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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
一章 量産型勇者の誕生
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一章八話 『反撃開始』



 息を殺し、足音を殺し、あわよくば存在すらも消せたらとルークは思う。

 踏み出す事も後退る事も出来ず、眼前で眠るドラゴンを起こさない事だけに全ての神経を集中する。

 幸い、ドラゴンは寝息を立ててグッスリと寝ているようだ。が、


「ーーーー!?」


 パキ、と木の枝が踏み折られる音がした。ティアニーズが後退った際に枝を踏んでしまったらしく、顔面蒼白にしてうるうると瞳を揺らしていた。

 ルークは可能性な限り声のトーンを落とし、


「落ち着け、そんで動くな」


「す、すみません……」


「とりあえず絶対に起こすなよ。合図したらゆっくり一歩ずつ下がる」


「分かりました……」


 生唾を飲み、その音すら嫌に大きく聞こえる。左手を上げて下がれと合図すると、二人は慎重に足を後退させ始めた。

 ゆっくりと慎重に、そして確実に一歩ずつ踏みしめ、足元に何もない事を確認する。

 たっぷりと時間をかけて先ほどの別れ道まで後退すると、二人は溜め込んでいた二酸化炭素を一気に吐き出した。


「ハァ……マジかよ、二匹いるとか聞いてねぇぞ」


「流石に予想外ですね。同時に遭遇しなかったのが奇跡です」


「んで、どうすんだ?」


「どうする……と言いますと?」


「どうやって倒すのか聞いてんだよ」


 間の抜けた表情で返答するティアニーズ。逃げる事で頭が精一杯だったらしく、本来の目的を忘れていたようだ。

 しかし、それを責める事はしない。

 実際にあれを目の前にして、ルークが冷静でいられたのは奇跡だったのだろう。


「望んでもねぇチャンスだろ。殺るなら今しかねぇ」


「寝込みを襲うんですか、卑怯ですね」


「死ぬかもしれねぇ状況で卑怯もクソもあるかよ」


「そうですね、私が甘かったです。すみません」


 素直に謝罪するティアニーズに驚きを隠せずに目を見開いた。その様子が気になったのか、ティアニーズが首を傾げて顔を見上げると、ルークは『何でもねぇ』と答えて首を振る。


「千載一遇のチャンスだ。起こさずに確実に殺す方法を考えるぞ」


「はい、正面からやりあっても勝ち目はありませんからね。ところで、剣は抜けますか?」


 言われて気付き、ルークは剣を引き抜こうと再チャレンジ。しかし、ガチャガチャと音が鳴るだけで抜ける気配は微塵もない。

 どういう理屈かは分からないが、鞘に入れた瞬間から剣は石の台座に刺さっていた時と同じ状態になっているようだった。


「無理だ。勇者の剣でも使えなきゃ話になんねぇだろ」


「違う方法を考えましょう。使えない物に期待するのは時間の無駄です」


「だな。でもよ、どうすんだ? お前の剣で挑んで勝てんの?」


「ドラゴンの鱗は鉄よりも強固なので、普通にやっても切れないと思います。よほど力量がない限りは」


「打つ手無しってやつだな。武器はそれしかねぇし魔法も使えない。どうすっかなぁ……」


 本格的に絶望的状況に追い込まれつつある二人。岩に背中を密着させて天井を見上げ、黄昏るようにルークは大きく息を吐き出した。

 寝ているとはいえ相手はドラゴンだ。

 やるならば一撃で倒さなければ反撃が来るだろうし、こんな狭い洞窟ではまともに逃げる事すら危ういだろう。


 決め手となる必殺技もなければ、一騎当千の武力も持ち合わせていない。素人に騎士団の少女、勝ち目が薄い事は初めから分かりきっていたとはいえ、二匹目の登場は予想の範疇を越えていた。


「……どうにか、何かする方法を探さないと。持てる戦力を全てぶつけて挑みますか?」


「止めとけ止めとけ。んな事しても無駄死にするだけだ」


「だったらどうするですか。貴方も少しは考えて下さいよ。そうやって天井を見つめていても何も落ちて来ませんよ。それとも、精霊にでも祈ってるんですか?」


「俺は精霊にも神様にも祈らねーよ。そんなのはいない、俺達の力でやるしかねぇんだ…………て、あ、それだ」


 ぼんやりと天井を眺めていたルークだったが、ティアニーズの言葉を聞いた瞬間に脳裏に電撃が走った。アホっぽく口を開けたまま数秒間固まると、何かひらめいたように手を叩く。

 立ち上がり、ティアニーズを見つめ、


「すげぇ良い作戦思いついた」


「囮なら却下します」


「寝てるドラゴンに囮なんか通用するかよ」


 盗賊にぶん投げられた事がかなりのトラウマになっているらしい。ジト目で見つめるティアニーズを何とか宥めると、ルークは自分の考えた名案を口にする。

 あらかた話終えると、


「っていう作戦なんだけどよ、お前出来るか?」


「出来ない事はないです。けどその場合、もう一匹のドラゴンを倒す手段がなくなりますよ?」


「後より今。今死んだら何も出来なくなんだろ、後の事はまた考えりゃ良い」


「そう、ですね。分かりました、貴方の作戦に乗りましょう」


「よし、んじゃ行きますか」


 甘受するように頷くティアニーズの肩を叩き、ルークはドラゴンの元へと歩き出した。

 やる気があるのかないのか分からない態度に不安を覚えながらも、ティアニーズはその後に続くのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 再び睡眠中のドラゴンの元へやって来た二人。

 ここまで不幸が重なると予想出来た筈なのだが、目の前の光景に息を飲んで自分の目を疑った。

 岩の影に身を隠して様子を確認する二人が目にしたのは、既に睡眠を終えてあくびをするドラゴンだった。


 大きく開けた口の中に見える鋭い牙に戦意を削がれ、今すぐにでも帰りたい気持ちが押し寄せる。

 しかし、大爆笑する膝を何とか押さえつけ、


「なんで起きてんのさ」


「知りませんよ。ドラゴンにだって睡眠のサイクルがあるんです、貴方の固定観念を押し付けないで下さい」


「お前ってちょいちょいどっちの味方か分かんなくなるよね」


「私は私の味方です。それよりどうするんですか? 起きてたら邪魔される可能性がありますよ」


 ルークの立てた作戦において、ティアニーズの行動を邪魔される事は何が何でも避けなければならない。ドラゴンが寝ていると決めつけていたのが悪いのだが、こうも予想外の出来事が立て続けに起これば、流石にルークも慣れてくる。


「しゃーない、俺が気を引くから何とかしろ」


「気を引くって、もしかして囮になる気ですか?」


「そうだよ、それしかねぇんだからやるしかねぇだろ」


「ダメです、危険過ぎます。それに、貴方は自ら危険に飛び込むような人ではないでしょ」


 変な方向からの信頼に思わず苦笑いを浮かべるルーク。この短い付き合いの中で、彼がどんな人間なのか分かってきたのだろう。

 実際、それが許されるのなら直ぐにでも逃げ出したいとルークは思っている。

 しかし、不安を振り払うように頬を叩き、


「そうだよ、たりめーだろ。嫌に決まってんだろ」


「だったら何で……」


「言っただろ、やらなきゃいけない事はやるって。今俺に出来る事はお前を守る事だ。だったら、嫌でも何でもやるしかねぇ」


「……私が失敗したら貴方は死にます」


「失敗すんのか?」


 ルークは真っ直ぐにティアニーズを見つめ、純粋な疑問を口にした。驚いたように目を開いて体を震わせたティアニーズだったが、直ぐに表情を正し、負けじと揺るがぬ瞳で見つめ返すと、


「しません」


「おう、だったら大丈夫だ」


 短い返事にルークは満足そうに頷く。信頼と呼べるほど綺麗なものではないけれど、この状況を切り抜けるには絶対に失敗は許されない。

 そうなると、たとえ短い付き合いだろうが仲が悪かろうが、利用出来るものは利用するしかないのだ。


「タイミングがお前に任せる。隙を見て作戦通り頼むぞ、桃頭」


「はい、貴方をお気をつけて。私は桃頭ではありません」


 恐怖を押し殺し、剣を握りしめて飛び出した。

 目の前に立つとその巨大さを改めて実感する。デカさ、威圧、目付き、全てにおいてルークのやる気も覚悟も打ち砕く材料となりえる。

 しかし、目を背ける事も引き下がる事もしない。

 こんな所で、訳の分からない理不尽に巻き込まれたまま死ぬなんてのはごめんだから。


 拳を握る。腹に力を込める。

 大きく息を吸い込み、ルークは叫ぶ。


「オラ! こっち向けデカブツ!」


 ルークの雄叫びが洞窟内をこだまし、当然ながら目の前に立つドラゴンの耳へと到達した。ゆっくりとしなる首をこちらへ向け、赤く鋭い瞳にルークの姿が映った。

 冷や汗が頬を伝い、ルークは小さく本年を溢す。


「やっぱこっち見んな」


 時既に遅く、咆哮と共に敵意むき出しの爪がルークに向けて降り下ろされた。

 寸前のところで横へと跳躍してかわすが、砕けた地面が雨のようにルークの体へと降り注ぐ。

 直ぐ様体を起こし、頭を守りながら注意を引こうと逃走を開始。


「ちょ、少しは手加減しろ!」


 器用に細かくチョロチョロとドラゴンの足元を走り回り、視界から外れかけたところで再び目の前へと姿を現す。鬱陶しい虫のような動きに、ドラゴンはますます怒っているようだ。


(クソ、やっぱ割にはあわねぇ……!)


 顎を避け、爪を避け、飛び交う岩を避け、毎日毎日飽きずに行っていた薪割りと農業、そして狩りで培った身体能力がなければ出来なく動きを発揮する。

 いや、それ以上に彼の本能や勘が極限の状態で本来の力を発揮している。

 勇者には似つかわしくない『逃げ』の才能を。



 その光景を見ながらティアニーズは好機を伺っていた。感覚を研ぎ澄まし、狙いを定めるように右腕を突き出して。

 そして、その時は訪れた。

 ルークの素晴らしい囮技術によって、ドラゴンは完全にティアニーズから背を向ける。

 ここがチャンス。これを逃せば後はなく、ルークは引き裂かれて死んでしまうだろう。

 だから、


「お願いーー!」


 言葉の直後、ティアニーズの腕に装着された銀色の籠手が鋭い光を放つ。それはやがて炎となり、球体となって掌へと集まる。

 これが彼女の奥の手『魔道具』だ。

 道具に魔力を込めた簡易的な魔法発動装置。

 ドラゴンを倒すほどの威力はないし、一回のみの必殺技。

 しかし、それで十分だった。


 炎の玉は勢いを増して突き進む。ただし、ドラゴンに向けてではない。

 その頭上、天井に向けてだ。


「潰れろやデカブツ」


 ルークの呟きの後、炎は天井に激突。

 爆煙を吹き出しながら火花を散らし、炸裂音と共に天井が崩壊を始めた。



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