つめてくる。

 そんな三人の顔を見て、


「良し、肩かせ。一人じゃ歩けねぇわ」


「あの、お貸ししたいのは山々なのですが……私あまり力持ちではなくて……」


「私も無理だ。可愛いくて偉大な精霊だが、男一人を支えられるほどの腕力は持っていない」


 エリミアスは納得するとして、ソラに関してはただ面倒くさいだけである。その証拠に、鳴りもしない口笛を必死に奏でている。

 となると、残された一人へと視線が集まり、


「わ、私ですか!?」


「そうなるな。貴様も傷を負っているが、それでも私達よりかは力がある」


「すみません。ですが、私にも手伝える事があるのならば、力をお貸しします!」


「別に誰でも良いから早く肩かせ」


 ルークの顔を見つめて硬直するティアニーズ。

 今彼女が考えている事を代弁するとすれば、ソラは力がないし、姫であるエリミアスにそんな事を任せられる筈がない。しかし、それは自分がやるのも……といったところだろうか。


 そんな事を知るよしもなく、ルークは相変わらずのやる気のない瞳を向ける。

 ティアニーズは額に手を当て、深く考えるように卯なり声を上げたのち、諦めたように息を吐き出した。


「分かり……ました。私がルークさんに肩を貸します」


「んじゃ早速。こっち来い」


「……なんでそんなに偉そうなんですか」


「病人には優しく接しろった言われなかったのか?」


 口から出るのは屁理屈ばかり。一応ティアニーズも病人なのだが、その限りではないらしい。

 頬を膨らませながらも近付くティアニーズの肩に手を回し、ふらふらとおぼつかない足取りながらも立つ事に成功。


「変なところ触ったらお腹にパンチしますからね」


「触らねーよ。殴ったらやり返すかんな」


「今のルークさんになら負けまけんよーだ。私が一度勝っている事をお忘れですか?」


「お前、まだんな事言ってんのかよ。あれは不意討ちだから無効な。つまり俺は負けてねぇ」


「不意討ちばっかするくせになにを言ってるんですか」


「俺は良いんだよ。でも俺以外の奴がやるのはダメだ、やられたらムカつくし」


「子供」


「うっせぇツンデレ」


 唇が触れあいそうな距離で繰り広げられる無駄な争い。この状態でも殴り合いを始めそうな気配である。

 その間にソラが両手をねじこみ、無理矢理二人の顔を離すと、


「喧嘩ならあとでやれ、今は食事が先決だ。仲が良いのは微笑ましいが、優先すべきは私の空腹を満たす事だぞ」


「そ、そうですよ。喧嘩は良くないです、お二人とも笑って下さいっ」


 ソラの暴論はともかく、エリミアスが割って入る事によってティアニーズは落ち着きを取り戻したようである。

 最後に睨み合い、鼻を鳴らして同時に視線を逸らすと、四人は部屋をあとにした。


「おいエリミアス、貴様も来るのか?」


「はい。お父様がお忙しい時以外は、一緒に食事をとるようにしてるのです。なので、今日は私もご一緒しますっ」


 鼻歌を口ずさみながら前を歩くエリミアスと、その横で腹を擦りながらとぼとぼと歩くソラ。

 そんな二人より少し遅れ、ルークとティアニーズは必死について行っていた。


「もっと早く歩けねぇのかよ」


「これが限界です。ルークさんが重いのがいけないんですよ」


「お前の鍛練が足りねぇだけだろ。もっと筋トレしろ」


「これでも腕相撲強いんですからね。ルークさんにだって負けませんよ」


「ほー、なら勝負してやろうじゃん。負けたら罰ゲームな」


「良いですよ、私負けませんからぁ、余裕ですもん」


 この二人は顔を合わせたら喧嘩しないと済まないらしい。お互いボロボロで死にかけていた筈なのに、戦いが終わればこうして当たり前の日常へと戻る事が出来る。

 口で言うのは簡単だが、命をかけた戦いに身を起きながら、それでも日常にすんなりと戻れるのはある意味凄い事なのだろう。


 ただ、危機感が足りないともとれる。

 というか、ティアニーズはともかくルークはそちら側の人間なのである。

 しばらくそのまま進み、完全に置いて行かれてしまった二人。廊下に二人の足音だけが響き、ルークは静かに口を開いた。


「お前、ウルスの事殺したんだな」


「え……はい。私がこの手で」


「出来ねぇと思ってたよ。お前甘っちょろいし」


「……正直、殺すつもりはありませんでした。ウルスさんが、自分を殺してくれと言わなければ」


 命を奪うーーその行為に抵抗があるのは当然だ。

 ただの魔獣ならまだしも、形は人間で一週間も同じ飯を食べて過ごした存在なのだ。同情だってあるだろうし、躊躇だってしてしまうだろう。

 ティアニーズは、まだ少女なのだから。


「でも、後悔はしていません。彼は最後に笑っていましたから。私も、私のやれる事をやりたかったんです」


「ま、お前が決めたんならなにも言わねぇよ。俺は逃げられちまったんだし、そのあとはどうしようが関係ねぇ」


「ルークさんのおかげですよ。ウルスさんをあれだけ追い込んでいたから、私達は勝てたんです。多分、普通に戦っていたら……殺されていたと思います」


「だろうな。万全の状態じゃないアイツと戦ってその様だし」


「分かってますけど、なんか凄くムカつきます」


 唇を尖らせ、不服そうに口を開くティアニーズ。

 ルークは鼻で笑って誤魔化し、真っ直ぐに通路の先を見つめる。今から言う事は、きっと顔を合わせていたら言えないから。

 自分らしくはないと分かっているけど、何故か言わなくちゃいけない気がしたから。


 出来るだけ小さく、それでもなんとか聞き取れるくらいの声の小ささで、ルークはこう言った。


「……良くやったな。お疲れさん」


「ーーーー」


 全力で前へと意識を集中しているので分からないが、横から物凄い視線が突き刺さる。居心地の悪さなら今までで最高。サリーと二人きりで話した時レベルである。

 逃げ出したいけれど、今走り出したところで三歩歩けるかどうか。


 不意に、横顔に刺さっていた視線が消えた。

 多分、見つめるのを止めたらしい。

 ティアニーズは息を吐き、


「ありがとうございます。ルークさんも、お疲れ様です」


 前を見ているので分からない。

 分からないけれど、今の彼女はきっと微笑んでいるのだろう。


 ルークの心を僅かに動かした、あの笑顔で。



クリスマスなんで二話目です。

なので、ブックマークという名のクリスマスプレゼントを下さい。


あ、四章はあと一話で終わりとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ