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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
四章 王の影
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四章二十七 『迷う事の意味』



 基本的に、ルークの寝起きは良い方である。

 村に居た頃の生活が染み付いているので、早起きだってちゃんと出来る。が、起きて直ぐに無理矢理二度寝しようとするニート精神が強いので、出来れば触れずに放っておくのが正解だろう。


 とまぁ、何故こんな話をしたかと言うと、今この瞬間にルークが目を覚ましたからだ。

 寝過ぎたのか、起きて直ぐに頭痛が押し寄せていた。


「……城の客室、か?」


 見馴れた天井、という訳でもないが、一応この天井には見覚えがある。ぐるりと首だけを動かして室内を見渡し、頭を押さえながら体を起こす。

 と、その瞬間、腹が張り裂けんばかりの叫びを上げた。


「いッ……!」


 口から声が出る事はなく、あまりの痛みに言葉が腹の底まで押し戻される。思わず涙が瞳に浮かび、恐る恐る服を捲ると、ミイラ男もビックリなほどの包帯が腹に巻き付いていた。

 呼吸を落ち着かせ、改めて自分になにが起きたのかを思い出す。


「……あぁ、そういや腹斬られたんだっけか。めっちゃいてぇぞオラ」


 黒マントに腹をぶった斬られた事を思い出し、誰に言うでもなく文句を呟く。こうして城のベッドで寝て、そして生きているという事は、誰かがここまで運んで来てくれたらしい。

 とはいえ、倒れたあとの記憶が一切ない。


「……まぁいっか、生きてるし問題はねぇな。二度寝しよ、頭いてぇし」


 なんとも楽観的な考えだが、ルークにとって生きてさえいればあとはどうでも良いのである。

 頭痛から逃れるために再び睡眠の世界へ旅立とうとした時、ルークは異変に気付く。


「あ? なにやってんだコイツ」


 椅子に座り、ルークの寝るベッドに上半身を預けて寝ている少女ーーエリミアスがそこに居た。ここに居る理由は不明だが、安心しきった顔で寝息を立てている。

 当然ながら無視。声をかけて眠りを邪魔されるのは絶対に避けたい。なのでそのまま寝ようとしたのだが、


「……ん……あれ」


 ルークの動く気配に反応したらしく、エリミアスが瞼を開けて寝ぼけた様子で瞳を擦る。そして、やっちまったと言わんばかりの表情のルークを見て、


「ル、ルークさん! 目が覚めたのですね! 良かったです、どこか痛むところはありませんか!?」


「お前の大声のせいで頭痛がひどくなったわ。うるせぇから少し声のトーンを下げろ」


「す、すみません。目を覚まされた事が嬉しくて、つい……」


 少女にも容赦なく暴言を浴びせるルーク。

 乗り上げたベッドから手を退かし、少し寂しそうに肩を落とすと、エリミアスは服のシワを正す。それからルークの身体中に去られたガーゼや包帯を見つめ、


「本当に、瀕死の状態だったのですよ。駆け付けた騎士団の皆さんがあと少し遅れていたら、ルークさんは死んでいた……そう、メレスさんがおっしゃっていました」


「ふーん、俺の傷治したのってメレスなのか?」


「いえ、メレスさんも重症でしたので、応急措置を施しただけのようです。あとの治療を行ったのはハーデルトさんです」


「ハーデルト……。あぁ、メレスと仲悪そうな女か」


 瀕死、という言葉を聞いても特に驚く事はせず、ハーデルトの顔を思い出すように卯なり声を上げた。基本的にルークは人の名前と顔を覚えるのが苦手なので、なにかしらの特徴で覚えるようにしている。なので、ハーデルトの特徴はメレスと仲が悪い人、という認識なのだ。


「そんで、他の奴らはどうなったんだ?」


「皆さん無事です。どなたも重症を負っていますが、命に別状はないです。そして……ウルスさんは死にました」


 うつ向き、少し躊躇いながらもエリミアスは口を開いた。ウルスは敵で、魔元帥で、本来ならば恨むべき相手でしかない。けれど、エリミアスのその表情は、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。


「ティアニーズさんがとどめをさしました。あの方は、死ぬその瞬間まで微笑んでいました。理由は分からないですけど……きっと、満足感していたと思います」


「なんでお前がそんな顔してんだよ。ウルスは敵だろーが」


「分かっています、分かっているけれど……心の底から憎む事が出来ませんでした。あの方の死に際に、ほんの少しだけ可哀想だと思ってしまったんです」


「可哀想、ねぇ。お前、その言葉を魔元帥に家族を殺された奴にも言えんのか」


「そ、それは……」


「アイツを生かしておいて、他の誰かを殺したらどうすんだよ。お前がその責任をとれるんか? 下らねぇ同情心に流されて、面倒に巻き込まれるのはお前じゃなくて他の奴なんだよ」


 うつ向くエリミアスに一切気遣う様子もなく、ルークは現実を叩きつける。

 ルークにとって、魔元帥はただの敵でしかない。自分の目的のために戦っているのであって、そこにはムカつくかムカつかないかの二つしか存在しない。


 同情なんて感情は、全くないのだ。

 だから、彼らを殺す事に躊躇も後悔もない。

 エリミアスの言っている事は、なに一つ理解出来ないのだ。


「優しいのは良い事なんだろうよ。他人のために、アホみたいに頑張るのはすげぇ事なんだろうよ。でもな、お前のその自己満足に他人を巻き込むな」


「私はただ、彼らとも分かりあえるかもと……ただそう思っただけです!」


「お前がそう思うんならそうしろよ。ただし、責任は全部お前がとれ。その夢物語のために人が死んだら、他の奴がなんて言うか知らねぇけどな」


 ルークはどこまでも冷たい言葉を口にする。ただ、これは今に始まった事ではない。相手が誰でもあろうと思った事を口にする、それがこの男なのである。

 エリミアスは涙目になりながらルークを見つめ、


「やっぱり私は、世間知らずなのでしょうか。ウルスさんにも言われました、私は甘いと」


「いや知らねーよ」


「そう、ですよね。私みたいな邪魔者は、皆さんの足を引っ張ってばかりで……今回も私が城を抜け出しさえしなければ、こんな事にはならなかった」


「そうだな、勝手に抜け出したお前が悪い」


「申し訳ありません……」


 ガックリとうなだれ、この世の終わりのようなオーラを漂わせるエリミアス。実際、彼女が城を抜け出さなかったら、こんな事にはならなかっただろう。

 しかし、相手はあのウルスだ。他の策を打ってきた可能性だってあったので、


「お前だけが悪い訳じゃねぇよ。俺だって一度アイツの事逃がしちまったからな」


「ですが、ルークさんは戦っていっしゃいました。なのに、私はなにも出来ずに皆さんに守られてばかり……足手まといでしかありませんでした」


「あのよ、落ち込むなら他所でやってくれ」


 自暴自棄に陥るエリミアスに、ルークの中で段々と苛々が増していく。病み上がりなので力付くという訳にはいかないが、額には青筋を浮かばせていた。

 怒りを一旦飲み込み、肩を落とすエリミアスの額にデコピン。


「別にお前の考えが間違ってるだなんて言ってねぇだろ」


「でも、甘いですよね……」


「甘いな、甘すぎて気持ち悪くなる」


 額を押さえながら、更にエリミアスの表情が曇る。ここでイケメントワイルなら爽やかにそんな事ないですよ、とか言うのだろうけど、この男にそんな気遣いや思いやりは存在しないのだ。


「あめぇけど、別にそれで良いんじゃねぇの。お前がそうしたいなら、出来ると思うなら突っ走れよ。本当にやりたい事なら、他の奴なんて関係ねぇだろ」


「ですが……私は非力で、誰かを守る力なんて」


「だったら強くなれよ。腕っぷしだけが強さじゃねぇ、お前はお前にしかない強さがあんだろ」


「私にしかない、強さ?」


「その気持ちわりぃくらいの優しさだよ。普通、拐った奴を可哀想だなんて思わねぇだろ。そういう強さを俺は持ってねぇかんな」


 仮にルークが拐われた場合、なにがなんでもやり返すだろう。気がすむまで殴るだろうし、許すとしてもまずは自分の鬱憤を晴らす事が先決だ。

 ルークが持ち得ない強さ、それをエリミアスは確かに持っている。


「魔獣と仲良くしてぇんならそれでも良い。多分めっちゃ難しいだろうけどな、俺のやってる事なんかよりも」


「いつか、そんな日が来れば良いと……私は望んでいます」


「なら迷うなよ。自分の中で決めて、譲れねぇもんが出来たんなら突き通せよ。迷うってのが一番やっちゃいけねぇ事だぞ」


「迷いますよ。私はまだまだ世界を知らなくて、小さな価値観でしか物事を判断出来ない。新しい出来事があれば、そちらに流されてしまう事だってあります」


「迷うくらいならやめちまえ。諦めてなにもせずにずっと城で閉じこもってろ」


 その言葉に、エリミアスの瞳が大きく揺れた。

 この男に、一切の迷いはない。

 自分の決めた道をただひたすらに突き進み、その先にある安心安全の暮らしを勝ち取るまでは、たとえなにがあろうと立ち止まる事はない。


 周りから見れば、自分勝手で醜い希望なのかもしれない。けれど、それがルークにとっての希望なのだ。

 己の道を、迷わずに真っ直ぐと進む。

 だからこそルークは強い。

 醜くかろうが欲望まみれだろうが、譲れない一本の芯があるから。


「出来るか出来ないか、なんて悩んでる内はなにやったって出来やしねぇよ。お前のやろうとしてる事は、魔王を殺すよか難しい。それでもやりてぇんだろ? だったら進め、立ち止まってる暇なんてねぇ筈だ」


 なにやら良い事を言っている風だが、基本的にルークの言う事は特大のブーメランとして返ってくる。

 これも他人に言われるのは嫌、でも自分は言いたい。というとんでもなく理不尽な性格の一端である。

 おまけに大きなあくびをする始末だ。


「ルークさんはお強いのですね。私には無理です、迷わずに進む事など。迷って、迷って、それでも答えが出ない時だってあります」


「なら考えるのをやめろ。なにも考えずに直感で動け」


「直感、ですか?」


「考えるのをやめて、それでも体が動いたらそれが本心だ。意外と分かんねぇもんだぞ、自分の本心なんて」


「私の本心……。そうですよね、難しい事は考えても分かりません。私は、私のやりたい事をやります!」


 どのタイミングで吹っ切れたのかは分からないが、エリミアスは元気を取り戻したように強く拳を握る。

 やはり、バシレの娘なのだろう。

 あの男も良く考えずに動きそうである。


 流れでエリミアスを慰めている感じになってしまっていたが、元気そうに笑顔を浮かべる姿を見て、ルークは寝転んで睡眠の世界へと旅行しようとする。

 が、突然エリミアスが手を叩き、


「そうです! ルークさんは勇者様だったのですね!」


「うるせぇよ、いい加減寝かせろ! 話が済んだんなら部屋に戻れ! テンション高いのか低いのか分かんねぇんだよ!」


「それは出来ません! 私のせいでこのような事態を招いたのですから、私はルークさんを看病する義務があるのです! それに、王の娘として勇者様とは親交を深めるべきだと思うのです!」


「思うのです、じゃねーよ! 別にもうへーきだっつってんだろ。邪魔なの、分かって!」


「邪魔でも結構です、私はここに居ますから!」


「さっき邪魔って言われて凹んでたのはどこのどいつだったかねぇ!?」


 体を起こして怒鳴り散らすが、その衝撃によって腹の痛みが再び騒ぎ出した。硬直し、涙が頬を伝って布団を濡らす。そのままバタリと倒れこみ、


「お前、復活したらマジでぶん殴ってやるかんな」


「構いませんよ。なので、早くお体を治して下さい。ティアニーズさんが心配していらっしゃいます」


「あ? ティアが? なんで?」


 突然出てきたティアニーズの名前に首を傾げ、瞳から溢れる涙を拭った瞬間、バタン!と大きな音とともに扉が開かれた。

 そこには、ルークと同じように病人服に身を包み、これまた同じように包帯だらけのティアニーズが立っていた。


 鬼の形相で室内を見渡し、エリミアスをすり抜けてルークを睨み付ける。視線が交差し、怒鳴られるパターンかと思いきや、


「ルークさん!」


「ブギャァッ!」


 なにを思ったのか、そのままダイブしてルークの腹に着地。

 あまりの衝撃に奇声を発し、腹の中身がこんにちはしたのでは、と思うほどの痛みが全身を駆け巡る。

 しかし、ティアニーズはそんな事を気にする素振りも見せず、瞳に大量の涙を浮かべ、


「大丈夫なんですか!? 生きてますよね!? 実は死んでて幽霊とかじゃありませんよね!?」


「いま……幽霊になりそう……」


「良かったです! まだ死んでませんね! 本当に、本当に良かったです!」


「なんにも良くないね、多分今ので傷口開いたよ。大丈夫? 俺胃袋とか見えてない?」


 そのままペタペタとルークの体を触り、特に異変がない事を確認すると、ティアニーズは満足したようにベッドから下りた。

 幸い、胃袋は飛び出していないようだ。

 体が全く動かないので、首だけをティアニーズへと向け、


「……なに、もしかして泣いちゃってんの? 俺の事心配過ぎて夜も眠れなかった感じ? お前俺の事大好き過ぎだろ」


「な、ななななななな、大好きじゃありませんよバーカ! 別に心配とかもしてませんし!」


「今抱きついて来たじゃん。大丈夫ですか!? とか言ってたじゃん」


「い、今のは足を滑らせてたまたまそういう結果になっただけですぅ!」


「ツンデレかよ」


「違う!」


 お互い死にかけていても、二人の関係は全く変わらないらしい。頬を染めて必死に誤魔化すティアニーズ。それをからかうようにニヤニヤと微笑むルーク。

 戦いとあとでさえ、その和やかな雰囲気は続く。


「うるさいぞ、私の睡眠を邪魔するとは何事だ」


 二人の騒がしい声を聞き付けたのか、寝癖でボサボサ頭のソラが姿を現す。まさに起きた直後らしく、二つの目はほとんど塞がっており、睡魔と格闘しているようだ。


「ソラさん、おはようございます」


「おぉ、動けるようになったのか。元気そうでなによりだ」


「へい白頭、俺の事はどうなんだい。無視かよ」


「貴様はあの程度では死なんだろ」


「俺が倒れた時血相変えてたくせに」


「……そうだな、ならばその時の光景を再現してみるとしよう。まずは、その腹を再びこじ開けるてみるか」


「え、ちょ、たんま、ストップ!」


 これが人間と精霊の違いなのだろうか。

 ティアニーズのように照れる素振りすら見せず、完全に開ききった眼光がルークの腹を捉える。

 当然、この状況で味方など居る筈もなく、乙女のようなルークの叫び声が城内に響き渡ったのだった。



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